1.
たまに工房には顔を出すけれど、あまり進捗を尋ねないようにしていたらジョーからの日報に、そろそろ出来上がると書いてあった。試験機が出来て、動作チェックしてからが本番だ。たくさんのバグや動作不良があるだろう。
とりあえず、スマホを知っているのは私だけなのだから、操作をしてはバグを見つけていかなければ。
私はマドレーヌを伴って工房へと出向いた。
二人ともカードキーを発行されているので、自前のキーを持参だ。
工房の周囲はいつも賑わっているけれど、一応表にも傭兵を雇って門番にしている。ここは顔パスなので敬礼されるのを「ご苦労さま」と挨拶して入っていく。
工房は来るたびに洗練されているように思える。
今までは普通に雑然とした工場だったのに、パーテーションと機密保持の概念を持ち込んだら外側からは何も見えない造りになった。
カードキーの場所も、最初は奥まった一角にあったのに段々と手前になってきている。今では随分手前にあって、秘密の場所が多くなっているようだ。
カードキーの前でいつも立っている傭兵さんにも挨拶する。
「ご苦労さま」
「ハッ!」
ガードマンには、足の怪我で騎士を引退したけれど、そこいらの冒険者よりは強く魔法も使える人を奮発して雇っていると聞いた。おじさんだけれどお年寄りって感じではない男性冒険者だ。目付き鋭く、私とマドレーヌがカードキーを開けるのをじっと監視しているのでちょっと緊張するが、これだけ厳しく強い人が守護者だと安心出来る。
中に入ってすぐ親方があれこれお弟子さんに指示しているのが見えた。
「親方、そろそろ完成するんですって」
「ああ、もう出来てる。見てやってくれ」
そう言う親方の胸元には銀のチェーンで吊っている老眼鏡がぶら下がっている。
心得たもので、いつもの若い見習いっぽい職人がすぐジョーを呼びに行った。
ジョーが近付いてくると、左側の髪が銀のピンで留められているのが見える。
二人とも、プレゼントを贈った時はこんなの受け取れないとか色々言っていたけれど、無理に受け取らせたらちゃんと使ってくれているのが嬉しい。
そしてジョーは試作機を二台、渡してくれた。
「じゃあこれから試験的に動かしていくね。おかしな動作があったら、それを修正していくようにお願いするわ」
「はい」
皆が注目する中、私はスマホ試作機で写真を撮ったり、二台で交互に文字や写真を送り合ったりした。
「え。すごい。なんの不具合も無いんだけど」
「そりゃそうだろ、ジョーが要望通りに作ったんだから」
「いやいや、そう作ったって何らかの不具合は普通、出るものなのに」
すごいサクサク動いて全然重くない。
簡易機能版とはいえ、こんなにあっさり出来ちゃって、大丈夫なの?!
ちょっと焦る私に、親方はなんてことないように質問する。
「で、販売はいつにする?」
「えっ! いきなりは売らないよ」
「試験販売をするんだろ? この魔道具の詳細も分からない商人からも、ひっきりなしに引き合いが来てるぞ。早く決めちまえ」
「えーっ! そんなこと言われても。いや、こうなったら、先に機能を載せるだけ載せたいわね。ジョー、これに時刻を表示出来るようにしたいんだけど出来る?」
「時刻。時計の魔道具と入れたら良いのか」
「あと、メッセージの着信があったら、音を鳴らすか振動するかして知らせたい。それと、インカメ。カメラを両面に付けれたりする? これはハイエンドモデル……、一番高価な特別機種だけでいいんだけど」
「全部、試してみる」
「よし。じゃあオレたちは量産化を試していくぞ。簡易的な機種は大量に、高価な特別機種はぼちぼちだな。ジョーの設計通りに作れるかやっていくぞ」
「えー……」
本当に、スマホが出来上がるかもしれない。そして売れちゃうかもしれない。
ゲームアプリとか、そういうのは無理だけど、基本的な機能が付いているだけでも、今の試作機だけでもすごい。
こうして、着々とスマホ機能は出来上がっていき、量産化の目途も立っていったのだった。
※※※
当初の期間は三年くらいを見ていたのに、半年も経たずにどうやって売るのかを家族に相談するところまで来てしまった。
宣伝販売をどうやって行うか、父母と長兄と話し合い、実際にスマホを渡して使ってもらっている段階だ。
こうなると、内容を伏せていても特許申請から内容を予測して欲しがる者も居る。
その噂は王宮も把握することとなり、次兄のユリアンお兄さまが久しぶりに実家へと戻って来た。
ユリアンお兄さまは見るからに不機嫌に私の部屋へやって来て、開口一番イヤミを言ってきた。
「お前の玩具が評判らしい。嬉しいか、思い付きで国中を騒がせて」
「別に、騒がせようなんて思ってもいないけど」
「フン。恐れ多くも国王陛下と王太子殿下の前でその魔道具の説明をするよう仰せつかっている。せいぜい期待外れにならないようにしろ」
すごいピリピリしている。出来が悪いと思っていた私が、急にすごい開発しちゃったからムカついているのかな?
「ユリアンお兄さま、何をそんなにイラついてるの? 私に成功してほしいのか、失敗してほしいのかどっち?」
この指摘は、痛い所をついたようだ。ユリアンお兄さまは更に怒ってしまった。
「いい気になるな! お前なんか大したことがないくせに! たまたま思いついたことが成功したからって、父上と兄上に認められると思うな! どうしてお前がうちの事業の報酬受取人になってるんだよ!」
「えっ、報酬受取人。お兄さま、もしやお金に困っているの? お父さまに言い難いなら、ヴィクトルお兄さまに相談したらきっと……」
「そうじゃない!」
滅茶苦茶大きな声で、激昂までいってしまったのでマドレーヌが私の前に立った。
そこでユリアンお兄さまも、少し感情を抑えて一息ついたので、マドレーヌに声をかけた。
「大丈夫よ、マドレーヌ」
「ハ」
「ユリアンお兄さま。この魔道具は、私が欲しいものを詰め込んだ機能が付いてるの。それを考えて、実際に作るよう工房に依頼したのは私。お父様とヴィクトルお兄さまは、何が出来るのかも分からないのにその魔道具に出資してくれたの。だからもし本当に販売出来るようになったら、三人で利益を分けようと、そういう約束をしたってわけ」
「…………」
黙り込むユリアンお兄さまに、私は話を続けた。
「いつ出来上がるのかも分からない魔道具よ。私も、三年以上はかかると思ってたもん。最長では十年、それ以上の可能性もあったし。でも、死ぬまでに出来たらいいなって思って挑戦したの。ユリアンお兄さま、そんな私に期待せず出資出来る?」
「するわけないだろ」
「そうよね。だからユリアンお兄さまには声を掛けず、出資も求めない代わりに報酬の話をしなかったの。別にユリアンお兄さまを仲間外れにしている訳じゃないから、安心して」
「別に、そんなことは思っていない」
そう言いながら、ちょっと言葉尻がもごもごしている。
自分から離れていってるくせに、仲間外れにされたかもしれないと思うと怒っちゃう寂しがりなんだから。
そう思ってニヤニヤしていると、私が考えていることもユリアンお兄さまには伝わったらしい。
キッと睨みつけて言う。
「覚えていろ……!」
「まあまあ、お兄さま。お兄さまにもスマホを差し上げるから。家族グループに一人だけ入っていないのは寂しいんでしょ」
「別に、そんなことはない!」
「はい、これがお兄さまのスマホね。使い方はステイシーに講義してもらって。うちで一番、教え方が上手くて機能を分かっているのはステイシーよ」
そう、ステイシーは人の機嫌に無頓着で、朗らかにぐいぐいやってくから、こういうレクチャーにはとても向いていたのだ。
今では侍女の仕事より、スマホ事業の講師的立場で動いてもらっている。彼女も侍女の仕事より、お喋りする時間が長い方が不満を貯めこまないので、適材適所で良かったと思っている。
なんだかんだ言いながらスマホを受け取ったユリアンお兄さまに居間に向かってもらい、ステイシーにはスマホでレクチャーの為に居間に行くよう指示しておく。
いやー、スマホって本当に便利。
それにしても、王宮で御前スマホ会か。まあお父さまとヴィクトルお兄さまも一緒だし、何とかなるでしょ。
そこで、私の運命はまた大きく動くことになるのだが、その時の私は何も知らずに呑気に構えているのだった。




