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1.


 その日、私は前世を思い出した。

 階段から落ちることによって、前世はごく平凡な日本人であることを思い出してしまったのだ。


 今世の私はエリザベス・セントリム公爵令嬢だ。セントリム公爵は現国王の弟、つまり王弟であり豊かな領地をいくつも運営している大貴族。とてもお金持ちで権力もあって、かつ娘には甘いので親ガチャは大成功と言えよう。


 セントリム公爵家には三人の子がいて、構成は兄が二人に末娘である私となっている。父母と、年の離れた長兄は、ただ一人の娘である私を舐めるように可愛がった。それはもう、どんな我儘をも許すほどに。


 私が望むものは何でも与え、私の意に添わぬものは徹底的に排除してくれた。

 そんなことをしたらどうなるか。

 それはもう、他の追随を許さぬほどの傲慢で独善的な我儘令嬢の爆誕である。


 次兄は私と年子であるので、それを冷めた目で見ていた。まあ、年の近い妹だけが可愛がられ自分は厳しく育てられるのだ。今の私なら、彼の気持ちは分かる。

 しかし今までは家族の誰も、次兄の立場を慮ることなく、ただただ末っ子の私を可愛がり続けた。


 そんな私がある日、熱烈な恋に落ちた。それも、一方的なやつだ。

 お相手はアラン・バーテルス魔術伯。王国内に五人しか居ない、天才魔術師だ。宮中伯のように、領地を持たない伯爵扱いだがその身分は権力構造の外部に置かれている。

 実力がありすぎて王家も一目置く存在なので、公爵家が何を言ってきても無視出来るってことだ。

 アランさまは再三に渡る公爵家からの縁談をその都度きっぱり断った。


 それでも全く諦めないのがエリザベスという存在だ。むしろ

(私が結婚してあげると言っているのに断るなんて、遠慮しているのかしら)

 くらいに考えていた。私はアランさまを恥ずかしげもなく追いかけまわし、つきまとい、まあストーキングをしていた。


 相手の迷惑を考えずに、いつも王宮にある彼の研究室に押しかけ、馴れ馴れしく話しかけ続けた。アランさまは普通にめちゃくちゃ迷惑そうにしていたが、それでも私は一切へこたれることはなかった。


『アランさまったらつれないお方なんだから、もう』


 そんな風に使用人たちに嬉しそうに言っていたのだ。

 いやどういう思考回路してんの?

 私が好意を抱くことによって彼の迷惑になっているなど、夢にも思っていないのだ。私に好かれて光栄でしょう、と素直に信じ込んでいたし、自分を疎む人なんて世界には居ないと考えていた。

 どんだけ自己肯定感が高いんだ。前世の私からは考えられない。


 前世の私はごく一般的な日本人だったので、周囲の空気を読んで立ち回っていた。自我を剥きだしにして意見を押し通すなんて行為は苦手だし、やろうとも思わない。

 恋愛だって、生きるか死ぬかくらいの熱い思いは持ったこともなく、なんとなく良い感じの人と付き合って合わなくなったら疎遠になって別れる、というごく普通の経験しかなかった、と思う。


 気のない人にしつこくアタックしたり、別れ際に刃物を持ち出したりはしたことがない筈だ。私はそこまで恋愛に生きるタイプではなかった。

 気の合う友人とお喋りし飲みに行くこともあるが、趣味のソシャゲや観劇を静かに一人で楽しむことも出来る、ごくごく普通の社会人として過ごしていた。


 それが、一体なんでこんなことに。

 はあ、と溜息を吐いて物凄く広くて豪華な部屋を見回す。ベッドに寝かされていたが、天蓋付きの広々キングサイズだ。

 私が身を起こすと同時に、部屋に侍女のステイシーが入って来た。


「あっ、エリさま! 目を覚まされたんですね」

「えぇ」

「アランさまの使いが、お見舞いの先触れに来られてますよ! やりましたね!」

「え……?」

「お見舞いを口実に、アランさまをお部屋にお呼びして今までより仲良くなっちゃいましょう!」


 なんというか、周囲もこういうノリなのだ。

 誰か止めよう?

 父母も長兄も『早くアラン伯と婚約出来たらいいねぇ、エリザベスがお嫁に行くのは寂しいけど』という感じだし、使用人たちも押せ押せの応援態勢なのである。

 ステイシーは私より二つ上の腹心的侍女であり、ねえやでもある。

 今までの私なら


『そうよねっ! やっぱりお部屋にお呼びしなくっちゃ! ステイシー、アランさまのもてなし方法を考えてっ!』


 という風なことを言っていた筈だ。

 今はそんなこと考えただけでも胃が痛くなる。


「……お見舞いは結構ですと、お断りして」


 自分の口から出た声が、めちゃくちゃアニメ声というか、甲高くキンキンする声にびっくりして最後の方は小声になってしまった。

 そのせいか、ステイシーも驚いて聞き返している。


「エリさま? ちょっと、私の耳がおかしかったのかもしれないのですが? 今なんと?」

「使者の方にはお断りして帰っていただいて。後日、こちらから文を送りますと伝えて頂くといいかしら」


 するとステイシーは瞬いた後面白そうにニヤッと笑った。


「ははーん、エリさまもなかなか賢くなられましたね。後から呼び出して言うことを聞かせるわけですね?」

「そんなわけないでしょう。此方から送るのはお詫び状よ」


 今度こそ、ステイシーは絶叫した。


「えーっ! エリさま、一体どうしちゃったんですか?!」


 今までの方がどうかしていたんだが。

 そうは言わずに退室を促す。


「頭痛がするからしばらく安静に休むわ。伝言、よろしくね」


 そう言って再び枕に頭をつけて目を閉じる。

 ステイシーは納得いかないようだったが、私が黙って寝ているので仕方なく出て行った。

 そう、私が階段落ちを決めたのは、押しかけたアランさまのお屋敷内での出来事だった。



 アランさまは深い海を思い出させる濃い青の瞳をした美丈夫だ。濃紺の長髪を後ろで一つにまとめ、すらりとしたスタイルでその冷静さは常に表情を変えず落ち着いている。

 前世の知識で言うならば、クール系無表情ロン毛美人である。

 以前の私の好みで言うなら、男のロン毛はあんまり……、と思うのだがエリザベスにとってはどストライクだったらしい。


 アランさまは天涯孤独の身で、王宮にほど近いお屋敷に一人で住んでいらっしゃると聞きつけた。そうするとどうするか。私は、呼ばれもしないのにそのお屋敷に乗り込んだのだ。

 呼ばれもしない家に入っていくなんて、住人にすればまあまあの恐怖体験である。

 前世の私なら、絶対家に入れないし何なら通報した。


 しかし使用人たちがザルだったのか、私の勢いが凄かったのか、屋敷への侵入に成功。

 そして、アランさまが実は一人暮らしではなく、親同士が繋がりがあったとかいう彼と同じく天涯孤独の少女ソフィアと一緒に住んでいたことが発覚したのだ。

 それを知った私は狂乱状態に陥った。


 その女、誰よー!


 そういう心境なのだろう。

 だがアランさまとソフィアにすれば、私の方が誰だよって感じだ。

 アランさまはきっぱりと


『君には関係ない』


とおっしゃった。

 まったくもっておっしゃる通りだ。アランさまと私には一切の関りがない。

 彼らにしてみれば、全然関係ないのに勝手に付き纏って家まで来る侵入犯だ。

 そして逆上した侵入犯はソフィアに掴みかかろうとし、それを止めようとしたアランさまに阻止され、無事に階段落ちとなった。


 アランさまには何の罪もない。しかし、ゴロンゴロン階段から落ちて気を失った私を見てヤバいと思ったのだろう。送り届けてくださった上に、謝罪までしてくださった。

 そしてお見舞いまでしようかと使者を送っているのだ。

 そんなことしたら、エリザベスの思い通りの条件を飲まされるかもしれないのに。危機感はないのか?


 それに、二十五歳の青年が十五歳の少女と一緒に住んでいるというのにはかなりヤバイ香りがする。使用人たちも居るから二人きりではないにしても、ロリコン疑惑が発生してもおかしくない状況だ。

 もし前世の私が、アランさまに片思いしているという友達に声を掛けるとしたら


『そんなややこしい人、やめときなよ~』


 一択である。

 ソフィアという少女は、金髪に蒼い瞳の、お人形のように美しい容姿をしていた。内気な様子で、私がきゃんきゃん吠え立てても何も言い返せず、涙目になっていた。

 まあ、ヒロインっぽい。

 ということは、私はヒロインを虐める悪役令嬢であり、ヒーローであるアランさまを追いかけ回す役柄なのではないだろうか。

 今すぐ、その役を降りたい。


 そのヒロインであるソフィアだが、隣国のヴァランシ公国の貴族の血縁で、他に頼る者もなくアランさまが世話をしているらしい。

 境遇もなんだかヒロインっぽい。


 一方私は、赤色の髪のサイドを三つ編みにし、くるりと巻いて後ろは無造作に流している。冷えた湖を思い出させる水色の瞳は吊り上がっていて、整っている容貌だが生意気そうだ。その赤い唇からは自分勝手な言葉しか出てこず、とにかく意地が悪い。


 まあ、恋のライバルにはうってつけの容姿だ。

 家族には猫のように我儘で可愛い令嬢なのだろうが、アランさまにすれば厄災そのものだろう。

 とにかく、呼ばれてもないのに人の屋敷に勝手に行くとか、有り得なさすぎる。この国の常識からも、前世の常識からも著しく外れている。


 早くお詫び状を書いて、二度と付き纏いませんから許してくださいと伝えなければ。

 そう考えていたら、ノックも無しに扉がガチャッと開けられた。


「よぉ、エリザベス。アランに嫌われて階段から突き落とされたんだって? 見舞いに来てやったぞ!」

「…………ランベール殿下……」


 どこから突っ込めば良いのか分からないが、この国の常識は王太子殿下自ら破られているようだ。




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