12-10
リュウセイの広野に、人の背丈ほどの木の板が突き刺さっている。
普段は岩と草、そして僅かな樹木しかない広野に突如出現した人工物――さらにおかしなことに、上部が乱暴に吹き飛ばされている。
その様子を眺める人影が三つ――
「ま、ざっとこんなものかな」
得意気に言うと、右手を見る。先程木の板を破壊する『力』を生み出した自分の手を改めて確認する。
それを茫然と見ているケラウスと――
「すごいすごーい! 今の完璧な半実体化エーテルによる魔法球の投擲だったね!」
木の板の先、眩い光を放つ球体が地面に落ちている。周辺の草に、鉱石とも宝石とも違う物体が埋もれている。、
飛び跳ねて喜んでいるライカ。
「言われたとおりにやっただけなんだけど」
「普通はそれが出来ないんだけどな」
ケラウスがそう言うのも無理はない。
「え、でも私も三回目で出来たよ」
「お前も早すぎるんだよ!」
魔法を学び始めて数日。基礎理論の座学を終わらせたユートは、初歩の実技としてエーテルを物質化して投擲し、標的を破壊する訓練を始めた。
標準的な魔法使いでも三日かかってようやく小石程度を作り出せるものだが――既にマナの感知、収束を行えるようになっているユートは、難なく実践してしまった。
「出来上がる前の世界――マナをこの世界に引っ張ってくるイメージ。手を通して握り、引っ張ってくる。そこまで具体的に言われたら十分だと思うんだけど」
「うんうん。やっぱりお姉ちゃんのアドバイスがよかったんだね」
無自覚な少年と、無邪気な姉を前に、師匠は思わずこめかみを抑える。
「まったく……ライカの時も驚いたが、俺どうにも妙な運があるようだ」
とりあえず、現状を認識してケラウスは表情を引き締める。
「次の段階……と言いたいんだが、そこら辺俺らも準備してないんだよな」
実のところ、ケラウスはこの訓練で一日はかかると思っていた。だが、結果は一時間も待たずに終わってしまっている。
「本来なら、魔法球を組み立てる段階でお前の属性を見極めようとしたんだが、そこまでアッサリやられたら何も分からねえ!」
属性によってマナを具現化するイメージは異なる。ライカの言ったのは基礎の段階で、本来はそこに属性に応じた工夫をする必要がある。
「雷なら『伝わる』イメージ、炎なら『熱い』……その反応によって見極めようと思ったんだが……」
こう、一度で成功されては分からない。どうしたものかとケラウスは考える。
「ユートちゃん、エーテルを組み立てる時、どういうイメージをした?」
ライカに言われて、ユートは僅かに考えこむ。
(あの時考えたのは、ライカさんに言われたように何かを引っ張ってくる――)
手を伸ばして手に入れる。『世界になる前の存在』、実態はないけれど、自分の中に在る何か。
「ただ、届いて欲しいってコトだけ考えていた」
「ふむ、手を伸ばす、だからやはり物質寄りの存在か。もう少し調べてみるか」
そう言うと、ケラウスは二人を連れて破壊された木の板の傍へと移動する。
板は、単純に岩をぶつけられたように折れている。切断や焼却されたものではない。
次に、地面に落ちた魔法球を確認する。周辺の草はかき分けられていて、確かに『存在』していた。
「う~ん、明確に質量を持っているから一番近いのは大地の属性だけど――」
「それだけだと、これだけの熱量と反応光を放出しないね」
ライカとケラウスはしげしげと魔法球を眺める。
そうしていると、弾は実態を失ってワンドガルドの大気へと溶けていった。
二人、溜息をつく。
結局、答は分からなかった。
『結果は芳しくないようですね』
「ああ」
通信機越しのシーナに、ユートは力なく返事をする。
「仕方ない、明日以降は反復しながら属性を見極めよう、ライカ、その準備を」
ケラウスの指示に、ライカは首を横に振る。
「お師匠様、明日はエドンに魔法薬を納めに行く日ですよ」
「おっと、そうだった」
「もう、しっかりしてくださいよ」
師弟二人は、ようやく顔を緩めた。
「魔法薬を納める?」
「ああ、そりゃそうだろ。お前と一緒で俺たちも生きていくにはちゃんと稼がないといけないからな」
「私たちは広野で魔法薬を作って、定期的にエドンの冒険者ギルドや商工会に納めてお金を貰っているの」
広野に住んでいても、人の社会から完全に孤立した訳ではない。
金銭を得るために、ライカたちも生業を持っていた。
「エドンまで歩いていくの?」
「うん、太陽と一緒に出ないと間に合わないから、ユートちゃんには付き合えないかな」
それを聞いて、ユートは即座に一つの提案を出す。
「それなら、俺たちがローバーを出すよ」
心なしか、口調は軽い。
色々と迷惑をかけているのだから、少しでも力になりたい、と言う気持ちからだった。
◆◆◆
翌朝、ユートたちを乗せたローバーは広野を西へと走っていた。
荷台にはライカとケラウス。魔法薬の瓶を慎重に固定している。
助手席にはドリー、そして、運転席にはユートが座っている。
「ユートさん、本当に大丈夫?」
自分の仕事を奪われたコマンドは、少し不満げだった。
「たまには俺が動かさないと、腕が鈍るしな」
ユートがハンドルを握るのもしばらくぶりであった。
車体が僅かに揺れる。鈍っている、とユートは思った。
「エクステンションマッスルもそうだけど、定期的に機械を操縦しないと肉体の先に在る機械の範囲が分からなくなる」
普段動かしている人体以上の存在を動かす。どれだけハンドルを切れば車体が曲がるか、タイヤがどこにあるか。そう言った感覚は動かしてみないと分からない。
そんなユートに、シーナはからかうように通信をおくる。
『そんなこと言って、ライカさんに仕事が出来るところを見せたかったのではないですか?』
「? なんで?」
その返答に、シーナだけでなくドリーも一時的に言葉を失った。
『……はぁ~』
「いつもみたいにわざとらしい補足はつけないの」
『その気力すらありませんから』
ユートは文句を言おうと思ったが、隣で呆れたようにしているドリーを見て辞めた。何故か自分が悪い気になった。
◆◆◆
エドンが見下ろせる丘まで辿り着くと、ユートは荷台から大八車を下す。続けて、ライカたちが魔法薬を乗せていく。
作業は滞りなく進み、すぐに出発の準備は整った。
「いやあ、足だけじゃなくて運ぶのもやってもらえて悪いな」
ケラウスは伸びをしてリラックスする。
エドンの風が吹き、丘を駆ける。空は晴れ。その下に広がる田園とエドンの街は穏やかな活気にあふれている。
「固定はこれで大丈夫……かな」
ユートは最後に積み荷がしっかりと固定されていることを確認する。
それが終わると、引っ張るために荷台の前の取っ手をもつ。
そして、ライカに振り返る。
「さて、それじゃあライカ、早く乗って」
「え? え? え?」
そう言われたライカは、困惑の声を出す。
「乗らないの? 俺の知り合いは乗ってたけど」
先日、エドンに来た時に当たり前のように荷台に乗ったクラマ。
なんとなく、同じことをされると思っていた。
けれど、ライカは暫し考えると。
「う~ん、それなら私は……」
荷台の前まで歩いて来ると、ユートの隣に立つ。
「一緒に運ぼう、ユートちゃん」
二人で運ぼう、と提案したのだった。
「なるほど、それじゃあ俺が代わりに荷台に乗ろう」
そこに、ケラウスは冗談めかした口調でくだらないことを言う。
「ケラウスさんは歩いて」
「お師匠様、重いので」
予想通りの反応に、大笑いする男の声が風にのった。




