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12-8


 ユートの耳にその言葉が届いた時、周囲の雑音が消えたような気がした。

 正確に言うのならば、その言葉に集中し、その他の音が意識の外に追いやられた。


 ――銃、ヒナワ――


 工房の中で人が忙しなく動いているのは変わらない。店の外の人通りも変わらない。

 ただ、ユートだけが青ざめている。


「ヒナワ」


 録音された言葉を再生するように、ただその単語を無機質に反芻する。

 そんなユートの肩を、誰かが揺らした。


「……なあ、なあ、聞いてるか?」


 問いかけにようやく反応する。声の主のクラマは、耳打ちをした。


「なあ、ユート、ヒナワってなんだ?」

「いや、俺も分からない」

「だよなあ~」


 クラマは両手を頭の後ろに組んでオーバー気味にリアクションをする。つられてユートも手のひらを上に開いて、お手上げとジャスチャーをする。


「ふ~む、これも何かの縁だ。お前さんになら見せても大丈夫だろう」


 そう言うと、ムラマサは二人についてくるように言う。

 向かう先は、工房の裏。


◆◆◆


 騒がしい工房を抜けると、ムラマサが普段寝起きする家がある。だが、目的はさらにその先。

 敷地の隅にある蔵。物々しい扉の鍵を開けると、重い音を出して鉄の扉が開く。


「ちょいと埃っぽいが我慢してくれ」


 ムラマサは入口の傍に備え付けられた筒を手に取る。すると、突きの先が薄緑色に淡く光る。

 それがマナタイトであると、ユートはすぐに気が付いた。


(なるほど、手持ち式の灯りにもなるのか)


 ユートが感心していると、ムラマサが手招きする。

 蔵の中は暗いが、よく整理されている。歩いても埃は舞い上がらないし、保管されている木箱からは乾いた木の匂いがする。

 ムラマサは二人を連れて奥まで進む。

 蔵の一番奥の棚に、黒い金属製の箱が置かれている。

 ムラマサはそれを持ち上げるとユートの前までもってくる。そして、蓋を開けた。


「これが、うちの工房に伝わる『ヒナワ』だ」


 中から出てきたのは、細長い物体。

 黒い鉄の筒をもち、その下部に台となる木が据え付けられている。

 木製の部位は筒の先端を除くと、下部と後方に支えるように装着され、筒の背部には皿のようなもの――そして、引き金。


 細長い、『銃』があった。


「ライブラリで見たことある――」


 そして、その構造にユートは覚えがあった。


「これは、火縄銃だ」


 ユートから見て千年近く昔、地球で作られた初期の銃器。それが目の前にあった。


『前装式の滑腔式銃ですね、ウツロブネの伝承を考えるのなら、極東地域の戦国時代に使われていたものです』


 通信先でシーナが補足をする。コロニーのデータベースと直接照合していることもあり、淡々とした報告にも確信がある。

 まさか、異世界の地でこんなものが見れるとは思わなかった。ユートは驚き、感動し、口が開いたまま閉じられていない。


「なんか知らないけど凄いモノなのか?」


 クラマはどこか要領を得ないようだ。


「うん。こんな骨董品、地球にでも降りなければ見れないよ。

 江戸、徳川の世なんて、もう千年以上も前なんだから」


 ユートの言葉に、そうか、と生返事をした。

 だが、ユートの言葉の一端を耳にした時、ムラマサの顔色が変わった。


「トクガワか。その言葉はうちにも伝わってるな」


 ムラマサはどこか納得がいったかのように、深く頷いた。


「お前さんが持ってる銃は、短筒ってモノに似てる。まさかと思って聞いてみたが、ウツロブネの伝承の地が――トクガワの名が出るとはな」


 そうして、ムラマサはこの地の伝承を語る。

 遥か昔、エドンが拓かれる前はこの地は小さな集落だった。

 古い鐘楼だけが取り残された古代の都。東からの悪竜に怯えながら細々と暮らしていた人々。

 そこに、現れたのはウツロブネに乗った人々。

 西の都の人々とは違う、ゆったりとした服装に身を包み、異なる文明の道具を携えた彼らは、東の果てを開墾していく。

 町中に張り巡らされた堀、米や茶、刀――そして、銃。彼らから伝えられた技術はエドンの名産品となり、都を大きくしていった。


「この工房は、ウツロブネに乗ってきた鍛冶師の一団が興したモンだ。エドン特有の打刀なんかはチキュウ由来の技術だ。そして、もちろん銃もな」


 ムラマサはそこで、ユートを見る。


「そして、トクガワを知っているってことは、お前さんは只物ではないってことか」


 ユートは黙ってその視線を受け止める。

 ムラマサの視線は鋭い。だが、攻撃的な意思はまったくない。

 ただ純粋に、問うているだけだ。

 だからこそ、ユートは返答に困った。どこまで自分の事情を話していいか分からなかったのだ。


「はぁ~」


 だが、ユートの迷いはクラマの間の抜けた声で途切れる。


「珍妙な武器を自在に操るとは思ってたけど、なんか面倒なこと抱えてそうだな」

「それは……」


 その言葉を遮るように、クラマは手を前に出す。


「いや、いいさ。これ以上アレコレ聞いたらアタシの頭が痛くなっちまう。

 ムラマサの旦那だって、コイツがどこから来たなんて今更関係ないだろ」


 クラマはムラマサの方を見る。ムラマサは小さく声を出すと、頭をかいて申し訳なさそうに笑う。


「ああ、身構えさせちまったな。単純に、お前さんが持ってる技術が不思議に思っただけだ」


 軽く謝罪すると、ユートの手を取る。


「ワシらに分かるのは、ユートが面倒な事情を持っているってことと。そんな状況でも他人のために体を張れる奴だってことだ」

「クラマがいなかったら、もうちょっと足踏みしてたかもしれないですよ」


 わざとらしく口端を持ち上げて、ユートは笑う。


「よせやい、急に褒めんなっての」


 クラマは照れくさそうに笑っていた。




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