12-7
エドン東――
田畑が広がる田園地帯に朝陽が昇る。
牛の鳴き声が響き渡ると、城門が開き、人々が出てくる。既に畑仕事をはじめていた農夫たちに合流すると、交渉や手伝いを始める。
その光景の先、エドンと広野を分ける丘の上にユートは居た。
「しかし、まさか大八車を使うことになるなんて」
ローバーの荷台から荷物を下ろし、大八車――人力の荷車に積み直していく。
積み直された荷物は、ドリーが綺麗に整頓しなおして崩れないようにする。それを、全て手作業。
「宇宙から地上。動力をもった機械から人力の車。なんかどんどんローテク化してる気がする」
『仕方ありません、まさか街中をローバーで走るわけにはいきませんから』
エドンの街並みは、まだ自動車が走れるほど整備されていない。馬車などが出入りする東地区はまだ道幅も広く、通行人も警戒をしているが、西区は違う。
「信号も誘導もない道路を車で走ったら大事故まったなしだからね」
「うん、ボクもちゃんと運転できる自信はないかな」
明確な交通ルールも、補助する機械もない状況で適当に車を走らせようものなら、すぐさま人との接触事故を起こすだろう。想像してユートは思わず身震いした。
◆◆◆
積み込みが終わり、漏れがないことを確認する。
「それじゃあ、用事を済ませたらすぐに戻ってくるから」
「うん、ボクはここで待ってるからね」
ドリーに手を振って別れると、ユートは大八車を引っ張り始める。
確かな重みが足に伝わってくるが、ユートにとっては無理もない負荷であった。
丘を下る。道を歩き、作業中の農夫とすれ違う時に、軽く会釈しあう。
車輪が回る音が田園に響く。遠くで畑を犂で引いていた牛がユートを眺めていた。
城門に辿り着くと、いつかの門番の姿があった。
「おはようございます」
「おはよう。ケラウスさんのとこのユート君だったね」
気さくに挨拶をして、ユートの名を呼ぶ。
「はい。覚えててくれてありがとうございます」
ユートの声に若干驚きが混ざる。まさか、一度しか会ったことがないのに覚えているとは思っていなかった。
「そりゃあそうさ、不審者を通さないためにも、知り合いの関係者は覚えておかないとね」
「さりげなく凄い事いいますね」
「記憶力には自信があるからね。さ、通りなさい」
ユートも挨拶で返すと、城門を潜る。
目の前には、にぎやかなエドンの景色が広がっていた。
◆◆◆
西区の大通りは相変わらず人で溢れている。
大八車を引くユートも、人と接触をしないように慎重に歩いていく。
歩く人も、大荷物を引く少年に配慮しているのか、それとなく距離を開けて歩いてくれていた。
だが、例外はある。
――食い逃げだぁぁぁぁあっ!――
突如、道の先から響いて来る怒声。見ると、血相を変えた男が全力で走ってきている。
「っ!」
ユートは車を引く手を止めると、前に飛び出す。走る男の進路を妨げるように立った。
「そこのガキ、邪魔だ!」
「邪魔してるんだよ」
それとなく身を低くし、接触に備える。男もユートの狙いに気が付いたのか、一旦速度を緩めて拳を握る。
それが致命的だった。
「はい、遅いよっ!!」
男の後方から影が跳躍する。若草色の羽織が空に舞うと同時に、流星の如き蹴りが男に襲い掛かる。
強烈な打撃音。そして振動。
「ぐぇぇ……」
情けない声を漏らしながら、食い逃げ犯は地面に倒れ伏した。
それを見降ろすのは、見知った顔。
「まったく、手間かけさせるなって」
「クラマ?」
「おう、元気にしてたか、ユート」
手を上げて、クラマが挨拶をした。
友人に接する、気さくな顔で迎えてくれた。
◆◆◆
遅れて、食い逃げをされた店の店主が走ってくる。
クラマは店主に犯人を引き渡す。
そうして落ち着くと、軽く身の上話をお互いにする。
「それじゃあ、クラマの仕事も順調なんだ」
前の騒動からウエに雇われたクラマは、立場上自由に動けない(とは言っても相当自由にやっている)ウエの代わりに細かい連絡や調査を行っている。
「ウエ様の使いっぱしりみたいなものだからね。ま、この前みたいな騒動に巻き込まれたら分からないけど」
「それでも、今日みたいなことはあるんでしょ?」
当然、その中で面倒なことに巻き込まれることもある。
「まあね、でも、アタシの実力は知ってるだろ」
元々身体能力は高いし、修行のために旅をしている彼女にとっては苦でもないのだ。
「それより、これからどこに行くんだい?」
「ムラマサ工房に、頼まれてた品を届けに行かないといけない」
「ちょうどいいや。アタシも車に乗せてってくれよ」
ユートの返事を待たずに、クラマは大八車の荷台に勝手に乗ってしまう。
「乗るなよ、と言うか引っ張って」
「やなこった」
文句を言いながらも、ユートは車を引くのだった。
◆◆◆
橋を渡り、中央区へ。
ムラマサ工房に辿り着くと、工房の人に頼んでムラマサを呼んでもらう。
待っている間に、クラマと一緒に荷物を下ろして店の中に運び込む。
ちょうど運び終わったころ、ムラマサが顔を見せた。
「ほほう、まず期日についてはしっかりと守ったな」
「そりゃあそうですよ。仕事にするなら、まずは時間から、ですし」
「がははは、そりゃあそうだ」
豪快に笑うと、ムラマサは検品作業に入る。
笑っていた顔は一瞬で引き締まり、慎重に品を確認する。
だが、険しい顔色はすぐに関心にかわる。
頼んだ製品の修復は、誰が見ても完璧と言えるほどに修復をされていたのだ。
ムラマサは深く息を吐くと、穏やかな顔でユートに振りかえる。
「なるほど、なるほど。この仕事なら問題なく任せられるな」
「それじゃあ、仕事の話は」
「ああ、これからもよろしく頼む」
ユートが拳を握ってガッポーズ、後ろで見ていたクラマも手を叩いた。
「ところで、ユート。少し話は変わるんだが――」
ムラマサは、ユートの腰にあるホルスターを見る。
「お前がこの前使ってた、弾を発射する道具だが、少し見せてもらっていいか?」
「いいけど」
ユートは銃を持つと、バレットを外す。そうしてムラマサに手渡した。
ムラマサはユートから銃を受け取ると、先程と同じくらい真剣な様子で眺め、手で触る。
そうして、低く唸った。
「なるほど……これは銃か?」
「分かるの?」
突如出てきた近代的な言葉に、思わずユートは驚く。
「ああ、何せこの工房は『ヒナワ』が伝えられているからな」




