12-5
ライカたちの家の奥、板張りの古びた廊下の先。床よりは真新しい木の扉。
開かれた扉から、古い本の香りが漂ってきた。
食事が終わると、ユートは書斎に通された。
壁沿いに本棚が並び、棚には硬い表紙の書物が整然と並べられている。
部屋の真ん中には六人はかけられる広いテーブルがあり、読みかけの本が積まれていた。
ケラウスが先に座り、その対面にユートが座る。
ライカが棚から一冊の本を持ってくる。表紙には『基礎魔法学』と書かれていた。
「あ、前に借りてた本だ」
その内容にユートは覚えがあった。以前にライカから借りて読んだことがある本だったからだ。
「なんだ、もう読んだことあるのか。それじゃあ、この内容は――」
それからしばらく、ケラウスからユートに内容の確認が続いた。
完璧に覚えている訳ではないが、ユートは滞りなく答えていく。
「なるほど、魔法が、マナ具現エーテル化法ってのは、既に知ってるのか」
「うん、ライカからも聞いたことがあるしね」
ライカは、胸を張って鼻息を荒く噴き出す。
「私が、育てました!」
(間違いではないけど)
ユートは生暖かい視線をおくりつつ、思わず余計なことを言いそうになるのを必死に堪える。
「はいはい、お前はもう少し落ち着け。姉弟子なんだから」
ケラウスは苦笑いをしながらライカを窘める。
「姉弟子ではありません、お姉ちゃんです」
当の本人は得意気に目を細める。今にも鼻歌を歌い出しそうだ。
「いやまあ、本人が受け入れてるしそれでいいか」
「受け入れてるって一言も言ってないんだけどっ!!」
ユートの抗議を涼やかに受け流す。
ケラウスは本を閉じると、テーブルの上に置かれていた紙になにやらメモしておく。
基礎――良し
学習意欲――良し
発動経験――有り
「うーん、ロゼ・マナタイトを使用した時と言い、マナの構築や視認は出来てるんだよな」
「うん、あの黄金の粒子はライカと出会った時から視認できるようになった。
ロゼ・マナタイトを発動出来たのは、自分の中でマナをエーテルにすることが出来たから、でいいんだよね」
意味することを確認するために質問をすると、ケラウスは、そうだと確かに肯定する。
「でも、感覚的には発動できるが、それを理論だって行使できるようにする必要があるって話でしょ」
感覚的に実行できても、それを再現する際に確実に出来るとは限らない。どうすれば出来るのか。何をやっているのか。それを整理する重要性をユートは理解していた。
少年の出来過ぎた答えに、ケラウスは感心したように息を吐いた。
「お前本当に話が早いな~」
隣のライカは、ますます自慢げになる。
「弟にして弟弟子ですから!」
「とりあえずそう言うことにしておこう。暫く向こうで魔法薬の調合でもしててくれ」
と、ついにケラウスは適当に厄介払いをする。
「うん、お休みの間の分もやらないとね!」
ライカは席を立つと、ユートに優しく微笑みかける。
「それじゃあユートちゃん、いってきまーす!」
ドアが優しく閉じられた。
木がこすれる音が消えると、部屋の中は一時的に無音になる。
ちょうど、話が区切られる。
「一つ、いいかな」
質問をするのなら、未だと話を切りだした。
「おう、さっそく質問とは感心できるな」
「どうしても気になることがあって」
ユートには、気になっていることが一つあった。
「度々話にあがるけど、『魔法』と『呪い』って何が違うの?」
ライカとケラウスが倒れた時の騒動で、度々出てきた呪いと言う言葉。
明確に魔法とは区別されて使用されているが、その違いをユートはまだ理解できていなかった。
ケラウスは唸ると、椅子に深く座りなおした。
「そうだな」
もう一度、『基礎魔法学』を開く。開かれたページには、マナの粒子とそこから生まれる炎の図が描かれていた。
「改めておさらいをするが、魔法が『マナ具現エーテル化法』である。
それは、マナと言う、存在として浮かびあがる前の力に対して、自分の意思で指向性を与えて物質世界に呼び起こす方法だ。
魔法と言うものの基本的な考え方は、物質世界に影響を及ぼすのは、物質化されたものでしかない」
物質に対して干渉するために、別の現象を生み出す。
望む結果を得るために、必要となる現象を生み出すのが魔法である。
「だが、呪いは違う」
ケラウスはそこで一息置くと、ユートを見る。
ここまではしっかりと前を見ている。
「結果のみを具現化させる方法なんだ」
ユートは僅かに目を伏せる。ケラウスは、また一つ、メモに追記をした。
「結果のみを得る、と言うと?」
ユートの質問に、ケラウスは心の内で呟く。
やはり感覚的に理解を出来ない点がそこである、かと。
「例えばだ、岩を破壊することを魔法で行うなら、巨大な剣を作り出したり、直接エネルギーをぶつける必要がある」
物質を壊すのに物質を生み出す、またはエネルギーをぶつける。
「だが、呪いは『壊れた』と言う結果だけを物質世界に上書きをするんだ」
だが、呪いはそんな工程を経ずに結果だけを持ってきてしまう。
ユートの顔色が変わる。
「それだけ聞くと、呪いの方がデタラメな力に思えるけど」
口調に僅かに不快さが混ざっていた。ケラウスは思わず苦笑いをすると、『そんな便利ではない』と付け加える。
「物質化された世界は無理やり上書きされた現象を元に戻そうとする。
意思無き力が大地に奪われるように、依り代なき結果は拡散してしまう。
それこそ、人を気絶させるならずっと呪い続ける必要がある」
物質世界に無理矢理干渉するのである。
何も起こっていないのに物が壊れた、そんな因果を無視した現象が簡単に許される程世界は脆くない。
『原因』を常に生み出す必要があるのだ。
「要するに、物質世界に影響を与えたいのなら、魔法を使う方が効率がいいし、なにより結果を固定化することが出来る。
呪いは一時的な妨害なんかには使えるが、おおよそ実践的とは言い難い」
ユートは深く息を吐く。ようやく納得がいったようだ。
「確かに、生活で役立てるにしても、カウンセリングくらいにしか使いようがない」
ちょうど、扉の外からライカの声が聞こえてきた。
「お師匠様~、ユートちゃーん、今面白い反応が出てるよ~」
二人は振り返ると、なにやら騒がしいライカの顔を思い浮かべる。
「まあ、魔法薬なんてその最たるものだな。薬と言う媒体に魔法を込めて、物質世界に残すのだから」
ユートは何度もうんうんと頷くと、嬉しそうに顔を上げる。
「やっぱり面白いね。地球では魔法は荒唐無稽な空想の力として扱われているけど、この世界では確かな技術なんだ」
「だろっ」
なぜかケラウスも嬉しくなる。また一つ、メモの追加をした。
――学習意欲――非常に高い、と
「二人とも~、早く来てよ~」
そうしていると、扉が開いた。
不満げなライカの顔が出てくると、思わず二人そろって苦笑いをした。




