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11-8


 エドン北区――昨日に引き続き、ユートの姿がそこにあった。

 やっていることも昨日と同じ。話を聞き、現場を見て、そして出来ることなら修理をする。

 古い民家の金具を修理し、崩れた鉄柵を補強する。元々昨日に聞いてはいたが、どうしても時間が足りなくて手が回らなかった仕事だ。


「はい、これで完了!」


 元気な声で依頼主に完了を報告。お礼の言葉、中には心付けを渡そうとする人も居るが、ユートは丁重に断る。


「一応、まだ正式に商売を始めるわけじゃないからね。ここで下手に金を貰うと後で面倒なことになりそうだし」


 と、何度も説明をして納得してもらった。

 その様子を遠巻きにケラウスは眺めていた。律儀な行動に呆れ半分、少年らしからぬ気遣いに複雑そうな顔で。

 そんなケラウスに、近づく影があった。その正体に、足音だけで気付いたケラウスは、ちらりと振り返る。


「アキヤマ先生でしたか」

「ああ、少年が来ていると聞いてな、昨日、断られた心付けを渡そうと思ったが――」


 必死に依頼主に説明をする少年の姿を見て、アキヤマも無駄なことだと悟ったようだ。


「今度商売を始めるから、その時に仕事を回してくれ、だと」

「なるほど、おれも、覚えておこうか」


 懐にしまい込んだ銭を確かめて、ユートの仕事を見守る。


「真面目、だな」

「息子さんを思い出しますか」


 アキヤマは小さく頷くと、僅かに破顔する。


「うむ、修行から帰って来たのなら、会わせてみたい」

「ええ、その時はお願いしますよ」


 語らう老人の視線の先には、走り回る少年。真剣な顔で手を動かし続ける少年の時間は、あっという間に過ぎていく。

 エドンの鐘が夕方を告げるまで、あっという間であった。


◆◆◆


 仕事を終えたユートとケラウスは、南区へと戻る。

 橋を渡ると見えてくるのは、整然と整えられた街並み。北区とは違い、権力者たちが住む街は静かで、常に騒がしい他の地区とは違う空気が流れていた。


「まったく、今日も疲れたな」

「ケラウスさんは見てただけだけどね」

「それもそうか」


 他愛もない話をしながら道を行く。やがて、ウエの屋敷が見えて来た。ちょうど、見知った人影――クラマの姿も見える。


「ん、おーい!! ユート、ケラウス!」


 袖を振り回しながら駆け寄ってくる少女と合流すると、三人一緒に屋敷へと入った。


◆◆◆


 屋敷には既にウエが戻ってきていた。三人は今日の報告を求められると、奥の部屋へと通される。


「と、言う訳で雑用はだいたい終わり。それと、北区の兄ちゃんの仕事が見つかったって」

「それはよかった。なら、今度は祝いの品でも持たせるとしようか」


 上機嫌で報告を受けるウエ。クラマの仕事は、順調に終わったようだ。

 クラマが報告を終えると、今度はケラウスが今日の状況を伝える。

 もちろん、ムラマサ工房でのことだ。


「――なるほど、断られたか」


 腑に落ちない、と言った顔で応える。ムラマサの状況は、ウエにとっても意外なことだった。


「あの様子じゃ、何かあったと思うんだが」

「ふーむ……余が直接問いただす訳にいかんな、これはクラマに骨を折ってもらうしかないか」


 難しい顔をする大人二人に、少年は得意気に口を出す。


「大丈夫、もう手はうってあります」


 そう言うと、外套の裏からタブレット端末を取り出すと、電源を起動する。


『――頼む、別の条件を――』


 聞こえて来たのはムラマサの声。ケラウスとウエは、思わず目を見開いた。


『予備の通信機に記録した音声データを再生します。時間はユートが工房を出てから十分後からです』

「わかった。こっちが合図したら続きの再生をお願い」

『理由は?」

「ウエ様に、まずこの技術について説明をしておかないといけない」

『了解しました』


 話についていけず、ユートとシーナのやりとりを眺めていただけの三人に向き直ると、ユートは説明を始める。


「工房に収音器……早い話が、周囲の音や言葉を記録しておける道具を置いてきました」

「ふーむ……理屈は分からぬが、今の声はまさしくムラマサのもの。ならば、ムラマサが喋った言葉を記録していると言う事だな」

「はい、細かい理屈の説明は省きますが、記録は正確です」

「わかった。ならば、その内容を確認しよう――」


 ウエは頷く。情報が正しいものであると信じてくれたようだ。


「ところで、勝手に人の話を盗み聞きするのはそなたらの文明では罪にあたるのでは?」


 同時に、少し意地の悪い顔をした。


「回答を拒否します」


 ユートも苦笑いをしつつ、悪戯小僧のようにしらばっくれる。


「はは、ちなみに我が国の法では国家に関する重大な機密を漏洩した場合については罪に問われるぞ」

「じゃあ大丈夫――シーナ、続きの再生を」

「了解しました」


 タブレットから音声が再生される。


『頼む、『ヒナワ』はご先祖様が蔵の奥に放り込んじまってすぐに見つからないんだ』

『そう言って既に三日。これ、分かるだろう』

『その濃い茶色の髪は……娘のものか!』


 ムラマサの悲痛な叫び。聞いていた皆が身構える。


『そう、人質の娘のものだ。悪いが、俺たちも――」


「――悪党の自白です」


 ユートは音声をいったん区切る。そして、皆の顔をみる。

 ケラウスの顔からも、ウエの顔からも余裕が消えていた。もちろん、ユートの目も鋭くなっている。

 そして――


「かぁーっ、そういつら許せねえ!!」


 一番、感情を表に出していたのは、クラマだった。

 怒りの絶叫とともに飛び上がる。そして、さっさと走り出す。


「クラマ!?」

「今すぐ追いかけてぶっ飛ばしてやる!」


 呼び止める暇もなく、襖を開け放って庭に出ると、塀を飛び越えて北へと飛ぶように駆けて行った。


「……ああもう、何考えてるんだよっ!」


 慌てて、ユートも走り出す。

 急ぎ、部屋を出て廊下を走る。食事を運んできた女中の横を通りぬけて外へ。門を出て周囲を見渡しが、既にクラマの姿はなかった。



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