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11-6


 いくら屋敷が広くても、誰も住まなければ意味はない。

 いくら人を集めようと、そこに声が流れなければ意味がない。


 南区、ウエの屋敷――

 クラマが帰ってきたことにより、ウエの屋敷はまた賑やかになった。

 主とその友の魔法使い、そして、旅の少年少女。彼らはお互いの一日の苦労話を重ねる。

 時に笑い、時に慰め、時にからかう。


「はは……便利屋ねえ、まあアタシも似たようなもんかな」


 クラマがじと~っとした視線をウエに向ける。当人は、どこ吹く風と涼しい顔をしていた。

 帰って来たクラマとお互いの近況――と言う名の愚痴を伝え終える。それが終わると、ちょうど、食事の膳が運ばれて来た。


「いただきまーす!」


 クラマはすぐに箸を持って白米をかきこむ。横で見ていたユートは思わず苦笑い。


「しゃかし、にゃるほどぬぇ……アータも便利に使われてたんだね」

「クラマ、一度落ち着いて。米粒が飛ぶ」

「ふぁい」


 ユートに咎められると生返事。汁を飲んで一度落ち着くと、改めてクラマは口を開いた。


「アタシも大変だったよ。ウエ様の使い走りとして、エドン中を走り回ってたからね」


 ユートが街を歩いている間、クラマもまたエドンを駆け回っていた。


「みすぼらしい格好の親子に飯を届けたり、なんか怪し情報屋に聞き込みに行ったり」


 話を聞きながら、ユートは頷く。ケラウスは溜息と一緒に生ぬるい視線をウエに向けていた。ウエはウエで、素知らぬ顔でクラマの報告を聞いている。


「ま、おかげでこうして白い米が食えてるってことなんだけどね」


 満足げに魚を頬張る。

 朝、ウエはクラマに一つの提案を持ち出した。


 ――エドンに居る間、食と寝床を提供しよう。その代わり、余の仕事を手伝ってくれないか――


「ま、旅のテン・グーにはありがたい提案だよ」


 二つ返事で提案を受けたクラマは、こうして無事に食事にありつけていた。


「クラマは自分のことをテン・グーって言うけど、それは、いったいどういうものなの?」


 クラマは箸を止めると、不満げに目を細める。


「なんだ、知らないのか。アタシたちの名もまだまだだね」


 ユートは僅かに眉を動かす。


「ごめん、俺は遠くからエドンに来たから、このあたりの文化には詳しくないんだ」

「なるほどねえ~、んじゃあ、アンタの故郷に帰ったら、これから言うことをしっかり伝えといてね」


 箸を一度置くと、クラマは語り始めた。


「テン・グーってのは、土地の名前にしてアタシたち種族の名前さ。山に生まれ、山と育ち、そして山に還る山稜の民」

「身軽な身のこなしはテン・グーの特徴だな、それと、風の魔法だ」


 ケラウスが補足をすると、クラマは嬉しそうに頷いた。


「そうそう、オッサンはよく知ってるね」

「オッサン……まあ、オッサンだな」


 ウエとユートは口元を隠して笑っていた。


「険しい山々を駆け抜ける風の力は、アタシたちの土地に宿る祝福さ。風の声を聞き、その力を借りる。それが出来てようやく半人前のテン・グー」

「なるほど。打撃の時に感じたのは、風の魔法の力なのか」


 昨夜の戦いの際に、蹴りで剣を叩き折られた。それ以前にも、打撃をいなす際に単純な接触ではなく、別の力を感じていた。


「あれは、圧縮した空気を噴き出して打撃の際に二重の衝撃を与えてたのかな」

「あ、気づいてたんだね。だいたいそんな感じ」


 クラマは上機嫌に笑うと、話を続ける。


「そして、半人前のアタシは一人前になるために旅をするのさ」


 話を聞いていたケラウスが口を開く。伝聞ではあるが、ケラウスにもテン・グーの文化についての知識があった。


「テン・グーは風を知って半人前。風と一緒に世界を見て回り、再び山に戻って一人前って話か」

「そういうことさっ」


 ケラウスの言葉に、クラマは深く頷いた。


「アタシは修行の旅の途中って訳さ。世界の風を知って、それを故郷に持ち帰る」


 あっけらかんと言い放つその姿は堂々としていて、希望に満ち溢れている。


「……旅と、その目的か」


 その様子を、ユートは眩しいと感じた。


「なに他人事みたいに感心してんのさ、アンタだって、意味もなく遠い土地から来てる訳じゃないんだろ」

「それは……」


 クラマの質問に、ユートは言葉を濁す。


(ライカの時と違って、今は不用意に宇宙から来たなんて言う訳にはいかないし……)


 もちろん、宇宙から来たと言う事情を簡単に話せない、と言うのもある。

 だが、それ以上に――


「なんだ、言えない理由でもあるのかい」


 当然のように、前向きな姿勢でいる彼女に対して自分のことを考えていた。


(俺がこの世界に来たのは本当の偶然で、街を歩いて金を稼ぐ方法を考えていたのも、必要に迫られていたからだ……)


 クラマとは違う、必要だから、仕方ないから、そうしないといけないから。そう答えることが憚られたのだ。

 ユートは沈黙する。それを見て、クラマはカラカラと笑うと、軽く背中を叩いた。


「ま、そんなこともあるさ、喋れないのだって立派な答えだよ」

「ごめん」

「謝ることなんてないさ。その真剣な顔を見たら、後ろめたい理由じゃないって分かる。他人が簡単に立ち入れない事情があるんだろ」


 そうやって気楽に割り切ってくれる彼女に、ユートは深く感謝をした。


「ありがとう」

「いいってことよ」


 エドンの夜は更けていく。

 夜は長いが、朝は待っている。


「アタシも暫くはエドンに居るからさ、困ったことがあったら頼ってくれよな。逆にアタシから頼ることもあるしね」


 旅先で出会った気のいい少女の言葉は、ユートの心に疑問を抱かせた。

 しかし、同時に優しく、それでいい、と心を軽くしてくれた。


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