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――エドンの西地区――
少年は仕事に戻る知人の背に手を振り、男は片手をあげて応える。
それはこの街の一瞬、どこにでもある景色。
ザッツと別れたユートは、街の散策に戻った。
太陽が真南に近づくにつれ、人通りはますます増えていく。来る人も多ければ、出ていく人も多い。
そして、当然、物も運ばれてくる。
(主にエドンで作られる特産物。外部から入ってくるのは……これは、土かな……広野の物とは違う、濃い赤い土だ)
腕まくりをした人足が積み荷を荷馬車に乗せている。ザッツのような冒険者もその中に混じっていた。商人が雇った従業員だけでなく、地球で言えばアルバイトのような形で人手を増やしても、なお人の手は足りていないようだった。
(米に……これはお茶の葉か、やっぱりこの付近の特産品なんだ)
ユートは西門の外に広がっていた田園風景を思い出す。大河から分けられた支流の端に広がる広大な水田。長い時間をかけて築かれた恵みは、東の果てで収まらず外の世界へと運ばれていく。
(他には……)
どんなものがあるか、更に観察する。
「あ、これは見たことがある。陶器ってやつだ」
荷物の中に、資料の中で見知ったものがあった。粘土を捏ねて形作り、焼いて固めて美しく装飾を施した調度品類。鉄でも木でもない、独特の質感を持っている。
『宇宙ではプラスチックやカーボン製品が主流ですからね』
「そうだね、陶器なんて一部の好事家か権力者をもてなすものくらいしかないよ」
シーナと話をしながら周囲を眺めていく。
ユートの目に入るのは、資料でしか見たことがない地上の文化と恵み。
その珍しさに、夢中になっていく。
◆◆◆
昼食時が大分過ぎた頃、ようやくユートは自分の空腹に気がついた。
『まったく、夢中になりすぎですよ。ちゃんと自分たちが何をするか、考えていたんですよね』
シーナからの皮肉交じりの言葉に苦笑いしつつ、道中で買ったマントウを口にする。
「考えてたよ。でも、上手い考えは浮かばない」
ユートは手に持ったマントウを見る。かじった生地の奥から中身の挽肉が除いている。
昨日、ケラウスから受け取ったものと同じ。当たり前のように、同じレベルの品質のものが売られている。
「マントウ一つで200ワド、か」
それが、当たり前のように手に届く値段で提供されているのだ。
『ワド――話によれば、ワンドガルドで使用されている共通通貨のようですね』
「うん。ウエ様からもそう聞いてる」
出発前、ロゼ・マナタイトの一部をウエに譲渡した。その見返りとして貰った硬貨は、杖の紋章が刻まれた精密な造りであった。
「地球じゃ通貨の統一なんて宇宙に出てようやく達成できたのにね」
『そこは文化の違いでしょう。この大地には、ゆるぎないシンボルがありますから』
ユートは西の空を見る。霞む景色の先には、大地の中央に刺さる巨大な杖が雲を貫いている。
「闇の世界に生まれた、大地を生み出した杖、か」
伝説の存在が、目の前に存在している。
(地球にだって伝説はあった。だけど、エデンの園も高天原も、その姿を見た人は居なくて、手が届くような質感を持っている人間はごく僅かだったと思う)
宇宙からも観測できるゆるぎないシンボルを見ていると、なんだか自分たちの文明には無い確かな存在を感じてしまい、僅かに嫉妬心すら生まれてくる。
手に持ったマントウをもう一口、口に運んだ。
遥か伝説の存在を眺めながら、営みの象徴を口にする。そのアンバランスさが無性におかしくて、少しだけ笑っていた。
『ユート、道端で急に笑うと不審者と勘違いされますので注意してください』
AIの遠慮ない指摘を聞いて、思わず大きなため息が出て来た。
◆◆◆
食事を終えて、再び立ち上がる。
『ユート、一休みして何か感想はありますか?』
「そうだね……」
午前中、観察してきた街の様子を思い返す。
活気にあふれた大通り。意気揚々と働く人々。先程食べた、軽い食事≪ファーストフード≫。
「安定して活気がある。そんな街だ」
未だ途切れない人の流れをながめる。
「さっき食べたマントウもそうだ。ファーストフードが当たり前のように売られているってだけでも、この街の治安と経済活動が安定しているって証明なんだ」
露店で商売をするのは、商品が簡単に盗まれない。盗まれたとしても、しっかりと加害者への処罰、被害が保証されるシステムが必要である。更に言ってしまえば、食品は安定して供給される物量がなければ商売がそもそも成り立たない。
その要件を満たしているエドンは、非常に安定して高い文明レベルをもった世界である。
『ええ、この街は満ち足りています――そして、安定している』
「そんな場所で、俺たちは何ができるんだろう」
『慎重に考えましょう。安定している社会に不用意に干渉してしまえば、それがトラブルの原因になる可能性が高い』
シーナの言葉にユートは頷く。
ユートたちは外部からやってきてしまった存在だ。日々の暮らしの中に、突然の来訪者が訪れれば警戒する人間も居る。望まぬ接触が暴力や断絶を産むことはユートも理解していた。だからこそ、行動は慎重であるべきだ、と。
『こう考えましょう。切り口が見つからないと言うのは、社会が安定しているから。私たちが迷い込んだ世界は、少年が身一つで歩いても大丈夫な落ち着いた場所、と解釈しておきましょう』
「それもそうか」
ジロジロと周囲を観察する異邦人が歩いても大丈夫な街。それはウエをはじめとする多くの人間が、安心を積み上げてきたからこそである。
その場所は、突然の来訪者が簡単に崩せるものではない。
(とは言っても、俺一人ならともかくコロニーの事を考えるとな……俺一人が稼げる仕事ならいくらでもあるだろうけど、みんなを支えられる程の額になると……)
重い課題に重い肩、重い息が口から出た。
『悩んでいますね』
「そりゃもちろん。ここじゃあ、何も思い浮かばなかったしね」
『場所を変えてみましょうか。別の場所にヒントがあるかもしれません』
「東は繁華街、南は権力者たちの館……残ってるのは」
ユートは北の方角に向かって振り返る。
『北区、市民の住宅地ですね』
運河を挟んで北側。そこに広がるっているのは、市民たちが住む街区。南に比べると低い屋根が連なる街並みだった。




