表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/142

10-6


 大通りが俄かに騒がしくなる。

 人々が一斉に振り返った先から、大地を蹴る音とざわめきが伝わってくる。


(なんだろう……)


 ユートは背伸びをして見渡してみたが、人々の頭の先は見渡せない。一歩踏み出そうとしたところ、マントの端を掴まれて強制的に道の脇に移動させらられた。


「ケラウスさん、急に引っ張らないでよ」

「んなこと言うな、道の真ん中に居たら巻き込まれるぞ」


 立ち止まっていた人々が徐々に道の端へと移動し始める。

 ようやく開けた視界の先、大通りの先から二つの影が走ってくる。


 一つは、小さな少女。


「……たぶん、俺と同じくらいだ」

「お前、年齢はいくつだっけ?」

『15歳ですよ。身長はその平均よりも低めですが』

「余計な情報だな!」


 15歳の平均よりも少しくらい小さい。ユートと同じくくらいの背丈の少女。その小さな影が、人々の隙間を踊るようにすり抜けてくる。


(早い……それだけじゃなくて、身のこなしも明らかに訓練されている)


 道にはまだ人々が残っている。普通に走っていればぶつかってしまうが、少女は違った。速度を緩めることなく、衝突することもなく進む少女。その右脇には、桃色の紐で止めた袋を抱えている。


「待てぇっ!」


 少し遅れて、小太りの男の影が追いかけてくる。避け遅れた人々を強引に跳ね飛ばしながら走ってくる。


「しつこいねえ! 人に迷惑かけながら走って、みっともないったらしょうがないよっ!」

「うるせえ! 泥棒が偉そうに言うんじゃねえ!」

「はっ!!」


 少女は吐き捨てるように言うと、宙に飛ぶ。

 月を背に一回転すると、音もなく地面に立つ。


「なんだ、逃げるのは諦めたのか」

「ああ、このままじゃ迷惑になっちまうからね」


 額に青筋を浮かべて、今にも掴みかかりそうな怒気を放つ男。その怒りの視線を受け止めて、平然と挑発する少女。

 上は若草色の羽織。対して、下はショートパンツ。履物は下駄である。


 カラン、と下駄の脚が地面を蹴る。

 その瞬間、ユートは大気が震える気配を感じ取った。


「……今のっ」

「ああ、『魔法』だ……」


 直感的にマナの収束を感じ取ったユートは目を見張る。

 少女の踏み込みは一瞬。踏締めた地面から衝撃波のように風の塊が吹きだす。


(魔法でおこした風を利用して加速している……逆さ天雷路と違う、物理的な速度の上乗せ)


 少女は一瞬で男の目と鼻の先まで踏み込む。

 驚愕に、男の目が見開かれる。


「まっ――」


 悲鳴を出す暇もなかった。屈みこんだ少女の体が一瞬で浮き上がる。


「せいやっ!!」


 気合と共に突き上げられた拳。肉に食い込む衝撃の音。同時に弾ける空気の爆発音。

 拳が男の腹に突き刺さった。同時に、拳の先に収束したマナが圧縮された風となり、一気に解放される。

 同時に、衝撃で男の体が宙に舞った。声にならない叫びが響く。


 ――おおっ――


 人々が一斉に息をのんだ。巨体は受け身を取ることもなく落下すると、轟音と共に地面に叩きつけられる。そこで再び雑踏が騒めきたつ。


「追いかけてくるくらいの根性はあるみたいだけど、てんで弱いじゃん。この程度じゃテングの山じゃ一合目で追い返されるよ」


 得意気に見下ろす少女に、男は言い返そうとする。だが、口から出るのは軽い息ばかりで、言葉を発することも出来ない。


「あーあ、これを取り返したいんだろ」


 少女はこれ見よがしに袋を取り出すと、片手でお手玉を始めてしまう。

 奪えるものなら奪ってみろ。そう言わんばかりの挑発。だが、男は立ち上がることも出来ず、ただ恨めし気に見上げるだけ。


「ま、アンタはそこで眠ってな。アタシはさっさと行かせてもらうよ」


 そう言って、立ち去ろうとした時だった。


「雷撃!」


 響き渡る言葉に、少女の顔が一瞬で険しくなる。

 半ば反射的に横っ飛びをする。すると、先程まで立っていた場所に黒い稲妻が襲い掛かる。


「まずっ」


 着弾するより早く二回目の跳躍。その判断は間違っていなかった。

 黒い稲妻は大地に突き刺さると爆発する。直撃は避けたものの、その衝撃で少女の体はバランスを崩す。


 ――その隙を、少年は見逃さなかった――


 雷撃の衝撃音に紛れてユートが駆けていた。その視線の先にあるのは少女――が持っていた桃色の袋。

 一瞬の隙のうちに距離を詰めると、少女の腕から袋を奪い去る。


「なっ……アンタっ!」

「調子に乗って手から離したんだ、誰にだってこれくらいできる」


 ユートはケラウスに向かって袋を投げる。見事キャッチしたケラウスはサムズアップで応えた。


「はっ、今度は男二人で囲んで相手かい」


 少女は身を低くして拳を握る。脇をしめ、今にも飛び掛かってきそうな気配を纏う。

 ユートは腰に刺していたリキッドメタルブレードを抜き放つ。


「リキッドメタルブレード、非殺傷モード」


 圧縮された液体金属は刃の無い剣になる。ユートはゆらりと構える。


「後ろは気にしなくていい、そんな感じの目をしてるね」


 ユートは頷く。少女はニヤリと笑った。


「さあさあ、周りの奴らも巻き込まれないように離れてろよ」


 ケラウスは一歩下がると、両手を振って人々の波を遠ざける。


「ま、このまま逃げてもいいんだけど、アタシもナメられるのは好きじゃないからね。その余裕ぶった顔を一発くらい殴らせてもらうよ」

「一発殴られたくらいじゃ俺は退かないよ。逃げないなら打ち倒して然るべき場所に突き出すまでだっ!」

「言ったな!」


 少女が大地を蹴った。

 再び人々が騒めきたつ。


 少年は、剣を構え、拳を迎え撃った。

 弾ける気体化したマナと拳の重さ。剣を挟んで、少年と少女の瞳が交錯する。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ