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10-5


 太陽が西の果てに沈む少し前、城門の格子状の扉が降りる。鉄がこすれる音と共に、エドンの門は閉ざされた。

 夜の帳が降りると、大地から営みの光が昇っていく。

 夜――ただし、都の夜は空の星の光と、人々の営みの光が世界を照らしている。


『ふぁぁぁ……久々に本について沢山お話したら、疲れちゃった』


 通信機から聞こえてくるライカの声には疲れが混じる。だけど語り口は明るく、やりきった故の疲労感。


「……うん、そうだね」


 対して、ユートは心の底から疲れ切った声をしていた。

 時間にして一時間程。読み聞かせてもらった絵本の内容から、コミュニティ内における規格外の存在の立ち位置やら強大な存在に対抗するための協力の必要性。など、様々に派生した話を延々と聞かされていたのだ。


『ルーブちゃんも寝て欲しいっていってるから、お話はここまでだねっ!』

「うん」


 そうしよう、そうしてください、お願いします、と心の底から思いながらユートは機械のように何度も頷いていた。


『それじゃあ、頑張ってねユートちゃん』


 そうして通信は切れた。

 夜風がユートの背中を撫でる。隣では気の毒そうな顔のケラウスが立っていた。


『……お疲れ様です』

「サンキュ……」


 心なしか、シーナの言葉にも元気がない。


「その……弟子がすまんな」


 ケラウスの謝罪に、ユートは力なく笑って応えるだけだった。


「疲れているなら、もう少し休んでいくか?」


 ケラウスの提案に、ユートは首を横に振る。


「いや、もう十分休んだし、そろそろ出発しよう」

「そうだな……うん、そうだな」


 ケラウスはそれ以上言わず、先に歩いた。


 扉を開けて再び城壁の中へ。今度は足並みをそろえて降りる。

 扉を開けると、夜の街が広がっていた。


 路上にテーブルを並べた飲食店。出されているのは魚や野菜を使った料理。

 ユートの鼻を香ばしい香りが擽る。自分が空腹であることに、そこで気が付いた。


「物欲しそうな顔をしているな。用事が済んだら適当に店に入るか」

「それは願ってもないけど、お金持ってる?」

「安心しろ、大人と子供一人が十分に飲み食いできるくらいはあるよ」


 ケラウスは腰袋から財布を取り出すとニヤリと笑った。


 ――さあさあ、旅人の皆さん、旅籠に帰る前に食事でもどうですかい?

 ――聞いたかい、北の街でまた――様が大暴れしたって――

 ――おう、景気づけに一杯頼むぜ――


 喧騒からは人々の活発な声が聞こえてくる。

 時々聞こえてくる愚痴。景気よく笑う男たち。ケラケラと語り合う女たち。


 夜だと言うのに、街の空気も景色も明るかった。

 

 ユートとケラウスは人波に逆らうように、北へ向かって大通りを進む。

 ユートは、ケラウスの後ろを歩きながら、人々をつぶさに観察していた。


(人々の装いはどちらかと言うと洋装。近代のヨーロッパくらいの水準はある)


 画一的なデザインのシャツやズボン。ある程度の生産力が無ければ量産できない衣類を着ている人々が殆どだ。


(時々、着流しのような和装の人もいる)


 市井の人々の装いにも東洋と西洋が合わさった様子がある。


「夜だってのに人通りが途絶えない。それに、灯りも」


 空を見上げる。星は輝いているけれど、広野で見たほどの圧倒的な数はない。

 地上からの光で、見えなくなっているのだ。


「……この明るさは、なんだろう」


 夜だと言うのに、街の中には明かりが満ちている。


「ああ、マナタイトがあるからな」


 ケラウスが指をさす。未知の端。十字路の四隅。そこに、ちょうど人家の屋根ほどの高さの柱が立っている。

 石の土台に組み込まれてしっかりと固定された柱の先には、四角いガラスの容器。その中には、緑色の発行体があった。


「これは、なんだろう……」


 ユートは柱に駆け寄った。近くで観察してみて分かったことだが、柱は木製。

 その周辺には緑色の細長い糸のようなものが巻かれていて、地面から発行体まで繋がっている。


「人工物じゃない……僅かに脈動しているように見える……」


 人工物と言うよりは有機物。ただの草のツルと言うには、生物的。


「変な例えになるけど、生物の触手みたいだ」

「なるほど、その感想は間違っていないな。こいつはタダの糸や蔓じゃない。マナを伝えるための、疑似魔法体だからな」


 ユートはケラウスの顔を見る。覆面で表情は見えないが、魔法使いの顔と語り口には確かな知性がある。


「スライムは知ってるか?」

「ああ、広野で戦ったけど……」


 ユートはライカと出会うきっかけになった遭遇戦を思い出す。

 液体のような肉体をもち、自在に姿を変える生物。


「なるほど、確かに細長くなった時に、見た目の感じは似てるかも」


 自在に姿を変える中で、ひも状になった時を思い出す。


「ま、そのスライムに命を与えなかった存在を利用して、大地からマナタイトにマナを与えてるんだ」


 ケラウスは柱の先にある発行体を指さす。


「……緑色の何かが光ってる」

「それはヴェール・マナタイトだな」


 煌々と輝く緑色の発行体。円形に加工されている、電球のような鉱物。


「ロゼ・マナタイトとは違うの?」


 散々入手に苦労したロゼ・マナタイト。地上では希少な存在であるが、頭上の物体も同じらしい。同じものは十字路の四方にもあるし、道の先にもある。そうなれば、同じマナタイトと名を冠する鉱物は、視界の中にも沢山存在することになる。


「マナタイトは色によって性質が違う。ロゼは増幅、ヴェールは蓄積だ。マナに反応して様々な効果をもたらす鉱物の事を、マナタイトと言ってるんだ」

「なるほど、マナタイトは固有の名前じゃなくて分類名か」


 ユートは手を叩き、納得した。

 そうして、改めて光を観察する。

 十字路を囲む四つの柱の先、緑色の光は優しく世界を包み込んでいた。


「ヴェール・マナタイトは月の光を浴びるか、人体からマナを照射すると蓄積されたマナを利用して発光する。それを利用してるってことだ」

「なーるほどー……まさに、一つの技術だな」


 ざっと説明されただけでも、ちゃんとしたルールに従って現象を利用している。地球で言うなら自然科学であり、ただただユートは感心していた。


 夜の営みはマナの光によって支えられる。

 人々は穏やかに、騒がしく、心安らかに過ごしている――


 ――けれど、人が増えればそうはいかない。


「ひったくりだ!」


 雑踏の中から叫び声があがった。

 だれかの叫び声と、人を押しのけて走る影――

 ――悪党は、何処にでもいるのだ。


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