10-2
朝日の中、緩やかな時間が流れていた地上拠点が俄かに騒がしくなる。
手紙を受け取ったユートとケラウスは、急いで出発の準備を始めた。
用意するのは、移動用のローバーに最低限の機材。その動作と分量の確認。
「予備のバッテリーに食料……」
ローバーに積んだ資源の内容を指さし確認する。
「それに、ロゼ・マナタイトに竜の鱗……よし」
ロゼ・マナタイトと竜の鱗はケラウスからの指示で集めたものだ。
ワンドガルドの接岸作戦の際、交戦した竜。その部位はこの大地の生物の検体として保存していた。
並の金属よりも硬く、それでいて粘りがある。肉体から離して大分経つが、表面には光沢があり劣化していない。
「ケラウスさん、改めて聞くけど、本当に必要なんだよね」
「ああ、竜の頭部の鱗は討伐の証明になるからな。お前さんがこの大地で竜に打ち勝った証だ、身分証明書代わりだとおもっとけ」
「わかった」
ユートは改めて資材を確認すると、タブレットをしまう。
「あとは、ライカに外出することを伝えないと」
ユートは道の先にある建物をちらりと見る。
コロニーの医務室。起き上がったばかりのライカは、そこでルーブに世話をされている。
ユートとケラウスが外出するとなると、ライカはここで一人になる。
シーナやルーブに任せておけば安心だが、勝手に居なくなるわけにはいかない。
「そのだな。その間はお前さんの仲間が頼りだ。ライカのことを頼むぞ」
「ああ、もちろん。それはアイツらの一番特異な分野だ」
ユートの言葉は確信に満ちている。
彼は信じている。心配することはない、ルーブはもちろん、アッカたちも彼女に何かがあれば力になるだろう、と。
◆◆◆
外出の理由を告げる――それだけで終わる筈だった。
「ですから、ライカさんはまだ起きあがれるようになったばかりなんです! 看病を任されたAIとして長期間の外出には反対します!」
「い~や~で~す~、お姉ちゃんも一緒に行きます!」
話を聞くやいなや、ライカは寝間着のままベッドから飛び起きる。そして、そのまま外に出ようとした。当然、そんなことは許されないのでルーブが全力で張り付いて止めている。
「ライカ、あまり人を困らせるんじゃない……人、人か?」
「それはいいんで」
ケラウスとユートはどこか呑気に構えている。
それはそうである。ライカは必死に体を動かしているが、その実殆ど動けていない。
病み上がりの消耗は、彼女が思っているよりも激しいのだ。
やがて、ライカが止まる。息を荒くして数度と吐き出す。最後は不満げに頬を膨らませると、座り込んでしまう。
病み上がりで体力が無いので、ルーブを振りほどくことも出来ないようだ。
「ぜえ……ぜえ……やりかけの仕事をユートちゃんとお師匠様に押し付けるなんて、弟子としても姉としても失格です」
「後半を認めた覚えなんだけど」
「泣くよ。思いっきり泣くよっ!!」
自称姉が本気で泣きそうになる。
「わかった、ごめんなさい。だからルーブもそんな目をしないで」
青いコマンドはじっとりした目でユートを眺めている。そこには非難の色が混ざっている。
ついでにシーナも余計な通信を挟んできた。
『はぁ~(クソデカ溜息)』
「お前ホントにそれ気に入ってるな!」
大声でツッコミを入れると、今度はユートが呆れたように息を吐く。
『こほん、埒がありませんね、ユートお願いします』
「はーい」
ユートはわざとらしく返事をすると、タブレットを取り出して画面を表示する。
そこには、コロニー代表代行権限、と表示されている。
「ラグランジュⅣ七番コロニー暫定管理人アンリミテッドー10が命令します。当コロニー所属するコマンドは全力で客人の回復のために尽くすこと。客人は全力で回復に専念すること!」
宣言と同時に部屋の扉が開かれる。
逆光を背に無駄にポーズを決めたアッカとルーブが部屋に入ってくる。その後ろを遠慮がちにエールが付いて来る。
「おっしゃあ、任せてくれアニキ!!」
「と、言う事だからごめんね、ライカさん」
「え、えーと……がんばれーっ」
コマンド3人が無理やりライカを拘束し、エールが声援を送る。
哀れ、ライカは再びベッドに押し付けられてしまった。
「うわぁぁぁぁん、ユートちゃん酷いよぉ」
未だ泣きわめくライカに、ケラウスは近づく。そして、額を指で軽く弾いた。もちろん、危害を加えるのではない。頭を冷やせ、と言う合図だ。
「いい加減にしろ。弱ってる時くらいは師匠に甘えろ」
ユートも頷くと、言葉を続ける。
「それに、こういう時素直に頼ってくれないと、俺たちも甲斐性がないみたいじゃん」
「そう言う事だ。男はカッコつけたいんだよ」
ケラウスはユートを見ると、軽く歯を見せる。男同士、通じ合うのだ。
「もう……」
ようやくライカは落ち着くと、上体を起こして二人に向き直る。
「お師匠様、不肖の弟子の後始末、よろしくお願いします」
深々と頭を下げると、二人を見送った。
◆◆◆
準備を終えると、ユートとケラウスはローバーに乗って地上拠点を出る。
運転席にはドリー。助手席にはユート。荷台にはケラウスが乗る。
久々に走る広野の風は穏やかで、スライムのような危険な生物の気配はない。
「ケラウスさん、一ついい?」
穏やかな空気の中、ユートはふと問いかけた。
「おう、なんだ? なんでも答えるぞ」
快く応えるケラウスに、ユートは礼を告げると、かねてから抱いていた疑問を口にする。
「なんでライカは、自分を姉と言って、俺の面倒を見ようとするの?」
それは当然の疑問である。
ケラウスは小さく唸ると、沈黙する。
「もちろん、ライカが異常者だとか、俺が不快に思っているんじゃない。
ただ、純粋に姉に拘るのか気になったんだ」
長い付き合いではないが、ライカは確かな判断力と知性をもつ人間である。ユートも姉と自称する彼女を受け入れているし、仮に本人が居たとしたらこんな疑問を口にしてはいなかったろう。
ケラウスはもう一度小さく唸ると、問いに答えた。
「まあ、アイツにとって頼れる存在が姉だってのがあるんだが……」
どこか歯切れが悪く、そこで再び沈黙してしまう。
(……無理に聞くことじゃなかったかな)
ユートは答えを待つか、話を切り替えるべきか迷う。それもまた、沈黙として出力される。
ローバーの駆動音と風の音だけが聞こえてくる。丘を越え、広野の先に路が見えてくる。
「悪い、なんでも答えるって言ったが、忘れてくれ」
ようやく出た続きの言葉は、そこで終わりだった。
「んじゃあ忘れる」
ユートはキッパリ言い放つ。それでいいと、本心から。
ケラウスは深い溜息を吐くと、ユートに言った。
「……ま、そう言うところだ」
「?」
ユートはケラウスを見る。そこには、子供を心配する大人の顔があった。
「物分かりが良すぎるんだよ。そう言う奴程、放っておけないから世話をやくんだ」
ケラウスの言葉が耳から入り、脳ではなくて胸のうちにストンと落ちる。
「そういうもの、かな」
意味の全てを理解したわけではない。だけれども、異論を挟むようなことはなかった。




