9-11
宇宙空間――低軌道の岩石群。巨岩の隙間を、ゆうに百メートルを超える赤い龍が静かに漂っている。窮屈そうに身をよじりながら、合図を待っている。
手には六個のコンテナを器用に握っている。背中には鉄の巨人が二体つかまっている。ファルコンとラビット・ファントームだ。ファイターユニットはラビット・ファントームの背面に即席のコネクトで接続されていた。
ワンドガルドへの帰還の準備は整った。
「ワシの背中にしっかりと捕まったな」
ロゼルロンの合図を受けて、ユートは改めてコンソールに表示されている状況を確認する。
――コンテナの数――OK
――ファルコンの状態――OK
――仲間たちの準備――OK
状況を確認すると、顔を上げて通信を開く。
「シーナ、ファイターとラビット・ファントームの接続状況は?」
『万全です。やはり、戦闘用に調整されたAIだけあってエクステンションマッスルの操作は正確ですね』
ユートの確認に、仲間たちも次々に応答する。
『マスター任せて。何があってもアッカとドリーは離さない』
『へへっ、頼りにしてるぞ、新入りっ!』
ラビット・ファントームを操作しているエールは、アッカとドリーが乗るファイターの輸送も担当している。アッカ達にしてみれば、命を預けるようなものだ。
『……大丈夫、そういう指示だから』
返事に混ざる若干の間。人間でいう照れであるとユートは思った。
『なんだよ、そっけない返事だな』
『アッカ、そんなにグイグイやったら困惑するでしょ』
大気圏への突入前だと言うのに、仲間たちはリラックスしているようだった。
「賑やかじゃのう」
「ロゼルロンは言葉が通じない筈だけど、分かるの?」
「お主の顔を見ていれば分かるよ。善き仲間に恵まれたな」
そう指摘され、ユートは自分の口元が緩んでいることに気が付いた。
「そうだね、ありがとう」
「その笑顔が、何よりの証拠じゃな」
ロゼルロンは牙を見せて笑うと、顔を上げる。
「それでは、行くぞ!」
龍の体が飛び上がる。星の海を泳ぐように飛んでいく。
目的地は東の果て、ユートたちのコロニーに向けて。
(……早いな……この巨体がファルコンを超えるスピードで飛んでるんだから、戦闘になってたら相手にならなかった)
圧倒的な数値を観測するモニターを見ながら、ユートは冷たい汗を流す。
ユートが相手の言葉を分かる状態であったから戦闘を回避できたが、下手に先制攻撃を仕掛けていたら一瞬で打ち砕かれていただろう。
そう考えている内に、今度が落ちてくる。
ユートたちをつれたロゼルロンは、あっと言う間に大気圏に突入した。
周囲の空気が赤熱化していく。だが、コックピット内部に変化はない。ラビット・ファントームとファイターユニットの状態も確認するが、コンディションはグリーン≪問題なし≫であった。
「圧縮熱がまったく影響してない。熱を遮断する何かが周囲に貼られているのか」
よく見ると、赤い粒子のようなものがバリアのように広がっている。
「なあに、気化したエーテルを防御に使っているだけじゃよ。お主でもすぐに出来るようになる」
「俺が、魔法を?」
平然と言い切るロゼルロンに、ユートは疑問の声を出す。
「既に経験したじゃろう。鳥を覚醒させた時のことじゃよ」
(ラビット・ファントームを引き上げた時のことか……)
ユートは思い返す。ラビット・ファントームを引き上げた時、ファルコンが変身したことを。
もちろん、ファルコンにはそのような機能は存在しない。だと言うのに、ユートはそれを『知っていた』かのように操作し、見事に危機を脱した。
「ワンドガルドでは意思が力になる。恐れるな、その力はお主の中から引き出されたものだ」
「……うん」
ユートは自分の手を開き、眺める。
ごつごつとした戦士の手。パイロットとなるために生まれて、訓練をしてきた日々がこびり付いた手。
自分の中に生まれた新たな力に戸惑うこともある。けれど、あの時に噴き出した熱は、けっして不快なものではなかった。
巨大ロボットを操るパイロットには、高い倫理観が求められる。
最初は情操教育のため見ていたロボットアニメ。いつしか、与えられた力と運命に立ち向かう主人公たちの姿は、彼を支える勇気になった。
物語の中の彼らと同じように出来るかは分からない。けれど、その力と向き合う必要があることを、ユートは理解していた。
大気圏を抜け、雲を通り抜け、大地が見えてくる。
東の大地の果て、コロニーが見えて来た。
拠点ではケラウスが口を開けて空を見上げていた。
ロゼルロンはゆったりと減速すると、静かに大地に着地する。
『お疲れ様です、ユート。地上への帰還完了です』
龍の背から降りると、ユートはコックピットを開く。
ヘルメットを外し、空気を吸う。地上の土の匂いがした。
◆◆◆
地上へ戻ったユートを出迎えたのは、ケラウス――の驚愕の表情だった。
「な、な、な……」
「ケラウスさん、どうしたの?」
「どうしたって、こりゃあ赤龍聖様じゃねえか!」
佇まいをただすと、恭しく跪いた。
「我が名はケラウスと申します。まさか天に座する偉大なる龍聖様の姿を拝見することになるとは思っておりませんでした。この通り、みすぼらしい姿をその瞳に宿すことをお許しください」
「許す。頭、上げろ」
「ははーっ」
ロゼルロンまで、普段とは違う重々しい喋り方になる。突如目の前で繰り広げられたやりとりに、ユートは目を白黒させた。
「……どうしたのロゼルロン」
「ユート! 畏れ多くも赤龍聖様の前だぞ!」
ケラウスからの鋭い叱責に、ユートは混乱するばかりであった。
ロゼルロンはちらりとユートを見ると、脳に言葉を送る。
――いやまあ、この大地の言葉は苦手で、単語区切りでしか喋れないのじゃ。お主が龍言語を理解出来たのは助かったわい――
(あ、この脳内に語り掛けてる言語って自動的に翻訳されてるだけなんだ)
当然のように喋っているが、ロゼルロンは地上の言葉をうまく喋れないようだ。
「気にするな。ユート、友。お主、同じ」
(つまり、一時期シーナがライカに話かけてた時と同じか)
だから、単語も一つ区切りであるし、発音もたどたどしく重くなってしまう。
「なんとっ……ありがたき幸せであります」
――うーむ、ワシとしてはそんな畏まれても困るんじゃがのう――
目の前で繰り広げられる温度差の激しい交流に、ユートは苦笑いした。
◆◆◆
拠点の空き地にコンテナを置くと、ロゼルロンは身を伸ばした。
「ユート。我。帰る。星の海。再会。願う」
――まあ、ここに居るとあの男が妙に萎縮してしまうからのう――
未だに拠点の隅で小さくなっているケラウスを見て、ユートと一緒に苦笑いをする。
「ああ。ここまでありがとう、ロゼルロン」
ふわりと、龍の巨体が持ち上がる。
「エインシアのことを、頼んだぞ」
「……わかった」
ユートは確かに頷く。龍も返すように深く頷くと、星の海へと昇っていった。
「さあ、次はライカの治療だ」
星の海への冒険は終わった。
だが、まだユートには仕事が残っている。




