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7-6


 窓から木漏れ日が差し込んでくる。一見すると穏やかな日差しだが、その明かりは病床の男の顔をハッキリと浮かび上がらせる。

 病人特有の、青白い顔だった。


 ユートは、部屋の中に漂う独特の匂いを感じ取る。

 病室を歩くときに感じる、清潔でありながら薄ら暗さを感じる気配。病気の発生した直後のコロニーを歩いた時と同じ、『病』の匂いが部屋のなかにあった。


(眠ったまま……)


 ユートは一歩近づくと、注意深く観察する。

 掛け布団越しに、胸が僅かに上下している。肌の血色はよく、僅かに鼓動の音が聞こえてくる。


(見たところ、呼吸も脈拍もある……だから、俺たちとは少し事情が違う)


 ユートたちのコロニーで眠る人々は、まさしく『死なず、腐らない』時が止まった状態になっている。目の前の男性とは僅かに状況が違う。

 だが、似ている。人が動かなくなり、意思の疎通も出来なくなる。

 ユートと同じものを、ライカも抱えていたのだ。


『ユート、感染症予防に関する行動規範4番を思い出してください』


 胸元からの警告に、ユートは我に返ると距離を取った。


「そうだった、ごめん」


 ――感染症予防に関する行動規範4番――

 病床の患者と接触する際は、消毒を徹底し、免疫力の落ちた患者に新たなる菌を接触させないこと――

 ユートはライカに向き直ると、頭を下げた。


「ライカ、俺はなるべく離れてるよ。病気で寝たきりの患者は免疫力が低下してるから、星の海から来た俺たちが未知のウイルスを感染させてしまうかもしれない」

「多分、大丈夫。これは病気じゃないんだ」


 ライカは首を横に振ると、言葉を続ける。


「呪い。生命の魂を蝕んで、破壊してしまう負の力」

「魔法、とは違うの?」


 ライカは口を開きかけたが、呻き声になって形にならなかった。


「う~ん、お師匠様なら詳しく説明出来たのかもしれないけど」


 申し訳なさそうに、ライカはベッドの上に視線を動かした。


「ごめんね、こんな状態なの」


 申し訳なさそうに言うライカに、何を言うべきかユートは言葉に詰まった。

 結局、何も言えないまま、ライカの次の言葉が続いた。


「私のお師匠様――雷閃雲の魔法使いケラウスは、杖を振るえば一撃で大地を削る稲妻を生み出し、筆を握れば失われた古代呪文を復活させた賢者――」

「うん。ライカの先生なら、偉大な人であるのは納得できる」

『ライカさん 行動 一見 突飛。否定 彼女 確信 理論。ライカ 持つ 実力 知性』


 ライカにも分かるように、シーナは単語区切りで発音する。


「シーナも言ってる。ライカの行動は一見すると唐突だけど、その実は確信の上で動いてる。それは、確かな実力と知性がないと出来ないことだから」


 それは、ユートとシーナ、二人のライカに対する評価だった。

 そして、それだけの能力を持たせるだけ面倒を見た人間に対して評価を上げる要因でもある。


「ふふ、ありがとう」


 ライカは寂しげに笑った。


「そう、お師匠様は私をちゃんと育ててくれた、偉大な人――だけど、悪い魔法使いの呪いで意識を失っている」

「外敵からの攻撃によって、肉体ではなくて脳にダメージを受けている状態って認識でいいのかな」

「脳、と言うよりは魂そのものかな」


 いまいち、魂と言う認識が捉えらず、ユートは首を傾げた。


『ユート、脳へのダメージの可能性もありますが、魔術的な要素について私たちは素人です。認識としてはライカさんに従いましょう』

「わかった」


 脳への攻撃、そして『魂』の概念。両方の要素を頭に詰め込んだ。


「保全魔法のおかげで無事だけど、このままでは目覚めないの」

「魂の攻撃に対する防御はしているのか」

「うん、そう言う事」

「状態や病状が分かってるってことは……もしかして、治療方法とかは、ある?」


 ユートの問いに、ライカはローブのポケットから何かを取り出した。

 それは、赤い小さな宝石。砕けた一片で、親指と人差し指で摘まむことが出来る。 


「これを見て。ロゼ・マナタイトって言う鉱石なの。これは抗体魔力……敵対者の魔法や呪いからの耐性を高める力があるの」


 日差しを受けて、赤い光が拡散する。

 ユートの顔に光がかかる。光の中から、マナが噴き出してきたような温かさを感じた。


「道具は分かってる。それでも使わない理由は……」


 ユートの意図を察したのか、ライカは首を振った。


「大きさが足りない。せめて、私の拳くらいの大きさがあるのなら……」


 単純な物資の不足が原因だった。


「ロゼ・マナタイトは、星の海から落ちてくる鉱石。ここ数カ月、かつて星の降り注いだリュウセイの広野で探してるけど見つからない」


 鉱石は希少なものだった。そう簡単に手に入らない、と言うのはユートもすぐに理解した。


「星の海から、か……」


 ユートは頷くと、脚を前に出す。

 自分たちは、どこから来たか。

 それは、星の海からだ。


「コロニーに戻ろう。シーナ、類似物がないか確認しよう」

『了解しました』


 力強い応答が帰ってきた。


◆◆◆


 コロニーの地上拠点に戻ると、ユートはライカから受け取ったサンプルを物質分析機に登録した。

 すぐにシーナへとデータは転送され、コロニー内に存在する物質との照合が行われる。


『類似物質がないか検索をしましたが……コロニー内には存在しません』


 だが、結果は外れであった。


「そりゃあ、そう簡単には見つからないか」


 ユートは隣に立つライカの顔を見る。何かにすがるように、分析されたデータの波を必死に見ている。


「追加でオーダー。サンプルから探索するための手掛かりはない?」

『一つ。この鉱石は内部から特定の波長のエネルギーを発生させています。それを観測すれば探索の手掛かりになるでしょう』


 マナタイトからはエネルギーが発生している、言われた瞬間、ユートは下手の中で光を浴びた時の感覚を思い出す。

 直感的に、それが間違いでないと感じ取ると、すぐに指示を飛ばす。


「了解、なら、まずそれでコロニー周辺の探索を」

『了解しました』


 分析のために再びシーナからの音声が途切れる。

 モニターに幾つもデータが表示される。 


 そして――シーナからの答えが出た


『ユート、見つかりました』

「え、あったの?」


 答を聞いた瞬間、ライカが動いた。


「ホントに? ホントにホントに!?」


 ユートに顔を近づけて必死に聞いて来る。


「落ち着いてライカ」

「あ、ごめんね」


 ユートはわざとらしく咳ばらいをすると、改めてモニターを見る。


『ただ、場所が問題です』


 モニターに表示されたのは、コロニーの全景。

 側面の一部に、赤い光が付いている。


『このコロニーの側面に付着しています』


 世界の裏側に吊り下げられたコロニーの壁面。

 一歩足を踏み外せば、落下してしまう場所だった。


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