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1-3

 シーナの誘導に従い、ユートはコロニー内部を駆け抜ける。

 その最中、テロリストに何度か襲撃されたものの、強化された人間であるユートは危なげなく突破をした。


『ユート、次の扉を開けば管制室です』

「内部にテロリストは?」

『もう残っていません。先程、脱出艇によってコロニーから離脱したことを確認しました』

「……了解……」


 ユートは展開していた液体金属剣を鞘に納める。剣は電光を放ちながら圧縮液体状態に戻り、再びナイフ程の大きさになってユートの腰に収まった。


(あっさりとコロニーを放棄した。そうなると……)


 シーナからの報告に一つ、嫌な想像をする。

 作戦を放棄しての撤退。

 もしくは、『もう作戦の結果は揺るがない』か――


(いや、今は作戦目標への到達を優先しよう)


 ユートは再び床を蹴る。心なしか、音が強くなっていた。


◆◆◆


『ユート、そこが管制室です』


 ユートが指定された位置で立ち止まると、管制室の扉は自動的に開かれた。


「誰も残っていない、か」


 予めシーナが報告していたように、内部にテロリストは残っていなかった。

 破壊された機械や、放棄された銃器が無重力空間に浮かんでいる。

 ユートは邪魔なゴミをかき分けながら中央のコンソールに近づくと、カードキーを挿入した。


『メインシステムへの接続開始――核パルス推進エンジンの停止を開始します』


 コンソールに表示されたステータスが急速に書き換わっていく。

 やがて、モニターに火の消えたエンジンの映像が映し出された。


「間に合った……のか?」


 推進装置の停止は確認した。

 だが、コロニーは未だに振動している。

 時折金属が軋む音がする。何かしらの巨大な力が未だにコロニーにかかっていた。


『ユート、残念ながら、この映像を見てください』


 管制室の正面に設置された巨大モニターが起動する。

 そこには映し出されたのは地球の大気圏。既に全景ではなく、地平の先へと沈む雲が確認できる。

 そう、目の前には地球の空があるのだ。


「……阻止限界点を超えたか」

『ええ、もうコロニーは今までの加速と地球の引力によって大気圏に突入します』


 ユートの行動は既に手遅れであった。

 テロリストも、作戦は完遂されたと判断したからこそ、悪あがきも放棄して逃走を選んだのだ。


「シーナ、コロニーの姿勢制御スラスターの逆噴射は?」

『無理です。ついでに言っておくと、外に出てファルコンで押し返すことも不可能です。そんなことが出来るのはあなたが好きなロボットアニメの中だけですから』

「ああもう、分かってる」


 苛立ち、吐き捨てる。その瞬間もコロニーは揺れ、圧縮熱による影響がコンソールに表示される。


『残念ですが、破壊するしかありません』

「……っ」


 少年は唇を噛み、反論を飲み込む。

 理解しているのだ、それしか手段がないと。


 コロニーには、万一の事態に備えてシャフトから解体する自爆機構が用意されている。

 今起動すれば、地上への被害を減らすことが可能だった。


『ユート、コロニーの自爆プログラムは、物理的なキーによってロックされています。それを動かせるのは、このコロニーにただ一人残った活動可能な人間であるあなただけです』

「わかってる、けど……」


 ユート自身にも自爆が最適な行動であることは理解していた。

 だが、それでも出来ない理由があった。


『ユート、コロニーで眠る『彼ら』を破壊者になる前に終わらせることが出来るのは、あなただけなのです』


 ユートは歯を食いしばると中央の管理コンソールの前に立つ。

 パスワードを入力すると、真っ赤に塗装されたカードキーをパイロットスーツから取り出す。


 ユートに指示されていたミッションは、コロニーの地球への落下阻止。

 可能であればコロニーを奪還することを許されていたが、それが不可能であれば破壊することが目的であった。

 今、彼の手元にある赤いカードキーをコンソールに挿入すれば、コロニーの自爆プログラムが起動する。


『ユート、言うまでもなく起動後は直ちに脱出をしてください』

「シーナ、お前は?」

『私もファルコンにメインシステム転送します。安心してください、『生き残った』罪は一緒に背負いますから』

「……まったく、どこまでも人間臭いAIだよ」


 ユートの口の端が僅かに上がる。キーを握る手から力が抜けた。

 ありがとう、萎えかけた心を奮い立たせる。その言葉を伝えるのは、まだ早い。


「よし、やるぞ!」


 静かにカードキーが挿入された。

 コンソールに認証メッセージが浮かび、自爆プログラムが――


 ――魔力承認完了、起動分を確保できたため、直ちに時間凍結から解放します――

 

 起動しなかった。

 予期せぬメッセージの羅列に、ユートは怪訝な顔をする。


「シーナ、自爆プログラムは?」

『起動していません。それよりもユート、気を付けてください』

「何を?」

『管制室の上部に、未知の存在が」


 指令室の天井が開く。

 開かれた穴の先は、真っ白な光で染められている。

 ユートは息をのむと、静かに観察する。

 やがて、白い繭のような物体が降りて来た。


「……これは」


 恐る恐る近づくと、繭が開いた。


 中から姿を見せたのは、一人の女性。

 白い肌に腰まで届く長い金色の髪。そして何より――


「長い、耳」


 尖った長い耳をしていた。

 ユートも、シーナも、対応に迷った。

 明らかに異常な存在の出現はもちろんだが、本来起動するべき自爆プログラムが不発である。

 このままでは、コロニーは地球に落下してしまう。


 だと言うのに、目の前の存在に圧倒されて指一つ動かせなかった。


 ――待って……いました――


 静かな声が響いた。それが、目の前の女性から発せられたものであることに、ユートが気付くのに時間はかからなかった。

 まるで水のようにユートの耳に沁み込んでくる。大気圏に突入しようとするコロニーの中で、場違いな程に穏やかな声だった。


「さあ、行きましょう」


 女性の目が開かれる。金色の虹彩から放たれた光が、波紋のように空間に広がっていった――


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