7-5
朝日が東の果てから昇ってくる。この時、世界の果てに断崖絶壁には猛烈な上昇気流が発生する。
夜の間、地表は太陽の光を失って徐々に冷めていく。対照的に、世界の裏側は日差しを受けて温められる。世界の裏側で温められた空気が一気に流れ込むことが原因である。
「と、言う訳で俺たちは世界の果てに、あーんな大きな風車を作って発電している訳です」
昇る朝日の下、断崖絶壁に設置された風力発電施設を指さして、得意気に説明するユート。隣ではライカが口を開けて感心していた。
「ほぇ~、なんだかパリパリしてたのは雷を生み出してたからなんだね」
ライカは何度も頷いている。メガネ越しの瞳は、クルクルと回る風車に釘付けだった。
「円の動きで雷を加速させるのは魔法の技術にもあるけど、生み出すことも出来るんだね」
「案外、雷の性質を生み出すときにマナの動きで発電を行ってるのかもね」
返事をしながらユートはタブレットを確認する。
表示された発電量が想定の量を満たしていることを確認すると、タッチして画面を消す。
『こちらでも承認を確認しました」
胸元の通信機からはシーナからの事務的なメッセージが聞こえてくる。
「うん、ダブルチェックも大丈夫だな」
『ええ、数値の正確性をチェックするのはAIの仕事ですからね』
タブレットを仕舞うと、大きく伸びをしてリラックスする。朝日も、いつの間にか高く昇っている。
「これで、コロニーの設備をフルで動かしても"みんな"が困ることはないかな」
破壊したミラーで失われた発電能力を取り戻すことが出来た。居住区の整備にも手を回す余裕が出てくる。
(さて、次はどうしよう……)
ユートは考える。次に何をするべきか。
そこで、すぐに答えが出てこない。
(おかしいな、ライカ以外の現地の人との接触とか、魔法について知りたいとか、いろいろある筈だけど……何からしたらいいんだろう)
漠然と、何をしていいのか決められなかった。
(やらないといけないことは沢山あるけど、やりたいことって何だろう)
ユートは考え込む。
地表に沈黙の時間が流れる。
「ねえ、ユートちゃん」
そんな彼に、ライカが声をかけた。
「ユートちゃんは時々、"みんな"って言うけれど、君以外にも誰かいるの?」
ふと、口にした言葉に対する疑問だった。
純粋な言葉に、純粋な瞳。それを前に、ユートは答えるべきか迷う。
「それは……」
"みんな"とは、コロニーで眠り続ける人たちのことだ。今も、コロニーのシャフト内で時を止めている。彼らの存在を明かしていいのだろうか、迷う。
ユートはライカの顔を見る。瞳には、神妙なユートの顔がうつっていて、姉の顔は少し心配そうだった。
『ユート、そろそろ言ってもいいのではないですか。彼女は信頼できる人間です』
助け舟を出したのは、シーナだった。
「そうだな、これ以上は不義理になる」
『はい、分かればよろしい』
いつも通りのAIの言葉に、思わず苦笑いを浮かべる。
「そうだね……ライカ、ちょっとこっちに来てくれる?
「うん、もちろんっ」
いつもの明るい声に、真剣みが混ざっていた。
◆◆◆
ユートはライカを連れて地上の管制室に入る。
管制室に入ると、シーナが用意していた映像を見せてくれた。
それは、コロニーのシャフト内で眠り続ける人々の姿。
「俺たちのコロニーでは、病気が発生して――」
ライカは真剣に口を結ぶと、ユートの説明を真剣に聞いてくれた。
「だから、ライカを大地の裏側にあるコロニーに近寄らせなかったのも、みんなを守るためだったんだ」
「うん、わかる……わかるよ」
真剣に頷く様子を見て、ユートは胸の内が軽くなっていった。
今まで自分たちが抱えていた秘密と状況を共有できる。その相手と出会えた幸運を噛みしめる。
「聞いてくれてありがとう」
そうして、説明が終わるとライカはユートに向き直る。
「ユートちゃん。君も、私と同じだったんだね」
「同じ……?」
普段の明るい口調とは違う、真剣で飾りのない……すがるような言葉。
「ユートちゃん、私と一緒に来て欲しい」
その言葉を、ユートが断る理由がなかった。
◆◆◆
水晶の部屋を通ってライカの家へ。
普段は通して貰えない家の奥へと進む。
よく掃除された廊下には、古めかしい木の臭いとは対照的に埃ひとつない。
「さ、ここ」
廊下の奥、木の扉がゆっくりと開かれる。
扉の先にあったのは誰かの部屋。机に本棚、曲がった足の小さな椅子。
そして、『誰か』が眠っているベッド。
「……近づいても?」
「うん、お願い」
ライカの了承を得ると、ユートは慎重に部屋に入る。
そして、ベッドの前に立つ。
ベッドで眠っているのは50代程の男性だった。血色は多少悪いが、静かに呼吸をして眠っている。
男は、ユートが近づいてもまったく変化がない。
「……これはっ」
ずっと、眠り続ているのだ。
「紹介するね。この人はケラウス様。偉大なる稲妻の魔法使いにして、私の魔法の師匠なんだ」