7-4
その日、ユートは浮かれていた。
「はじまりに闇があり、杖が生まれ……まあ、ようするに……っ!」
一週間の終わり、地球で言えば日曜日。ワンドガルドで言えば営みの曜日が訪れた。
「今日は久しぶりの休みだっ!」
空に向かって高らかに宣言する。普段は忙しく作業をしているオートマトンたちも今日は最低限の稼働のみでスリープ中であった。
――せっかくですし、生活のリズムも徐々に合わせていきましょう――
とは、シーナの提案である。ユートは否定する理由もなかった。
なにより、今は大分余裕も出来ている。
降り立った当初は何もなかった拠点であるが、水晶の部屋を中心にいくつかの施設が出来上がっている。資源の保管庫や中継用の通信塔、ユートが寝泊まりをする家に、地上の管制室。ひとまず、四六時中働いて拠点を築く段階は終わっていた。
(久しぶりの休日だし、何をしよう……)
余裕は生まれていたのも、ユートの精神面でも同じであった。少なくとも、娯楽を楽しもうという発想が生まれるくらいには。
「そうだっ!!」
ふと、ユートは思い立つと水晶の部屋に入り、コロニーへと移動する。
移動して戻ってくるのに30分もかからなかった。
ユートが再び地上に姿を見せた時、両手には大きな箱を抱えていた。蓋はなく、中身が見える。
作りかけの模型に、ニッパーなどの工具。それに、スプレー缶がある。
「一度、模型をスプレーで塗装してみたかったんだ」
箱の中からスプレー缶を取り出す。
プラモデルのスプレー缶塗料。吹き付けることで塗装を行う道具。もはや数百年前から使用されている軽い遺物であるが、コロニーが宇宙に浮かぶ時代でも改良を重ねて使用されていた。
『確か、押収した品を譲ってもらったんでしたね』
「とは言っても、コロニー内では使うのは怖かったからね、結局塗装はマーカーでしかやったことなかったし」
模型販売業者の血の滲む努力によって宇宙空間でも使用できるようになったスプレー缶であるが、それはそうとして一応コロニーを守る立場のユートとしては使用することをはばかられていた。せっかくだから、と受け取ったものの、捨てることも使うことも出来ずにずっと私室で腐れていた。
「けれど、今は状況が違うッ!!」
大きくガッツポーズをする。
そう、今、ユートはコロニーの内部ではなく、地上に立っているのだから。
◆◆◆
データベースに記録された情報を元に、戸惑いながらも塗装を始める。
地面にはビニールをしき、ゴム手袋をつけてパーツを適当な棒に固定する。
よく振って噴き出した塗料を吹き付けると、灰色だった角のパーツが綺麗な黄色になる。
「うーん、なんか感激だ」
そのまま棒を地面に刺して固定する。乾くのを待っていると、機会の足音が聞こえてくる。
「ユートさん、趣味の模型作りですか?」
やってきたのはルーブだった。
「ああ、せっかく地上に来たんだから、こっちでやれることをやりたいしね」
「私も同意します。しかし、塗装ですか……」
何か言いたげなコマンドに、ユートは話しかける。
「ルーブもそろそろ塗り直してもらったら? 地上での作業だと消耗も早いだろ」
「……そうですね、シーナさんに提案をしてみます」
『いっそ、気に入ったペイントでも施しましょうか』
シーナも乗り気で話に加わってきたのだった。
◆◆◆
塗装が一通り終わり、ルーブも離れた頃、新たなる来訪があった。
「ユートちゃん、何してるの?」
もはや、当然といったようにライカがやってくる。
ユートは挨拶をすると、まだ乾きかけのパーツを見せる。
「これは、何の一部かな?」
「そっか、そりゃあ角だけ見せても分からないよな」
ユートは箱から既に組みあがった模型を取り出した。
エクステンションマッスルとは異なる、派手な装飾の取り付けられたロボットのプラモデル。空想の中の鉄の巨人を見せる。
「へえ……これってユートちゃんが作ったの?」
「うーん、作ったのは確かだけど、これを作れるように『設計した』のは別の人かなあ」
ユートはまた箱の中を探す。今度は、まだ作りかけの模型。そのパッケージ。
蓋を開けると、中から出て来たのはまだランナーの状態のプラモデルだった。
「えっと……もしかして、腕も足も頭も、こうやって細かく部品に分けられてるの?」
「そう。元から形が作られてるから、最低限の工具で切り離すだけでも様になるものが作れるんだ」
ライカは感心したようにランナーと完成品を見比べている。
「ワンドガルドでは、お人形を一つとっても作るのに職人の腕が必要になるんだ」
ライカは杖で地面に人形の姿を描いていく。
胴体につけられた四肢と頭。腰や肩といった部位が意識されていない、簡易的な人形だった。
「この前のメガネもそうだけど、ユートちゃんの文明は、物を生産する、と言う面においては私たちの数百年先を進んでるね」
「たぶん、その考えは間違ってない。大量につくって、大量に消費する。そうやって、地球の文明は発展してきた」
それが正しいか、間違っているかは分からないが、少なくとも地球文明の象徴であるとユートも考えていた。
「そうだね、巨大な鉄の塊を星の海に浮かべるなんて発想、たぶんワンドガルドでは生まれないよ」
その先で、地球を飛び出して宇宙に生活空間を生み出す。それは、間違いなく進歩ではあっただろう。
「でも、魔法は俺たちの文明にはない」
ワンドガルドにあるような、個人が超常的な力を使うことも、空間を無視する技術もない。
(そもそも、物質に囚われている地球の文明では、空間を無視する技術が生み出されるかも分からない)
そう、真剣に考えるユートに対して、ライカは無邪気に笑う。
「ふふっ、そうだね。だから、こんなこともできちゃう」
ライカは指を振るう。マナの粒子が光ると、ユートが作った模型に降り注ぐ。
模型が浮かび上がると、手を上げる。
「おぉぉぉぉっ! 凄い!」
「ふふんっ、基礎的な操力の魔法だよ!」
そのまま模型は空中でダンスを始めてしまう。
ユートは無邪気に瞳を輝かせると、感嘆の声を漏らしながら見入っていた。
「そうだっ」
ユートは箱からもう一体模型を取り出す。今、空中で動いているのとは、別の機体だ。
「ねえ、この二体が空中で組み合ってる風に出来る?」
「お安い御用だよ!」
ライカは指を振ると、もう一体の模型も空を飛ぶ。
飛び上がった二体は空中でぶつかった。
接触の瞬間、何かが割れるような音がした。
ややあって、地面に何かが落ちる。
組み合った模型の手が、割れていた。
「あっ……」
見る見るうちにライカの顔が青ざめていく。先程まで浮遊していた模型は力なく大地に降り立つ。
「ご、ごめん……壊れちゃった」
涙目で謝るライカに、ユートは困ったように笑った。
「大丈夫だよ、すぐに直せるから」
「ごめんねごめんね、本当にごめんね!」
その後、本当に大丈夫だと伝えてもライカはビクビクとしていた。
結局、ユートの休日はライカを励ますので終わってしまった。




