7-2
ハーブティーの落ち着いた香りが魔法使いの部屋に満ちていた。
すっかり冷めたカップが机の上に置かれた。
歓待のためのお茶は、身の上話の長さに耐えられなかった。
「――と、言う事です。無茶な話なのは承知の上ですけど、この大地で生きていくためにも、ライカさんの力を借りたいんです」
現地の情報の提供と、外部との接触時の協力。昨夜シーナと共に話し合った内容をユートは伝え終えた。
ひとつ、深呼吸をする。真剣な瞳でライカを見る。
ライカはカップをもち、ゆっくりとハーブティーを飲み干す。
そして、口を開き――
「うん、いいよ」
あっさり、迷うことなく、返事は帰って来た。
「……いいの?」
「いいよ」
二回目の返事も即答だった。ニコニコと笑って迷いすら感じ取れない。
あんまりにもアッサリと終わった交渉。ユートは脱力して椅子に沈みそうになる。だが、気を引き締め直して直立する。
「改めて、ありがとうございます」
深々と頭を下げる。これがこの大地における礼儀として正しいかは分からないが、『頭を下げる』と言う行為と心からの言葉は伝わると信じて感謝を伝えた。
「そんなに改まらなくていいよ! だって、私はお姉ちゃんだから!」
ユートが顔を上げると、いつものように胸を張るライカの得意気な顔があった。
「でも、一つ私からも条件があるな」
「もちろん、俺……いや、俺たちに出来ることがあるなら、喜んで」
「だから~、そんなに改まらなく大丈夫だよ~」
困ったように笑うライカを見て、畏まりすぎたとユートは反省した。
「簡単だよ、ユート"ちゃん"」
ライカの口から願いが告げられる。
「私のことは、お姉ちゃんって呼んで」
その内容に、ユートは耳を疑った。
(お姉ちゃん? 今お姉ちゃんって言った? 言ったよな)
自らの脳内で聞き取った言葉が本当に正しいのか反芻する。その結果は変わらない。
窓の外で鳥の鳴き声が聞こえた。風が吹いたのか、軋むような音が聞こえた来た。時間が経ったが、結論は変わらない。
「………………………………………………お姉ちゃん?」
「そう、お姉ちゃん!」
「……なんで?」
ライカは椅子から立ち上がると、胸を張って宣言する。
「私が! お姉ちゃん! だからです!」
意味不明なことを。
ユートはますます自分の耳が信じられなくなった。
「ごめん、ライカさん、少し待って」
「むむ、まださん付けしてるっ!」
可愛らしく憤慨する自称姉を無視してユートは胸元の通信機を顔に近づける。
「あー、シーナさんシーナさん、応答ください」
『どうしましたか、ユート。カメラからの映像を見る限りは、好ましい状態のようですが』
「いや、その交渉の条件で、『お姉ちゃんと呼んで』って要求されたんだけど」
返答に一瞬間が開いた。
『ユート、どういう状況ですか? 正常な会話であるとは思えません。貴方の翻訳が頼りなのですから、しっかりしてください』
「うん、わかってる」
ユートは改めて顔を上げる。テーブルを挟んで、ユートの返答を今か今かと待っている女性が居た。
「あー、ごめんライカさん」
「お、ね、え、ちゃ、ん!」
「やっぱり聞き間違いじゃなかった!!!!!!!!!」
これでもかと強調された未知の言語にユートは更に混乱する。
『落ち着いてくださいユート。類似した言葉を誤訳ないしは意訳している可能性があります。昔の映画でも『有利な位置だ』が『地の利を得たぞ』と翻訳されていたパターンもありますから』
言語を翻訳する上で微妙なニュアンスを伝えきれない場合もある。
まして、現在のユートは自分でも分からない状況で勝手に翻訳をされている状態である。信じきれないのも無理はない。
「そうだ、例えば姉弟子とかっ!」
「姉弟子じゃないよ、お、ね、え、ちゃ、ん!」
即座に否定された。ユートは再び考え込む。
(姉弟子も違う……落ち着いて考えろ、姉とは血縁関係のある年上の女性……まさかっ)
そこで、ユートは一つの考えに巡りついた。
「あの、これは俺が勘違いしているかのせいもあるので本気にしないで欲しいのですが」
だが、それを口にしていいかユートは迷った。
沈黙。ライカはニコニコと笑いながら待っているが、ユートの額からは汗が流れる。
「その……お母さんの間違いですか?」
ライカの笑顔が崩れた。
「ユートちゃん……私だって、お母さんより前にお嫁さんになりたいんだけど」
「ごめんなさいっ」
本日、二回目に頭を下げた。今度は全力の謝罪である。
『……はぁ~(クソデカ溜息』
『おいルーブ! なんでボディを振動させて発言しないよう耐えているんだよ! アニキはなあ!! アニキはなあ!!!』
『お、落ち着いてアッカ』
通信機越しでは、AIとコマンドたちが好き勝手言っていた。
ユートは頭をあげると両頬を叩いて気を引き締める。
「すいません、お姉ちゃんは勘弁してください」
「むぅ~、じゃあいいよ、せめて呼び捨てにしてほしいな。なんか"さん"って他人行儀で嫌だよ、ユートちゃん」
ユートはようやく息を吐いた。
そして、改めてライカの顔を見る。その顔は、穏やかであった。
「わかった、それじゃあ改めてよろしく、ライカ」
「よくできました、ユートちゃん」
ライカも笑顔で応えた。
◆◆◆
友好の挨拶が終わると、ライカは僅かに声を低くした。
「それと、エインシア様について」
ユートも椅子に座り直すと、真剣な顔で言葉を聞く。
「念のため、私の伝手で王様に報告をしようと思うんだ」
「それは、この大地を治める人間に俺たちの状況を報告するってことでいいのかな」
エインシアは頷くと、話を続けた。
「ユートちゃんが考えている以上に、この大地でエインシア様の名前は重いんだ。そう名乗る人が現れたのなら、私たちは警戒しないといけない」
「わかった、それは任せる。でも、それなら、一つお願いがある」
自分たちの立場をどう説明するか、それは、ユートも考えていたことだった。
「俺たちは、は『自称エインシア』に巻き込まれた人間ってことにしてほしいんだ。俺たちには古代の偉人を騙る意思はないって明らかにしたい」
「うん、私からも言おうと思ってたんだ」
さらりと、そう言い切るライカ。
改めて、ユートは自分たちの協力者の頼もしさを実感した。




