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6-6

 ライカの姿が草原の果てに消える。ほぼ同時に、太陽も西の果てに沈んでいった。

 夜の帳が訪れる。

 電動のローバーの駆動音は静かなもので、草をかき分ける音も運転席にまで響いて来る。

 広野の夜は暗い。大地にはローバーの灯り意外に光はない。

 ふと、ユートは闇夜を振り返る。


(ライカさんは……)


 ローバーが走って来た道は夜の帳に包まれていた。遥か彼方に、微かに光が見えるくらいだ。


(……こんな人里離れたところに一人で、何をしているんだろう)


 どこまでも孤独な風景に、ふと、そう考えていた。


◆◆◆


 程なくして、人工の灯りが見えてくる。

 ユートたちの拠点には、既に夜でも視界が確保できるように大型のライトが設置されている。ただ広がる広野の中では異質な存在であるが、光があると言うのは人に安心感を与える。

 ユートから肩の力が抜ける。抑え込んでいた疲れが一気に噴き出してきた。

 彼にしては珍しく、停車は急であった。


「待ってたぜぇ! ドリィィィィィィィィッ!! アニキィィィィィィィィィッ!!!」

「ア、アッカ!」


 ローバーが停止したことを確認すると、拠点からアッカが飛び出す。ドリーも操縦席から降りて、同輩を迎える。


「たくよぉ! 心配かけさせやがって」


 二機がマニピュレーターを叩きあって無事を確認していると、後ろからルーブが顔出す。

 後ろには大型の機材。マニピュレーターにはホースが握られている。


「失礼」


 ホースから霧が飛び出すると、ユートとドリーにかける。


「アッカ、任務を忘れちゃダメだよ」

「おっと、そうだったな」


 アッカもホースを取ると、車体に向かってかけていく。


「アニキすまねえっ! 本来ならもっと穏やかに出迎えしたいところだが」

「分かってるって、現地の人間と接触した以上、検疫代わりの洗浄は必要だからな」


 ユートは未知の大地に立っている。そこにはどのような危険があるか分からない。


(失礼ではあるけど、今俺が倒れる訳にはいかない。コロニーで眠っている人にうつす危険もある)


 親切にしてくれた人に対して後ろめたさはあるが、病気に対して警戒をするのも無理はない。 


「配慮ありがとうございます。シーナさんからの言葉を改めて伝えますね」


 ルーブは洗浄を続けながらも、伝言をする。


「ユートさんは消毒ミストを浴びた後に仮設住居へと移動してください。そこに交換用の服と装備があるので交換後、地上指令室へ移動。今後の状況について会議をしたいそうです」

「了解」


 ユートは頷くと指定された仮設住居に足を向けた。


「ユートさん、お疲れ様です。ごゆっくりとは出来ない立場なのは存じ上げていますが、細かい作業は任せてください」


 さりげない気遣いの言葉に、ユートは手を上げて応えた。


◆◆◆


 ほぼコンテナのようなシンプルな部屋で服を着替え、装備を交換する。

 銃も剣も同型のものに交換し、今日一日頑張った武器は整備のために保管する。

 ユートが部屋を出ると、空には大きな月が昇っていた。


(えっと、次は)


 巨大なアンテナが立つ、まだ新しい建物。ユートはシーナが待機している地上管制室へと向かった。


◆◆◆


 パスワードを入力して部屋に入る。

 大型のモニターに入力用のコンソール、そして、計測器の並ぶ部屋では様々なデータが現在進行形で処理されていた。

 ユートはモニターの前の席に座ると、画面の表示が一度止まる。

 ややあって、シーナの声が聞こえてきた。


『待っていましたよ、ユート』

「ああ、想像以上に長い任務になっちまったな」


 気が付けば丸一日かけた任務になっていた。さすがのユートの顔にも疲れが見える。


『ですが、それだけの成果はありました』


 現地の人間との接触、そして、交流が行えたことは大きな前進であった。


『現地の人間との接触で好印象を得られたのは喜ぶべきことでしょうね』

「ただ、やっぱり一歩間違えたら地雷を踏み抜いていた可能性もわかった」

『エインシア、のことですね』


 ライカとの二人の時の、ふとした言葉。


「ああ、仮に町の真ん中で『エインシアが戻って来た』なんて言ってしまったら、混乱と社会不安を招くとして捕まっていた可能性もある」


 あの時は、ライカがある程度こちらの事を信頼していたことと、その場に彼女以外の人間がいなかったことが幸いした。

 仮に、伝説上の人物が星の海がやってきたと知れ渡ったら、無用な噂で社会を揺るがす存在として危険視される可能性がある。


『やはり、大規模な接触には危険が伴いますね』


 ユートは頷く。今日の出来事は様々な面で幸運であった。 


「ライカさん。あの人に協力を求められないかな」


 不用意な接触を行わないため、現地人との協力は不可欠である。


『私からも提案をすべきと考えていました。ユートがそのつもりであるなら、余計なことを言う必要もないでしょう』

「なら、明日もう一度コンタクトを取ろう。幸い、居場所は分かってる」

『ええ、そうしましょう』


 最初の話は手早くまとまった。


「それと、コンタクトの件だけど、確かシーナ達はライカさんの言葉が分からなかったよな」


 ユートたちが現地の人間と会話をしているさい、ドリーはライカの言葉が分からないと言った。

 そして、ユートの言葉にも異常がある、と。


『ユート、それについてはこちらのデータを見てください』


 モニターの映像が切り替わる。複数のグラフが表示される。曲線の波形が記録されていた。


「これは?」

『ユートが現地の人間と話している時の音声波紋です。ドリーから提供を受けました』


 そこには二本の曲線が記されている。同じ時間に二重に波紋が発生していることが示されていた。


「アイツは二重に波形が観測されていたって言ったけど、本当なんだ」


 ドリーは、ユートの言葉には二重の波形が記録されていったいた。


『そして、これが今の状態』


 次に記されたグラフには、曲線は一つしか記録されていない。


「やっぱり、こっちは普通だな」

『そして、こちらはドリーが一時的に収音機能を停止し、現地の人間とのみ話していた時の状態です』

「これも、二重に観測されていない」


 最後に表示されたグラフにも、曲線は一つしかない。


『ユート、おそらくあなたは、現地の人間の言葉を理解し、口から出た言葉が、相手が理解出来る状態で変換されて発せられているようです。おそらく、その場にいた現地の人間と、ドリーと両方に聞こえるために二重に出力されていたのでしょう』


 ユートとしてはコロニーの共通語を喋っているのだが、出力された段階で『聞いている人間が理解出来る』言語に変換される。そうとしか言えない状態である。


「なるほど……勝手にそんな状態になったのは気味が悪いが、助かってる以上は役立てよう」

『ええ、それと、もう一つ頼みたいことがあります』


 スピーカーからシーナとは異なる声が聞こえてくる。


 ――えっへん、こう見えてライカお姉ちゃんは凄腕の魔法使いなのです。雷の力はお手の物だよ――


 草原で、ライカが勝利とともに口にした言葉だった。


『現地の人間のボイスデータです。これに、ユートの耳から聞こえた翻訳を付けてください。私たちの方でそれをつき合わせ、現地語とコロニー共通語の翻訳を行います』

「ロゼッタストーンを作るって事か。了解だ、シーナたちも言葉が通じないのは不便だろうし、俺のこの状態がいつまで続くか分からないしな」


 複数の言語を翻訳するためデータを、作成する。シーナたちが現地の言葉を理解する目的もあるが、ユートとしても勝手になった状態にいつまでも依存し続けるつもりはなかった。


『ええ、そのためにもライカに協力を求めるべきでしょう』

「了解、方針は決まったな」


 そして、とシーナは付け加える。


『最後に、ユートはこれから地上で寝泊まりをしてください』

「検疫のため? そらなら一週間もすればいいんじゃない?」

『それもありますが、これからの事を考えて、です』


 ――これから――

 その言葉を、ユートは小さく反芻した。


『コロニーは大地の裏側に存在する関係上、日照が大地と逆転しています。太陽光は肉体のリズムを作る上で基準となる以上、地上に居て合わせるべきでしょう』


 一日のリズムを、この大地の人間と同じようにする、と言う事だ。

 ユートは僅かに間を置くと、頷く。


「そうだね。今後、現地の人間と行動を共にするなら、慣らしておいた方がいいか」


 そう、この大地で生きるのであれば、まずは同じ時間で行動するようにしなければならない。


(……それは、いつまでなんだろう。少なくとも、短くはない)


 この大地で腰を据えて生きていく必要がある。帰還は遠い。そう言う事なのに、ユートの心は驚くほど静かであった。


◆◆◆


 地上管制室を出ると、月と星空が出迎えた。


(……一日の終わりか……)


 口から欠伸が出かかったが、噛み殺して頭を振る。


(この大地にやって来た時くらい、長かったな)


 長い、長い一日であった。


(あの時は、これからどうすればいいか分からなかったけど)


 夜風が吹き抜ける。春の風は穏やかで、肌に心地よい。


(分からないなりに、楽しくはあった、かな)


 あの夜に感じた絶望感は、なかった。

 腹の虫が鳴いた。そこで、ようやくユートは自身が空腹であることに気が付いた。

 作業中であったアッカたちが、笑っているようだった。


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