6-5
西の空に浮かぶ太陽を背に、ユートたちを乗せたローバーは草原を行く。
街の近くにある道は、路面から石も取り除かれて凸凹も少なかったが、人里を離れると徐々に道は狭く、荒れてくる。
1分も走れば2度3度荷台は揺れる。ちょこんと座ったライカは、気にした様子もなくニコニコと微笑んでいた。
「サスペンションが不完全でごめん。本当は、もうちょっと乗り心地がマシなんだけどさ」
ちょうど、下から突き上げるような衝撃が伝わってくる。大き目な石でも踏んだのだろう。
「ううん。これだけ安定した乗り物なんて、東の果てには無いよ。君たちの文明は、こんなものを簡単に作ってしまうんだから凄いよね」
「そう褒めても、この大地の文明は本気になったら、距離を無視して空間を繋いじゃうんでしょ」
車や飛行機で高速で移動をしても、距離そのものを無理できる手段があるのならもはや勝負にならない。ユートはその前例を知っている?
「空間転移の魔法? それって条件が揃わないと出来ないけど、ユートくんは何か知ってるの?」
「ああ、この大地に来た最初の日に、空間を飛び越える魔法を使ってもらったんだ。エインシアって長耳の女性――」
「エインシア!?」
その名前を出した瞬間、ライカが食い気味に叫んできた。
「ユートくん、今エインシアって言ったよね。それも魔法を使った長耳の女性って」
「そうだけど――」
「詳しく教えて! もしかしたら大事なことかもしれないから!」
あまりの勢いに、思わず操縦を間違えて草原に進路がずれてしまう。
「ユートさん、操縦はボクに任せてお話してきたら」
「そうだね、頼んだドリー」
手早く操縦を交代すると、ユートは荷台に上がる。興奮した様子で、ライカは待っていた。
「ユートくん、長耳のエインシアって言ったよね。間違いないよね! 間違えてたらこの世界なら大変なことだからね!」
あまりの勢いにユートは声も出ず、必死に首を縦に振って応える。
「あ、ごめんね、ユートくん。長耳のエインシアって言うのは、私たち魔法使いにとっては、とーーっても大事な意味を持つ存在なの」
いつもの明るい調子は影をひそめて、真剣な声色で話を続ける。
「今でもエインシアって名前を子供につけるのは禁忌とされているし、おいそれと名前を出すこともしないの」
「わかった」
ユートは、この大地に来た日のことを説明する。
突然出現した長耳の女性。ワンドガルドの名を知り、空間を転移する水晶を託して消えた女性のこと。
「そっか……それだけじゃあ、よく分からないね」
「そりゃそうだよ、俺たちだって振り回されただけなんだから」
ユートが知る、エインシアと名乗る女性についての情報はあまりにも少ない。本人が消えてしまった以上、知りようもない。
「ライカさんが知ってるエインシアについて教えてもらっていい?」
「うん、いいよ」
ローバーが僅かに揺れる。ライカは深く呼吸をすると、語り始まる。
「五百年前、この世界に訪れた災厄を祓った偉大なる大魔道士。時と空の支配者、エインシア」
ライカは物語を語る。草原の風は静かに詩を見守る。
それは、この大地の片隅で生まれた呪いの存在。
生きる者の生命を奪い、全ての命の敵である災厄と一緒に消えていった英雄。
この大地に刺さる杖と同じ形をした聖杖を掲げ、絶望に伏した大地を救ったエルフの女性。
「災厄とともに消えた彼女は、この大地に再び危機が訪れた時に帰ってくると言われているの。だから、同じ名前を付けることは禁忌とされているんだ」
救世の英雄は災厄の終わりとともに姿を消した。けれど、その存在は人々の希望となって伝承となる。
(なるほど、話自体は地球でもある英雄譚だけど……問題は、それを名乗る存在を俺は接触している)
エインシアと名乗る女性が何者であるかは分からない。けれど、全てを偶然と片付けるには出来過ぎでいた。
「空間を繋ぐ術は彼女が生み出したモノなの。今でも、転移の元になる亜空水晶は再現することが出来ず、彼女が生み出したものを再利用しているくらいだから」
「やっぱり、おいそれと再現できる技術じゃないんだ」
ユートたちの技術では手が届かない技術。それは当たり前のものではなく、異なる世界であっても困難な存在であった。
「当然だよ。魔法はね、法則をもった技術なんだよ。無茶を通すにはそれだけの準備と時間が必要になる」
あくまで、技術でしかない。そう言われて、ユートの中で『魔法』と言う言葉に対する壁が取り除かれた。代わりに浮かんでくるのは技術に対する興味。魔法と呼ばれる存在を知りたいと言う欲求がわきでてくる。
「魔法って、どんなものなの?」
「ふふん。お姉さんが説明しましょう」
ライカは胸を張って自慢げに笑った。
「魔法――正確には、マナ具現エーテル化法」
ライカは手のひらを開く。そこに、黄金の光の粒子が浮かび上がった。
雷の魔法を使う直前に見た、温かい輝きを放つ光が舞い上がり、ライカの瞳にうつる。
「この世界には、実態を持っている存在じゃなくて『目に見えるようになりかけている』存在があるんだよ。この大地も、そうやって一部だけが実体化しているんだって」
杖の刺さった平らな大地。その不完全な形そのものが、この世界には『目に見えない力』の証明になる。
「そう言った、成りかけの世界に対してイメージを送り込んで実体化させる。それがエーテル化。なりかけの物だから実際の雷とは違って、あくまで『雷の性質』をもった存在でしかない。触れば感電するけど、光のように一瞬で伝わったりはしないんだ」
ライカは手のひらを握ると、光の粒子が雷のように鋭く奔り、大気へと溶けていった。
(未知の粒子による力学がこの世界には働いている、そう置き換えるなら納得は出来る)
あまりにも途方もない話だが、ユートは不思議と飲み込むことが出来た。
目の前で魔法を見たのもそうだが、体感として『何か』がそこにあると感じ取ることが出来たからだ。
(たくさんの発見がそうだった。人型の機動兵器やスペースコロニーだって、夢物語とされた時代から技術の進歩と発見があって実現できたんだ。それが、今目の前にあるってだけだ)
「えーと、ユートくん、大丈夫かな」
考え込むユートの顔をライカが覗き込む。
ユートは顔を上げると、笑顔を浮かべていた。
「ああ、大丈夫。魔法って力は、俺たちが居た星の海には無かった、それだけの話だから」
「えーと……大丈夫? お姉さんの説明が変だから余計に混乱しちゃったとかないよね?」
「だから大丈夫だって。ライカさんが魔法を使うときに見える光の粒子から『力』があることは感じ取れたから」
感じたままの答え。何気ない返答であったが、聞いた瞬間にライカの瞳が、ぱあっと明るく咲く。
「凄いねユートくん!! それがマナを感じ取るって事。魔法使いにとっての第一歩で、一番大事なんだよ!」
興奮した様子でユートの手を握って上下にブンブンと腑った。
「絶対にぜったいに! 魔法使いの素質があるよ!」
興奮気味のライカに対して、ユートは懐疑的であった。
「でも、違う星の俺に魔法が使えるかな」
そう、謙遜していう物の、心の内には期待があった。
もしかしたら、自分は未知の技術に触れることが出来るかもしれない、と。
「大丈夫だよ!」
少女は力強く答えると、自信に満ちた声で言う。
「きっとね、君たちの文明では、魔法はまだ『見つかっていない』だけなんだよ」
あまりにも確信のない希望的な観測。
だけど、ユートはそれを信じていいと思った。
目の前の少女の、キラキラと光る瞳には、それだけの力があった。
◆◆◆
太陽が西の地平に沈み始めた頃、ライカの住む家に辿りついた。
もはや、道と呼べるだけの道もない、草原の真ん中。オレンジ色の屋根をした、石造りの二階建ての家だった。
家の周りにはハーブの畑になっていて、風に混ざって優しい香りが満ちている。
「それじゃあ、ユートくんありがとうね!」
ライカは荷台から降りると、ユートたちに手を振った。
「また、会おうね!」
「うん、機会があれば!」
当然のように、ユートも手を振り返すのだった。