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リュウセイの広野――ユートたちの墜落地点の西――
草原を割くように西から東へと流れる川の両岸に、低い背の草原と土が剥き出しの荒野が重なって続く原野。
ユートたちが乗ったローバーは、広野を東から西へ向かって走っていた。
――よかったら、ローバーで送っていきますよ。シーナ、大丈夫だよね――
――ここまで来たら反対しません――
消耗していたザッツを一人で行かせることは難しいと考えたユートはローバーを使って送り届けることを提案した。
――ああ、出来れば相棒の遺体も街まで運びたい――
話はすぐにまとまり、ユートとドリー、そしてザッツとライカを乗せたローバーは街があると言う西へ向かって進んでいる。
「丘を一つ越えたから、今のぼっている坂道の先で街が見えてくるよ」
ローバーの操縦席のすぐ後ろ、ライカはトレーラーの荷台から身を乗り出してユートの話かける。
「時間はどれくらいかかるか分かりますか?」
「う~ん、歩きなら一時間はかかるけど、この乗り物ならもっと早いかな」
「なるほど、一時間」
一時間、その言葉にユートは思考に入る。
(自分だけこの世界の言葉が分かる状態だとしたら……方角もそうだけど、単位まで地球と同じなのかな……方角は地球上でも地域によって呼び方が違うから、理解出来る形に翻訳されてるんだと思うけど)
長さ、重さ、それぞれの単位にしても地域によって差が出る。地球と言う大きな単位を元にした方角であるならある程度の共通点を出せるが、人の手によって決まった単位が同じと考えるのは奇跡的な偶然である。
(と言っても、シーナと一緒に計測した情報だと、自転の周期は二四時間で、月にあたる天体もほぼ地球上と同じ推移で月齢が変化していた。そうなると、天体の動きから逆算した時間の単位は地球と殆ど同じなのかもしれない)
地球でも、太古の人々は天体の周期から時間の単位を創造した。その条件が近いのならば、差異が少ないというのも納得は出来る。
「ライカさん、こっちから質問していい?」
「質問?」
答えるライカの声が大きくなる。
「もちろんもちろん、なんだって聞いて!」
ずいっと顔を寄せてくる。ユートの肩に、ふわふわの髪がかかってくる。
「はは、ユートが微妙な顔してるから手加減してやれよ」
「手加減?」
ユートの顔が少し赤いことに気が付いていないライカに、ザッツはやれやれとわざとらしく首を横に振った。
「こほん! だいたいの街までのだいたいの距離を教えて欲しいんだ」
ユートは強引に話を切り出すと、それとなく距離を取る。隣でドリーのアイサインが笑っていた。
「距離、だいたい15カルメットルくらいかな」
ライカの口から出て来たのは、未知の単位だった。
「カルメットルか、ありがとう」
ユートは返事をすると、心の中で未知の単位を反芻する。
(さすがに長さの単位までは同じじゃないか)
安心したような、厄介なような、ひとまず情報として飲み込んだ。
◆◆◆
草原の真ん中に人が足で踏み固めた路が見えてくる。未知の真ん中には、車輪が通った後の轍が見える。
ローバーを道に乗り上げると、西へと向ける。やがて小高い丘が見えて来た。
「もう少しだよ、ここを登りきれば、水田が見えてくるはずだから」
「水田? 米でも作ってるの」
「うん、その通りだよ!」
ローバーは丘を登りきる。それと同時に、ライカが言ったような景色が見えて来た。
東から西へ流れる川の岸辺に、等間隔で区切られた水面が広がっている。
若い稲の緑が等間隔に植えられ、薄い水の張り巡らされた水田が広がっている。
水田と広野を分ける低い石の壁と、水田の先には、街と水田を分ける高い壁がある。
「驚いた? この風景は、『東果てのエドン』でしか見れないんだよ。西にある都みたいな石造りの街の外側に、木で出来た家が続いている。そして、その先にはウツロブネでやって来た人々が伝えたお米を生み出す水田があるんだ」
ライカが言うように、石壁の向こうにある市街地の中心は、古い石造りの道が続いている。
それに対して、外周部には地球でいうところの日本風の家屋が立ち並んでいる。
(西洋の街に、日本の街を接続したみたいになっている)
想像していたものとは違う景色に、思わずユートは見入っていた。
水田にはよく水が行き届いており、用水路もしっかり張り巡らされている。
水田の合間には風車があり、そこの動力を利用して水を流しているようだった。
(もしかして、結構文明レベルは高いのかもしれない。だから、俺たちの存在もアッサリ受け入れたのかな)
ユートが見た限りでも、風や水から動力を得ると言う発想は一般化されているようだった。
(それだけじゃない、ライカさんが使っていた『魔法』のように、地球圏では実用化されていない技術があるとしたら)
ユートはエインシアが残した水晶の部屋を思い出す。亜空間を利用した空間接続は、間違いなく地球人には生み出せないものだった。
「ユートくん、真剣に見てるけど気になったところはある?」
「そりゃあ気になったところはあるよ。正直、まじかで見てどれくらいの技術が使われているか見たいけど」
ユートはローバーを見る。今、この機械を人の目に晒して大丈夫だろうか、と考える。
(ライカさんたちの反応を見る限りは大丈夫だと思うけど、そう急ぐこともないか)
故障したオートマトンの修復もある、急ぎ過ぎることもない、と、ユートは考えをひっこめた。
「もう、ここまでで大丈夫だ。ユート、世話になったな」
ちぃうど、トレーラーからはザッツが降りて来た。人が入った袋を、重そうに背負っている。
「これ、礼にしちゃ貧相かもしれないけど」
ザッツは腰に下げた袋をユートに手渡す。ずっしりとした重さがユートに伝わった。
ユートは中身を確認すると、出て来たのは何かの果実。見た目は柿のようではあるが、表皮は弾力があり、手でも向くことが出来そうだ。
「これは?」
「ミズガキってやつだ。冒険者にとっては水分補給のお供だぜ」
ライカが一つ、袋から取り出す。
「ほら、こうやってむくんだよ」
ヘタを取ると器用に皮をむいていく。果肉が露出すると、甘い香りと一緒に汁が溢れてくる。
ユートは見様見真似で皮をむくと、一口かじってみる。
柿の甘さが柔らかい果肉に凝縮されていた。
「……美味しい、そう思う」
コロニーでは天然の果実を食べる機会はあまりない。瑞々しい甘さは新鮮であり、衝撃であった。
「そっか、気に入ってくれたら幸いだ」
そう言うと、相棒を背負って男は歩き出した。
「じゃあな、西にある都に来ることがあったら、俺を訪ねてくれよ!」
背中越しに手を振って歩いていく。
ユートは精一杯腕を振って、男を見送った。
そうして、見送ったあと――
「……それじゃあ、帰ろっか」
ライカは、いそいそとトレーラーの荷台に昇る。
「……ライカさんも街に家があるんじゃないの?」
「私のおうちは、リュウセイの広野にあるんだ。だから、送ってもらいたいな~」
わざとらしい甘え声を出す女性に、少しあきれながらもユートは笑う。
「……はは、了解しました」
どうせ、帰り道は同じなのだから。
ユートは笑い、操縦席に座る。隣で待機しているドリーは、やっぱり笑っているようだった。