15-21
アッダマスが消えた。
ユートの肌に張り付いていたドロドロとした気配が消える。不快感と同時に消える確かな『存在』の消滅。
(先程まであった存在が消える……これが、『魂の死』なんだ……)
あれほど苦労した相手だった。今でも肯定的な感情は持っていない。それでも、存在が消えることによって生まれた空白に、ユートは喪失を覚える。
隣に立つケラウスを見る。ケラウスは、顔を伏せていた。
「さあ、そろそろ行くよ」
そう言うと、長耳の女性は真っ白な空間に向かって歩いていく。
「あっ……」
とっさに声が出た。
「ありがとう」
ユートの言葉を背中に受けて、女性は白い空間へと消えていった。
「……ふふ、あとの時間は、二人で大切ににね」
僅かに聞こえてきた声には、喜びの色が混ざっていた。
こうして、白い空間にはユートとケラウスだけ。
「男二人でどうしろって言うのさ」
「男二人とは味がない」
二人、ほぼ同時に口を開いて出た愚痴。あまりにも中身がなくて、お互いに呆れた顔を見合わせる。
「……」
「……」
笑い声さえ出てこない苦笑いに、ユートは肩から力が抜ける。
「なんか、色々言うつもりだったのに、何から言っていいか分からないな」
「俺もだ」
そうして、今度こそ二人、声を上げて笑った。
白い世界に、どこまでも声が飛んでいく。
反響するものもない。ただ、男二人の満足気な笑い声だけがある。
「まあ、なんだ……ライカを頼む」
「うん」
ユートは、力強く頷いた。
「あー、それと……一応言っておいた方がいいかな。アイツがなんてお前の姉を自称するか」
「それはいいよ」
そして、胸を叩き、まっすぐにケラウスを見る。
「ライカから、ちゃんと聞くから」
その言葉を受けて、ケラウスは歯を見せて笑う。
「……ああ、やっぱりお前に託してよかったよ」
そして、ケラウスは拳を突き出す。
ユートも応じて、拳を出す。
かるく、拳がぶつかる。下から持ち上げるユートの拳に、ケラウスがゆっくりと重ねる。
「あばよ、杖を目印にまた逢おう!」
その言葉を合図に、時の止まった空間は消えていく。
徐々に明らかになっていくユートの世界。そこは、見慣れたリュウセイの広野だった。
◆◆◆
リュウセイの広野、仲間に囲まれたユートは、拳を前に突き出している。
その先、ぶつけられた師の拳は既にない。
「オッサンは、消えたのか?」
「……うん、そうだよ……」
クラマの言葉に、ユートは応える。その返答には感情がなく、ただ事実だけを返す。
風が吹いた。
カラカラと、杖が、大地に転がる音がした。
風に混ざって、すすり泣く声が聞こえた。
鳴き声の主は、わかっていた。
「……ごめんね」
涙声で謝罪するクラマにユートは振り返る。
両手で必死に涙を拭う少女が、そこに居た。
「……やっぱり、悲しくて涙が出ちゃうから……覚悟してたのに。ユートちゃんにも、覚悟を背負わせちゃったのに」
アッカとドリーが、どう声をかけていいか迷っている。
クラマは、ユートの隣に立つと、そっと背中を叩いた。
「ほら、大丈夫だって。ユート、胸くらい貸してやりな」
「……うん」
ユートは一歩、二歩歩く。そして、泣いているライカの前に立つ。
ライカは泣いたまま、ユートの胸に顔をうずめる。
震えが胸を伝わってくる。押し殺された泣き声が聞こえてくる。
(やっぱり、この人の涙を見るのは、嫌だな)
ただ泣いているライカを、ユートは静かに受け止めた。それしか出来なかった。
目の前の少女の涙を止めることも、言葉をかけることも出来ない自分が、ずっとずっと小さく思えた。