15-12
ファルコンと魔導鎧の戦いは、未だに膠着していた。
迫りくる雷撃をいなし、突撃を回避し、距離をとって旋回する。
魔導鎧を前に何度も繰り返した挙動。その精度が徐々に落ちてくる。
「……っ」
雷撃が脚部をかすめる。痛みの逆流は痒い程度のものであるが、自身のパフォーマンスが落ちていることをユートは感じ取っていた。
額に浮かぶ汗を拭うことも出来ず、操縦を続ける。
(くそ……ダメだ、消耗はこっちの方が早い……)
コンソールに表示されているエネルギー残量は既に半分近い。パイロットも機体も、稼働時間は有限である。
(どこかで見切りをつけないといけないのか……)
自分の中に浮かぶ、『殺す』と言う選択肢。徐々にその存在が大きくなっていることをユートは感じ取る。
向かい合う魔導鎧からマナが溢れる。何度目かも雷撃――
『天狗の風ッ!』
雷撃が来るはずであった。
雷撃を生まれる前に、風の塊がエーテルによって色付けられ、魔導鎧を吹き飛ばす。
発信源に立っているのはクラマ。銅色の翼を展開している。
悠々と飛ぶ彼女の下にはローバー。そして、ライカが居た。
『ユートちゃん、聞こえてる?』
通信が入って来たのはほぼ同時だった。
風の轟音に混じって聞こえてきたのは、涙混じりの声だった。
「聞こえてるっ!」
『ユートちゃん……ごめんね、ごめんね……本当は、君は何も関係ないはずだったのに』
ユートは歯をきつく食いしばる。
同時に、魔導鎧が邪魔ものに目を向ける。
とっさにシールドを構えてユートが立つ。乱暴に生み出された魔力の塊が魔導鎧から放出されるが、文字通り盾となって防ぎきる。
『……ごめんね……でも……私も一緒に背負うから……師を殺す痛みを、背負うから』
通信機から聞こえてくるライカの言葉――
――それを聞いた時、ユートの我慢が限界に達した。
「……バッカヤロウ……ッ!! そうじゃないだろ!!」
怒鳴ると同時にやけくそにコントローラーを握り込む。
ファルコンを一気に加速させて距離を詰める。同時にガトリングを斉射。
降り注ぐ弾丸は魔導鎧の表面に揺らす。致命打にこそならないが、突然の反撃に魔導鎧は後退り、様子をうかがう。
「そんな無理やり絞り出した言葉で、納得なんて出来るわけないだろ!」
納得が出来なかった。
「勝手に期待して、勝手に押し付けて、勝手に泣いて……納得なんて出来るかよっ!!」
目の前の理不尽に対して、感情を吐き出した。
『そうだ、ユート、言ってやれ!』
通信機の先で、クラマが後押しをしてくれる。
『お前が何をしたいか、言ってやれ』
「ああ……言ってやる」
そして、大きく息を吸い込み。
感情と一緒に吐き出す。
「諦めたオッサンの後始末なんて、絶対にするもんか」
未だ様子を窺っている魔導鎧を睨みつける。
「気に食わない! 勝手に決めたことも、ライカが泣いてるのも! 何もかもが!
でも一番気に食わないの、俺に出来る解決方法が、破壊行動だけだって決めつけたこと!」
ユートなら暴力で解決をしてくれる。そう決めつけられたこと。
「ロボットに乗ったパイロットは神にも悪魔にもなれる――だから、この力の使い方を考えなきゃいけないのに」
人が乗るロボットは、人の意思によって神にも悪魔にもなる。
武器の塊である巨大ロボットを操る上で、絶対に忘れてはならない理屈。
たとえ兵器として生み出されたとしても、兵器で終わるな、と、シーナが物語を通じてユートに教え続けたこと。
「壊すしか出来ないと思われるなんてのは、絶対に嫌だっ!! ましてやそれが、世話になって人なんてたまるか。
考える……最後の最後まで、考えてやる」
通信機の先で、泣き声が止まった。
『うん……うん、そうだよね……』
ライカの声に、僅かに希望が戻る。
『魔法だって同じ。誰かを不幸にする力じゃないもの』
「ああ、殺して終わりになんてしてやるかよ!!」
エクステンションマッスルが跳躍する。ガトリングを斉射しながら距離をとると、改めて相手と向かいなおる。
『方針を確認しましょう』
「なんとかケラウスを殺す以外の方法で、アッダマスを止める」
シーナの声に、ユートは石を重ねる。
『いいでしょう。生命は子を産み未来に託す、と言えば聞こえはいいですが――親の不始末を子に尻拭いをさせる理由にするのは、納得しがたいですしね』
饒舌なその返事に、思わずユートは苦笑いをする。
「シーナ、ずっと待ってただろ」
『いいえ、あなたが言うまで、私の蓄積されたデータからは出てこない言葉でした』
そして、シーナもまた、ユートの背中を押す。
『ユート、私たちはあなたを全力でサポートします』
「ああ、頼むぞ、みんなっ!!」
その意思に呼応するように――ユートの愛機が、変化を始めた――