15-4
天狗、と言う言葉をユートも知っている。
地球の極東地域において伝わる怪異の一種。長い鼻の赤ら顔に鳥の翼をもち、山伏の衣装を身に纏い、高下駄を鳴らしながら山岳を飛び回る、神とも目される存在。
(確かに、これはそう見えてもしかたない)
角と翼を顕現させたクラマの全身からあふれるエーテルがユートの肌を打つ。その力が強大であると訴えている。
銅色の翼が太陽の光を浴びて輝いていた。土よりも木よりも眩しく、赤みが混ざった輝きはむしろ金色に近い。その姿は、ユートにも神々しさを感じさせた。
新たに出現した強大な力。その存在を無視できず、ケラウスは一斉に雷撃を放つ。クラマは一瞥すると、その場で激しく肩と腕を振る。
同時に、翼が動いた。膨大なエーテルが動き、衝撃が発生する。雷撃が一瞬でかき消させる。
「これがテングの角! テングの翼! 風にのったテングの力、とくと見ときなっ!!」
叫ぶのと同時に飛翔。跳躍ではなく、鳥の如き飛翔によって、一瞬で上空へと舞い上がる。
ケラウスは即座に雷撃を生み出し、撃ち落とそうとするが飛ぶ鳥を落とすことは出来ない。
十の雷撃、その倍のエーテルの光線、ことごとくが外れ、空の彼方に消えていく。
その意識は完全に上空の天狗に奪われ、地上のユートからは外れる。
「クラマっ!!」
地上ではユートが銃弾を放つ。ガスショックバレットが炸裂して、ケラウスが動きを止める。
その隙を、天狗は見逃さない。
「その隙、逃すかァッ!!」
急降下からの一撃。それは鋭い刃となって空間を切り裂くと、ケラウスの腕に握られた杖に襲い抱える。
強烈な打撃音、同時に杖が腕から離れて宙を舞う。
「ワイヤーブレードモード!」
同時に、ユートがリキッドメタルブレードを抜き放ち、鋼糸を振るう。
鞭のように襲い掛かる刀身は腕ごと体に巻き付き、ケラウスを拘束した。
「杖も奪われた、身体も縛れてた、あとは――」
その時だって、疾風が、ユートの背中に吹き付ける。
「よく、やった。あとは、任せろ」
小さな身体が躍り出る。
「えっ……」
「アキヤマ先生!?」
思わず二人が驚く。飛び出してきたのは、白髪の老人――アキヤマだったのだ。
アキヤマはケラウス以上の年齢の老人である。だが、その速度と眼光はおおよそ衰えを感じさせない鋭いものだった。
アキヤマは懐から腕を抜きうつ。飛び出しのは、透明な鉱石――それはケラウスに接触すると、彼の身体を覆っていた黒いエーテルが吹き飛ばす。
なおも老人は止まらない。踏み込むと、当身をケラウスに打ち込んだ。
その刹那の技に、ユートたちは声も出すことが出来なかった。
「遅くなったな」
厳かな声。それを聞いて、ケラウスの顔が緩む。
「いえ、情けない所を見せてしまいました」
ようやく聞こえたケラウスの声。それを聞いて、クラマとユートは安堵した。
同時に、天狗の翼が消える。戦いは、終わったのだ。
◆◆◆
正気を取り戻したケラウスに、ユートとクラマは即座に駆け寄る。
「ケラウスさん、大丈夫なのか?」
「そうだぜ、それに、事情だって――」
問いかける二人を遮り、ケラウスは言う。
「大丈夫、だ。それより、すぐに戻るぞ」
「でも――」
「いいからっ!!」
強い口調に、二人は何も言えなかった。
「……すまんが、今はケラウスの言葉に従ってもらえんかな」
アキヤマまでそう言ってしまうと、クラマもユートもそれ以上は強く言えない。ただ、無言になるしかない。
「それと、クラマだったな」
「なんだい、アキヤマ先生。言っとくけど、あんまり無茶を言うならアタシだって納得はしないよ」
警戒するクラマを前に、アキヤマはただ用件だけを伝える。
「お前は、ウエに伝えてくれ。
時が来たって」
「わかったよ、時が来た、だな」
そう言うと、さっさと歩き出してしまう。
「クラマ!」
呼び止めるユートに、クラマは振り返らずに応えた。
「悪い、でも、事情は後で聞かせてもらうからな。
ユート、絶対にこいつらから聞き出しとけよ」
そう言うと、少女はさっさと駆け出してしまった。
「……ユート……すぐにライカのところまで戻るぞ」
「……言っとくけど、事情に納得してないのは俺もクラマと同じだからな」
「ああ、分かってる。けれど、今は頼む」
ユートは無言でケラウスの肩を支える。
納得はいっていない。だが、無為にすることも出来ない。
そんな少年に、老人は声をかける。
「ユートよ」
諭すように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「老人や大人はな、未来のある子供をみると、過剰な期待をかけたくなるものだ。
だが、その期待にどう応えるかは、お主次第だ」
その言葉は、何故かユートの胸にすっぽりと収まるように吸い込まれた。
振り返ると、好々爺は穏やかに微笑んでいる。
けれど、瞳は笑っていない。
その真意は分からない。けれど、背中を押していることは分かった。
「……ありがとう」
そう、小さく返事だけをした。