幕間 15-0.5
その空間に足を踏み入れた存在は、まず最初に『白』と遭遇する。
人里離れた深い森の奥に、場違いな豪奢な館――その扉を開けた時に、目に入るのは『白』の景色。
白い壁、白い床、白い天井。丁寧に調度品も白で揃えられ、飾られている花も白。
足を踏み入れた人間は、白の世界の中で異物として浮かび上がり、言い知れない不安感に襲われる。
それは、オニ――シュテントにとっても例外ではなかった。
クラベ村での任務を終えた彼は、報告のために白の屋敷を訪れていた。
訪れるのは初めてではない。それでも、扉を開ける腕は重く、開いた先の景色を見て深く溜息を吐く。
「住居は清潔に保つべきではあると思うが、ここまで徹底されると逆に不自然さを感じるものだな」
エントランスで迎え入れる使用人も丁寧に白いメイド服で出迎えている。軽く挨拶をされただけでも、場違いな自分の服装を咎められているようだった。
オニは早足でエントランスを抜けると二階へ。やはり白で塗りつぶされた廊下を抜け、奥の扉へ。
「開けるぞ」
返事は待たなかった。鍵もかかっていない。
「……返事ぐらい待ってもらいたいのだが」
出迎えたのは不機嫌な声。
無骨な作業机の上で、難しい顔をしながら書類を眺める男。侵入者に一瞥もくれずに、淡々と目を通すとサインをして傍に置く。そして、また別の書類を手に取る。
声の主を一言で言うのなら、美男子であった。
肩まで伸ばした金色の髪。銀縁のメガネの奥にあるのは金色の瞳。細身で整った顔立ちは、無表情であっても色気がある。
そして、何より特徴的なのは長い耳――物語の中にある、エルフの耳そのものであった。
「シュテント、君が2秒でも扉の前で待っていたのなら、この見苦しい机の上を整理することが出来たのだが」
「それは言いことを聞いた。この屋敷に入ると整い過ぎていて気が狂いそうになる」
机の上に散らばった書類を見て、シュテントは笑う。
「これくらいの生活感がある方が安心できる」
長耳の男は勝利を適当に放り投げると、曖昧に笑った。
「まったく。それで、任務の報告に行かなくていいのかい?」
「行くのならお前の見解を待ってからでもいいだろう」
そう言うと、シュテントはクラベ村で確保したマナタイトを男に見せる。
男は手に取ると、目を凝らして確認をする。
指先が光、エーテルの反応を確認すると、静かにマナタイトを机の上に置いた。
「なるほど、アッダマスは一定の成果を出せたようだね」
「ああ、この呪法を解読すれば、我らも次の段階に進めるだろう」
「そうだね。その資料は」
「それはだな――」
そして、村での顛末を説明した。
最初は静かに話を聞いていた男も、最後には呆れ顔になり――
「つまり、君はウォール・マナタイトを奪うと言う欲を出した結果、貴重な魔導鎧を損傷させ、さらには資料の確保にも失敗した、と言うことか」
淡々と事実だけを述べているのだが、明らかに非難の色がある。
「はっはっは、お前がいつも言っている通りだ。自分はついつい欲を出してしまうのが良くない」
オニは屈託なく笑う。その清々しさには男も毒気を抜かれ、それ以上の嫌味は行き場所を失って胸の内にストンと落ちてしまう。
「だが、そのおかげで一つ分かったことはある」
一点、オニの顔に悪意が浮かぶ。
「アッダマスは、まだ生きている」
「……なるほど。彼ほどの魔法使いがそう簡単に死ぬとは思えなかったが」
「ああ、そして、一つ貸も作ってきたぞ」
◆◆◆
遠くエドンの地、北区。三つの影。そのうち一つが唐突に倒れる。
すぐに、少年の声が真昼の住宅街に響き渡る。
「ケラウスさん、しっかりしてくれ!」
少年――ユートの身体に寄り掛かるように倒れているのは、広野の魔法使い、ケラウス。
苦悶に歪む表情の下で、静かに呟く。
「ああ……わかってるよ……アッダマス」
絞り出した声は彼にしか聞こえていない――筈だった――