log 6. 無価値な私にできること
本エピソードには、精神的な苦悩や自己否定に関する描写が含まれています。読者の方のご気分を害する可能性がある内容が含まれておりますので、苦手な方はご注意ください。
「お前なんか人間のカスだ、死んでしまえ。」
父の声が、耳の奥に焼き付いて離れない。
「大学合格なんて当たり前だ。」
ねえ、お父さん。私、頑張ったんだよ。
「心療内科だと?そんなのちゃんとした医者じゃない。」
でも……私は――。
「同じ学校の〇〇ちゃん、オックスフォード決まったって話、お母さん聞いたわよ。」
……うん。
「いいわねー、それに比べてうちの子は…。」
ああ、そうだね。ごめんね。私、あまりできないから。
――死ぬ勇気もなくて、ごめんね。
◇◇◆◇◇◆
「なんだ、誰だ、異世界人を呼んだのは。もう戦争は終わったんだぞ。」
ざわめきが広がる。冷たく、刺すような視線。まるで、古びたガラクタでも拾ってきたかのように。
「だいぶ前の召喚が今になって作動したらしいです。」
「なんだと?使えるのか、この異世界人は。」
「魔力の波動は……微弱ですね。」
「どうするんだ。帰せないぞ!?」
何語だろう。ここはどこ……? さっきまでは家にいたのに。
「驚かせてしまい、すみません。」
英語……? 話せる人がいるんだ。
「すみません、今少し揉めてて、混乱されてますよね?」
混乱はしてる。でも――。
あの目線は、よく知っている。
私に失望する目だ。
ごめんなさい。
また役に立てなくて、ごめんなさい、ごめんなさい――。
◇◇◆◇◇◆
ハッと目を覚ますと、見知った天井だった。
どくどくと脈打つ頭をそっと押さえる。ズキズキと痛む額には、包帯が巻かれているのが分かった。
「……ここは……?」
先ほどまで、何をしていたんだっけ。
朧げな意識を辿る――。
そうだ。アダムさんの話を聞いていたら……アダムさんの魔力が暴走しちゃったんだ。
「目が覚めたか?」
低く、少し不安そうな声が耳元に響く。顔を覗き込むのは、アダムさんだった。
「すまない。一応、確認のために体を少し触った。あと……部屋にも入らせてもらった。」
視線をそらしながら、不器用に言い訳するような口調。
ここは自室……二階だ。アダムさんが運んでくれたんだ。
「医者も呼んだ。軽い脳震盪だろうとのことだが、念のためまた診察に行ってくれ。」
やっぱり……世話を焼かせてしまったんだ。
「……ごめんなさい。」
「なんでお前が謝るんだ? 謝るべきは俺の方だ。本当に申し訳ない。」
アダムさんが深々と頭を下げる。
「……やはり俺は、ほかの人間と関わってはいけない。」
沈んだ声。
「俺の魔力に、人間の体は耐えられないことがまた証明された。」
魔力の暴走はあまりないのだが……と、アダムさんが言葉を濁す。
「もうここには来ない。」
「……そんな、私は大丈――」
「壊れた備品も弁償するが、もうここには来ない。」
声は決意に満ちていた。
「その腕輪もだ。」
言われて気づく。手首の腕輪がひび割れていた。
「この腕輪が呪いを防いでくれたのが唯一の幸運だ……やはり、俺は皆に危害を及ぼす。」
そう言ったアダムさんの目は、寂しそうに揺れていた。
「部下を見舞いに来させる。それでいいだろう。」
「え、ちょっと待って――」
「下の部屋も掃除しておいた。壊れた備品は部下に伝えてくれ。では、失礼する。」
「待って!」
立ち上がったアダムさんの手首を掴んだ。驚いたように、彼が私を見下ろす。
「また来てください。」
「……正気か?」
「まだ治療の糸口すら見えていません。」
「だが……」
「『はい』、と言うまで手を離しません。」
「……。」
「人の役に立つことが、私の存在意義ですから!」
「……。」
アダムさんの赤い目が、私を射抜くように見つめる。
正直、怖くないと言ったら嘘になる。
――実際、私は怪我をしたのだから。
けれど、ここで引き下がったら、アダムさんとは二度と会えなくなる。そんな気がした。
彼の瞳には、今まで見てきた患者さんと同じ「救いを求める色」が浮かんでいる。
怖いからって逃げるのは簡単だ。でも――それじゃダメだ。
ここで食い下がらなければ、私の“プロ”としての意識も決意も、終わる。
しばらくの沈黙の後、アダムさんが深く息を吐いた。
「……考えておく。」
渋々ながら、頷いてくれた。
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