log 4. 診察開始
「よろしく頼む。」
アダムさんは無表情のまま頷いた。
「おそらく、いろいろ私生活についてもお伺いすることになると思いますが、答えたくない質問には無理に答えなくても大丈夫ですよ。」
笑顔は引きつっていたかもしれないが、患者の心の声を引き出すには笑顔が一番の特効薬だ。私は机の引き出しの中からカルテを取り出し、机の上のペンを手に取る。
「アダムさん、ですね。姓やミドルネームはお持ちではないんですか?」
この世界では、人間は家族の姓のほかに神様──つまり地元の教会から与えられるミドルネームがある。魔法使いは種族的には一応人間なので、一応確認しておく。
「ない。とうの昔に失った。」
もし悪魔に魂を売っているのであれば、家族との絆や神のご加護も失ったようなものだ。不思議ではない。
「わかりました。では、生年月日も空欄なのは……?」
「とうの昔に忘れた。今はおそらく700歳くらいだと思う。もっと長いかもしれない。」
高等部の頃に学んだ知識を記憶から引っ張り出す。魔法使いとは、神に祝福された聖女や精霊と契約する精霊使いとは異なり、悪魔に魂を売ることで悪魔と契約する。契約した者は呪いの力を手に入れる代わりに、世界の滅亡まで生き続けなければならない。そして、世界が滅びると同時に悪魔に魂を喰われるという。
生年月日欄が空欄なのも仕方ないことか。彼にとっては一年や二年の差など些事に違いない。そんな存在でも“心の病気”になるのか……と、少し意外に思う。
「では、本日ご来院いただいた目的をお伺いしてもよろしいでしょうか。」
「五年前から悪夢に悩まされて眠れなくなってしまった。同じ悪夢を繰り返し見るんだ。部下がずっと心配していたようで、半年前にできたこの心療内科を紹介してくれた。先ほど言ってたデュラハンがおそらくその部下だ。」
「あー、なるほど。ありがとうございます。」
デュラハンのニックさんのことだろう。彼は物忘れがひどく、時間管理が苦手で相談に来た患者さんだ。
以前のカウンセリングの際にも、「上司が優しいけど厳しい」と矛盾した泣き言を言っていた。アダムのことだったのか、と心の中で苦笑する。悪い人じゃないのかもしれない。実際、いまのところ私に危害を加えることもなく、コーヒーを飲んでいるだけなので、少し気を緩めてしまう。
「なるほど。悪夢を見て眠れないのは、お辛いですね。しかも……」
次の設問に目を移す。
「五年も症状が続いているとなると、相当身体への負担もあったでしょう。」
私はアダムの顔を観察する。
陶器のように白い肌、切れ長の赤い目。怖いほどの美貌だ。しかし、その目の下には確かに青黒い隈が残っていた。長い髪もところどころボサボサだ。
「もしよろしければ、どのような夢か教えていただけますか?」
「……。」
アダムがうつむいた。
「……わからないんだ……。」
「はい……?」




