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log 3. 魔法使いと問診票

 コートをコートハンガーにかけてもらい、診察室の椅子に座ってもらう。その間に暖炉に薪をくべた。私は一応、現世の日本から急に異世界へ放り込まれた際の代償として、微弱ではあるものの精霊の祝福をもらっているらしく、暖炉に薪をくべ、頭の中で火をイメージすれば簡単に火がつけられる。生活に役立つ程度の祝福ではあるが。ついでに暖炉にヤカンもかける。


 魔法使いが机に向かって座ったのを見計らい、私は声をかけた。


「ルメン語の読み書きはできますか?」


 戦争が終結して、はや五年。統合された人間と魔物たちの公用語は、人間が使っていたルメン語ではあるものの、話せはするけれど読めないという人外の方々が多い。


 魔法使いはうなずく。うなずいたのを確認し、私は羊皮紙を一枚差し出した。もっとも、私たちの世界にいるヒツジの皮で作られたものではなく、ムトンと呼ばれるヤギとヒツジを混ぜ合わせたような見た目の動物の皮だが、性能に大きな差はない。そこには、私のつたない手書きで質問が五つ並び、その後に〇×式で答えられる三問が続く。いわゆる問診票だ。



お名前:

生年月日:


<いかにご解答をお願いしたく思います>


α. 相談の内容をご記入ください。

β. 記入された症状はいつごろからありますか。

γ. 家族構成について教えてください。

δ. 配偶者について教えてください。


ε. 現在の生活について教えてください。

Ⅰ 夜は眠れていますか。〇×

Ⅱ 食欲はありますか。〇×

Ⅲ 体調に異常はありますか。〇×



 私の拙いルメン語ではあるものの、高等学校のルメン語教師に見てもらった内容なので、言語的な誤りはないはずだ。机の上にすでに置いてある羽ペンを取るよう促し、魔法使いがペンを走らせ始めたのを見届けてから、私は診療所の奥にあるキッチンへと引っ込んだ。正面でじっと見つめていては、集中できないだろう。



 ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ 


 異世界に転移して苦労したことをランキングにするなら、一に言語の壁、二に異文化間コミュニケーション、三に食の違いだと思う。

 食という点で一番困ったのは、コーヒーもココアもないこと。ここでは、生水があまり衛生的でなかった時代の名残から酒を飲む人が多く、案の定コーヒーなどは存在しない。私はむせび泣いた。カフェインがないと死んでしまうのに、どうすればいいのか。異世界に転移して最初の三か月、言語を早く理解したい一心で勉強に明け暮れつつ、ほかの異世界転移者の日記や遺物などが収納されている書庫に足繁く通った。


 そこで、ようやく見つけたのだ。おそらくスペイン語で書かれた資料に、コーヒーの代替品になる草が挿絵つきで記されていた。タンポポに似たダンデ草を火であぶり、それを粉末にすれば簡易コーヒーの完成らしい。しかも、庭でも普通に見かける雑草だ。あっぱれ、異世界。


 このコーヒー亜種は意外と患者様に好評で、私はよく出している。最初は蜂蜜を入れて飲む人が多いが、しばらくするとブラックの虜になるのだ。

 キッチンでインスタントコーヒー亜種の粉をマグカップ二つに入れながら、魔法使いがこれを飲むのだろうかと考える。マグカップを持つ手が震えているのは無視をした。


 キッチンの流しの下に置いてある防御魔法付きの腕輪を身につけておく。これは転移した際、国王にほぼ強引に押し付けられたようなもの。攻撃魔法には効くそうだが、呪いにはどうなのだろう。まあともかく、ないよりはましだ。手の震えもこれで止まってくれるといいのだが…。そんなことを思いながら装着し、診察室に戻る。



 ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ 



 キッチンの奥でごそごそしている間に問診票を書き終えているかと思いきや、魔法使いはまだペンを置いていなかった。対面の椅子に腰を下ろし、さりげなく覗き込むと、四問目の「配偶者について教えてください」という項目で筆が止まっているようだ。気に留めつつも、私はマグカップを机に置き、ヤカンを暖炉から下ろしてお湯を注ぎ込む。匂いにつられ、魔法使いが顔を上げた。


「なんだ、それは」


「私はコーヒーって呼んでます。飲まれます?」


 魔法使いはしかめっ面をする。


「そんなドブのような色の飲み物を? 毒じゃないだろうな?」


「患者さんたちには概ね好評ですよ。この前来たデュラハンの患者さんなんて、どうやって飲んだのかわかりませんが、おいしいと言ってました。」


私はなるべく平常に聞こえる声を保ちつつ答える。


「……そうか。頂こう。」


「蜂蜜はいります?」


「もらおう。」


 意外と甘党かもしれない。

 魔法使いは少し躊躇いながらもコーヒーを飲み干すと、安堵のため息をついた。


「うまい。」 


「よかったです。」


 暖炉がぱちぱちと燃える中、コーヒーのおかげで気分が落ち着いたのか、魔法使いは再びカリカリと問診票を埋めはじめる。私は様子をうかがいつつも、走る心を抑えるために『植物大全』を捲った。


 ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ 



 三十分ほど経っただろうか。魔法使いがペンを戻し、紙を私に手渡す。私はそれに目を通した。



お名前:アダム

生年月日:


<いかにご解答をお願いしたく思います>


α. 相談の内容をご記入ください。

 眠れない。同僚に勧められた。


β. 記入された症状はいつごろからありますか。

 五年ほど。


γ. 家族構成について教えてください。

 知らない。


δ. 配偶者について教えてください。

 いない。


ε. 現在の生活について教えてください。


Ⅰ 夜は眠れていますか。 ×

Ⅱ 食欲はありますか。 ×

Ⅲ 体調に異常はありますか。 〇



 これだけ見ると、うつ病か何かしらのトラウマを抱えているのだろうか――そう考えを巡らせる。しかし、話を聞かないことには始まらないのが心療内科というもの。ともかく情報が少なすぎる。


「では、いくつかご質問させていただいてもよろしいでしょうか。」


 そう言いながら、私はアダムに向き合った。

要約問診票書き終えた


レビューくださると泣いて喜びます。

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