log 2. 危険な魔法使い
「魔法使いは危ない人たちです。」
異世界へ転移したあと、まずは文字を読めないと詰むと思い、日本の義務教育に相当する知識は欲しいと国王に直談判した。家庭教師をつけてもらえると期待したのも束の間。なぜか放り込まれたのは国家直属、貴族子息のための幼稚舎。五~六歳の子どもたちと一緒に学ぶ羽目になり、そこで習った教訓の一つがこれだ。
「魔法使いとは悪魔に魂を売った人です。すなわち、近づいてはいけません。」
なぜか子どもたちと一緒に座っている“アラサー初等部生”である私にも臆せず接する先生は、さすがプロというべきか。先生は子どもたちを床に座らせ、絵本の中の魔法使いの挿絵を指しながら、ゆっくりと読み上げる。
「葉月ちゃん、怖いね。」
英語と文法構造や単語が似ているとはいえ、これは完全に異国語で、別段英語も得意でない私には厳しい。必死に先生の口の動きを目で追っていると、隣のさりなちゃんがひそひそ声で耳打ちしてきた。幼児特有の舌足らずな発音に加え、まだ習得一年目の異世界語(ルメン語というらしい)のためかなり苦労したが、表情のおかげもあってなんとか聞き取れた。
絵本の中の魔法使いの目には、星のマークが浮かんでいた。
◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆
絵本の悪役である魔法使いが、今まさに目の前に立っている。絵本に描かれていたように光のない赤い目、星形の瞳孔――。
「甘言で誘惑し、人を同じように堕落させる。人を呪い殺すこともできる。何をしでかすかわからない。」
先人の異世界転生者のメモにはそう記されていた。ほかの手記には「戦場で仲間の五臓六腑を引き裂いた」とも。
手の震えが止まらない。たしかに“人外の患者様も診療します”とは謳っているものの、こんなひっそりとした診療所に本当に魔法使いが来るとは思わなかった。
魔法使いは口を一文字に結んだまま、まるでカエルを睨む蛇のように私を観察している。
「失礼した。」
そう言うと、魔法使いはローブのフードをかぶり直し、踵を返した。帰ろうとしている。
「待って!」
思わず手をつかんでしまった。恐怖で頭の中はごちゃ混ぜなのに、あまりにも悲しそうに目を伏せるものだから、つい体が動いてしまったのだ。
「お悩みがあるんですよね? お話は聞きます。」
魔法使いは、握られた手首をぎょっとしたように見つめている。
「しかし……。」
「先ほどのご無礼、お詫び申し上げます。魔法使いのお客様は珍しくて、つい驚いてしまったんです。」
三百年にも及ぶ魔族と人間の戦争は、今や和平で終結したものの、根強い偏見はまだ消えていない。私自身、転移先であった人間側の教育を受けてきたから、その偏見をもろに引きずっている自覚はある。戦争で心を傷つけた者たちを種族問わず救うために、この診療所を始めたのに……ここで帰してしまってどうする。しっかりしろ、鈴木葉月、三十三歳!
「とりあえず、中へどうぞ。夜はまだ寒いですし、暖炉に火を入れますから。」
そう言って、半ば引きずるように魔法使いを中に入れてしまった。強引だったかもしれない。……反省。
全然物語が進まない(自分のせい)




