3.私が一番愛してるっ!
「私が一番愛してるっ!」を手に取ってくださりありがとうございます。
こちら、作者の卒業制作作品となっております。
短編小説で全5作品で一つの作品となっており、こちらの作品は「だけど、」というものになっております。
読了致しましたら、感想をいただけますと幸いです。
そちらの感想は卒業制作の報告書内で感想例として提示させていただく場合がございます。
秋、11月某日。18時58分______
あと少しで、結果が出る。貴方に会えるかどうかの。この日のために、たくさん、たくさんバイトして、お金稼いで、学校も行って、顔面綺麗にしてるんだから、ほんとに結果が出てくれないと困る。
はぁーーーーーーーー神さまっ!お願いだから、当選よろしくっ!
バイトの休憩中、トイレで両手で祈るようにしながら、前掛けをした居酒屋の店員は目をつぶる。
彼女の運命の時間、19時になりスマホに一通のメールが届く。彼女はすぐにメールボックスを開き、結果を確認する。今日は彼女が熱狂してやまない彗くんが所属するStarlightの春のライブツアーチケットの当落発表の日であった。彼女の趣味という趣味はStarlightに全振りをしている、現代でいうところの”オタク“である。そのためもちろん、ライブの全日程応募していた。今回の選考はファンクラブ先行になっており、通常の抽選より母数が少ないため当選していて欲しい気持ちがとてもつよいが、何せStarlightは今を煌めく人気急上昇中のアイドル。多くは望めない。1公演。2公演当たっていたらなんて少し、強欲に出てもこれぐらいでない現実との落差が怖くなるほどだ。彼女が該当のメールの内容を閲覧していると、スクロールする手が止まる。
え…嘘、でしょ…。
なんて、声が外に漏れるぐらいには絶望していた。そのメールから告げられたのは彼女の願いとは打って変わった全日落選。本当にファンクラブ先行なのか疑わしいぐらいにメールの上文にも各日程の選考にも“落選しました”の文字。何回見せれば気が済むのだろうかと疑いたいぐらいに念押しされてる。彼女はこの事実から目を背けるため、SNSを開く。“おすすめ”を表示しているタイムラインには「当選した~♡会いにいくね(chu)」という文字とともに”当選“の文字がある画像を載せている。他にもいくつか当選の文字や歓喜のつぶやきを見て、彼女は怒り心頭だった。ここからの彼女の動きは速かった。当落について言及している人を調べ上げ、彗くんのことを好きだとかほざいている人間を全員ブロックした。検索に引っかかった場合、当選も落選も関係なく。他の方が好きで当選の方も同様の措置をとろうか迷ったが、何かあった時に助けになるかもと踏みとどまった。
一仕事終えて、心身ともに疲れたがまだ今はバイトの休憩時間。そろそろ、再開である。仕事に戻るためにも、彼女はトイレから出て、身だしなみを整えた。よし、次のオフィシャル先行のために徳積むぞ!なんて気持ちで夕食どきの戦場へ向かった。
彼女はアイドルグループStarlightの彗のことが好きである。
これは、現代の”推し活“なんかとは違う。という、過激な想いを持っているのが彼女だ。確かに、はたから見ればタイアップに喜び、グッズをたくさん買って、CDを積む行為をしている人間である限り他のオタクと変わらないかもしれない。が、しかし、彼女は”彗”をそんな軽い気持ちで見ていない。このような書き方をすると”推し活“と言うものをしている人から反感を買うかもしれないが、実際彼女は彼を敬愛ではない愛情を持って見ている。
だからこそ、先ほどのように同担*を排除したり、数ヶ月前の共演女優との熱愛報道を見て過剰に反応し、リストカットをしたこともあった。時には過剰な反応を見せるものの、彼女の信念に“彗くん及びStarlightに迷惑をかけない”と言う信念があるために、不満を外に出すためだけのSNSアカウントは存在しないし、害悪リスナーには近づかないことも徹底していた。それでも愚痴は溜まるため、その時は現実の友達に聞いてもらうことで発散していた。
(*同担 アイドルグループなどにおける自分と同じ人を応援している人の総称。「同担拒否」とは自分と同じ人を応援している人を嫌う人の事。)
2月中旬、ライブまで後1ヶ月を切った。今日は最後のチケット争奪挑戦日。先着販売である。この後は、高額転売屋から買うとかそういったものしかできない。彼女は高額転売を悪とするStarlightの事務所に迷惑をかけたくなかったし、他の人間に渡ったという事実に嫌悪感があるため、その類には一切手をつけたくないと考えていた。
11:58
自宅に一人。目の前の机にはスマートフォンもパソコンも準備バッチリである。チケット購入ページへのログインも、ページの複数タブの用意も、個人情報のコピーの用意も、時報の準備もできていた。心臓がドキドキと彼女の心を捲し立てる。時報の音が遅く聞こえる。
“”午前十二時ちょうどをお知らせします。 *、*、*、*----“
三個目の電子音から彼女はスピードフルスロットルでパソコンを触り始めた。回線が悪い場合はスマートフォンに持ち替えたり、タブを変えたり。本当にこの時間は戦争だった。
悪戦苦闘の末、彼女はStarlightのライブに行ける権利をもぎ取った。声にならない叫びと現実とは思えない出来事に手は震えっぱなしである。
「やっと、初めてライブに行ける…!」
これまでは会場が小さく落選してしまったり、日にちが合わなかったりで現地参加ができていなかったが、今回は違う。自分も彗くんと同じ空気を吸える。生歌が聞ける。それだけで嬉しかった。
感動冷めやらんなかではあるが、時間が経過したことで現実味を帯びてきた事実にウキウキしながら、SNSに
”先着とれた〜♡嬉しすぎる!彗くん!3月会いに行くね♡“
なんて投稿し、友人にも
“チケットとれた!勝っっっっっっっったぁぁぁぁぁぁ!!!”
なんて女子力のかけらもないメッセージを送り、幸せに浸っていた。
数日後、メッセージをおくった友人と会う機会があり、カフェでお茶をすることとなった。外は木枯らし吹いていて、ライブチケットの発券という大事な用事がなければ外にでていないだろうなってぐらいの寒さであった。彼女はキャラメルマキアート、友人は紅茶を飲みながら談笑していた。
「チケット争奪、勝利おめでとう。念願だね。」
友人は紅茶にシュガーとミルクを入れながら、つぶやいた。やっと話題来た!なんて、喜びながら、彗くんの話を彼女は持ってくる。
「そうなの!生彗くん!!!やっと会える〜♡座席まだだから双眼鏡とかも準備しないとなんだけど、本当に楽しみ〜」
カバンからついさっき印刷してきたチケットを見せながら満面の笑みで呟く。本当に笑顔が溢れて止まらない彼女に友人は微笑み返す。あと1ヶ月ないなかでの準備は忙しかったが、彗くんにあえると考えると彼女にとって苦ではなかった。
「なぁ、一つ心配なんだけど大丈夫なの?ライブって色んな人くるから、その、彗くんのこと好きな子もいると思うんだけど…その、目に入れない準備というか。絶対目に入っちゃうとは思うけど、意識しないようにする準備というか。」
ライブに行く彼女に気を遣って、言葉を選びながら話してくれているのが彼女にもわかった。しかし、全てを見て見ぬ振りしていた彼女には大打撃であった。友人の言葉を聞いてから、急に現実を見た彼女は思考停止して放心状態になってしまった。キャパオーバーだ。SNSだけでも、躍起になって彗くんのことが好きな人を消しているのに、存在抹消のできない現実世界で対面したらと考えると自分の黒い部分が溢れ出ることは容易に想像できてしまったからだ。
「…楽しい気持ちに水さしてごめん。ただ、多分、それ、大事かなって思って…。結構重度な同担拒否なのに、現地行くって…いつも運営に迷惑かけたくないって言ってるし、心配で。ほら、レスとか、他の子がもらってるの見るの嫌だと思うの、あと、愛はお金じゃないっていうし、あんたの上なんてそうそういないと思うけど、グッズ量とか…結構気にするでしょ?そういうので、嫌な気持ちたまって自分から害悪ファンになりたくないだろうから自衛してるのかな。ってただ単純に気になって…。ごめん、ね。」
本当に彼女のことを第一に考えて言った言葉であるとわかる優しい語りかけだった。思考放棄した彼女にも少しずつだが伝わり、現地に行くことについて対策しようと決意した。
「あり、がとう…考える…」
冷えたキャラメルマキアートのカップを握り、そう呟く。最後の一口を飲むと、最初より少し苦いような気がした。
_____現地に行くと、同担に会う。
家に帰ってからすぐ、彼女は1人で考えた。これは私にとって何よりも大きな事象である。
ホテルもヘアメイクも現地に持って行くグッズやうちわ、ペンライトも全部準備はしたけれどそれだけは見逃せなかった。
絶対に視界に入るのに存在を消せるわけない…。
物理的に消せば警察行き、いないものとみなすのも至難の業、殺傷事件を起こさなくても運営に迷惑をかけるような事象をしそうなのは目に見えていた。しかも、遭遇するのはライブの時だけではない。現地に行く交通機関、会場物販、会場回りでの待機時。今思い出せる限りでもこれだけ機会があって、何百人と同じ場所にいるのだ。私に直視できる気がしない。
ここ1週間、ずっと。このことについて考えた。
こんなにも彗くん以外の人間について考えたのは、彗くんに出会ってから初めてだ。
このことについて考えていると、気分が落ちる。そのためか、どんどん食欲が落ちて、バイト先の先輩から心配されるほどにやつれていた。
行きたいけど、行ったら迷惑かける。
私なんかが、行っていい場所じゃないかも。
彼女は寝そべってずっと思案していた。
あんなに、ライブについて考えれば考えるほど楽しみだったのに、今では考えることが億劫で。でも、迷惑はかけられないから対策を考えられずにいる自分が嫌で、自分は行くべきではないと考えるほどになってしまった。
…行くの、やめようかな。
値段は適正価格、SNSのフォロワーさんで、チケットを持ってないけど行きたいって言ってる方いたし。空席を作って彗くんを悲しませることは多分ないし。
どうしても、自分の会いたいという気持ちより、彗くんに迷惑がかかることを避けたい気持ちが勝った。
「「
すみません。FF優先にはなるのですが、チケットお譲り先を探しています。
急用でいけなくなってしまいました涙
【譲渡】 Starlight 1stLive tour "Spring party" 東京昼公演 3/xx
譲 東京昼公演1枚
求 定価+送料
・郵送のみ可能
・電子決済、銀行振込可
」」
少し優しい嘘を混ぜつつお譲り定型文を書きながら、彼女の目から涙が溢れてきた。このまま、こんな気持ちで彗くんを好きでい続けるなんてできるのかな…。
とことん落ちた気持ちは上がることがなく、際限なく沼のようにズブズブと落ちていく。考え始めると止まらない。
お譲りを出して、また考えて、涙を拭いて。そんなことをしていたら、5分も経たずに譲渡先が決まった。
落ちていく気持ちを引きずっている中、友人からメッセージが来た。彼女は自分がライブに行くことを危惧してくれた友人に感謝しているようだ。行っていたらきっと、社会的に死んでいたと思いながら。
友人にはライブ不参加の旨と彗くんをこのまま好きでい続けることへの不安を吐露し、寝れない夜を過ごすことにした。いつもなら聴いて寝る、Starlightの曲を聴かずに。
***
朝起きると友人からメッセージが入っていた。
“そっか、自分で決めたことには何も言わないよ。好きで居続けるのも自由だし。でも、悩んだことがあって、話したくなったらいつでも言って。心配だから。”
と、今回のことに関して真摯に向き合った文をくれた反面、
“てことで、私が最近気になってるグループ送っとくから!気が向いたら見てみて!”
と180度変わった対応を見せる。気落ちしてる人間に送るのはいかがなものかと思いつつ、彼女は動画を開く。
それは、とても明るく今の彼女を肯定し、支えてくれる音楽だった。"好きな気持ち大切にして"とか"相手のことを思える君は最高!"なんてまるで彼女自身のことを見てるかのような歌詞に今日もまた彼女の涙が頬を伝った。彼女はその曲をリピートして今日もまたバイト先へ向かった。昨日の自分とは違い、ちょっとだけ自分を好きになれたような顔をして。
バイト終わり、彼女はその曲をリピートするだけに飽き足らず、他の曲まで聴き、さらにはメンバーについて調べるまでになってしまった。紹介されて一日も経ってないのに。情報を集め、曲を聴いているうちに少しハスキー声を持つ太陽くんに一目惚れならぬ、一耳惚れをしてしまった。バイトの帰り道も、帰ってからもずっと自分の追えていない彼らの情報を漏らさず掴み取ろうと懸命に探した。彗くんのことは考えもしなかった。
数日が経ち、あれだけ病んでいた彼女は完全復活を遂げた。もうStarlightの存在すら気にしなくなっていた。Starlightグッズは譲渡やフリマアプリ、中古ショップに全て売りに行き、ライブのために予約していたものは全てキャンセル。Starlight用のSNSアカウントは削除して、新たに太陽くん改め、どりーむ♡ぷらねっとのアカウントを作成して愛を伝えている。同担のSNSアカウントをブロックしながら。
短編小説集 好《HAO》3.「私が一番愛してるっ!」を読んでくださりありがとうございます。
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