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第十九話 勇気

「駄目よ! 此処は通さないわ!」


 少女が広々と手を伸ばして立ち塞がる一歩先は、かの燦々とした光輝く先代の地獄と思しき大広間。


「だって、だって初めて出来たお友達なんですもの‼︎」


 お淑やかさを保ちつつの怒号を喧喧囂々と飛ばす。


「ありがとう、嬉しいよ。でもね、僕はきっと此処で逃げてしまえば、全てを失ってしまうから」そう明るみに大地を踏み締める第一歩を踏み出すとともに身を包んでいた黒きローブを派手に脱ぎ捨てた。


 宙に舞う布から垣間見える、少女の物憂げな姿。


「君のこの街への想いも僕の世界への願いも、踏み躙るつもりは無いよ。だから、安心して見ていて」


 そして、


「居たぞっ‼︎」次々と一人の呼応を迎えにゆく者達。

緩やかに一瞥する最中、武器を手に迫り来る瞬間、

「直ぐに終わらせるから」

先代は脱兎の如く吹き抜けから飛び出していった。


 脱走者を歓迎する刃を振り翳さんとする群衆を、針穴に糸を通すように紙一重ですり抜けていき、向かい合う、先の最も雄々しい青年との視線と肉体。


 間。


 振り下ろされていく刃を目で追いつつも、傍らの木の椅子を颯と小脇に抱え、盾さながら眼前に翳す。


 そのまま猪突猛進で大きく一打の構えの青年の、ガラ空きの懐へと掻い潜ろうと突き進んでいった。


 だが、体勢を崩すことはおろか、慧眼さを披露し、徐に一歩後ずさりながら剣を弧に描き放った。


 再び握りしめて、容赦無く椅子ごと斬り裂く中、【ゴーストナイフを召喚】し、迎え撃とうとする。


 その理不尽たる刃を出現する妙案が裏目に出た。


「っ⁉︎」


 緋色の鮮血が多分に噴き出され、血反吐と朧げに霞む視界が行く道を遮ろうとするも、辛うじて躱そうとした反り腰が死を回避し、布石が煌々と輝く。


 一条の光芒が青年の体を巡っていき放たれた、光の道筋の行く先へと忽然と先代は背後に仁王立ち。


「っ!」


 そっと背に添えた掌から【何を召喚しますか?】そう冷徹に息吹くステータスとやらの当然の提案。


「兄さん!」


 少女が吹き抜けから声を荒げて、意識が逸れる。


 双方。


 青年は無謀にも等しく裏拳を繰り出し、難なく身を屈んで避け、またしても交わされる異なる視線。


 一人は被食者として、もう一方は捕食者として。


 次の肘落としが頭上に迫っていく真っ只中、先代は腹筋の割れた丹田を小突き、瞬く間に巡らせた紫紺の陣が鈍く光り輝き、勢いよく吹き飛ばされた。


 完全勝利を遂げても悠然と青年の無様な姿を目の当たりにして尚、後に続く怒涛の猛攻が眼前へと。


 片膝を突く的を横薙ぎにせんと前屈みに振るい、便利な足場が生じたほんの僅かな隙に魔法陣再び。


 時を忘れてしまうような速さで駆け抜けていく。


 それは難なく回廊へと辿り着き、夢のように移ろいでいく光景が延々と続くかに思われた矢先、扉。


 堅牢無比なる面持ちの鉄扉を無意識に踏ん張りつつ重ね掛けしたであろう紫紺の魔法陣で足蹴にし、造作もなく突破した瞬間、長との邂逅を果たした。


「初めまして、貴方がこの街の長ですか」息を肩で荒々しく切らしながら、身体中を響かせる心臓の鼓動が、次第に茫漠とした生への実感を直面させた。


「き、貴様っ!」


 直様、霧散させた刃とは対照的に近衛兵が槍の鋒を突き出しながら駆け寄り、すかさず釘を刺した。


「此処の人達は対話を求める相手に刃を向けるんですね、だからこんな暮らしを強いられるんですよ」


「貴様ァァッッ‼︎」


「辞めなさい、不敬に当たりますよ……」


 彼等の露出した逆鱗に触れつつも何とか話し合いの場に強引に持ち込み、二人は対等に言葉を交わす。


「ハァ。貴方の娘さんは立派でしたよ。こんな隅っこで偉そうに判断する貴方と違ってっ……ゴホッ!」


「っ!」


 目を大きく見開かせ、静かに心をかき乱される。


「誤解を与えてのなら、訂正致します。むしろ彼女は与えてくれたんです、僕に立ち向かう勇気を。だから、貴方方とは違って、たった一人で誰も殺さずに死に物狂いで来たんだ。同類として扱われたくも無いから。でも、そんなに望むのであれば仕方ない。きっと此処はそういう世界なんだから、まぁ、僕が本気ならもうとっくに殺ってる、あの子もアンタもこの街の住民も、何もかも。それを見越した上で、貴方に条件を提示致しますことをご理解ください」


 大地に頻りに滴り落ちていく無数の血液とともに臥せる間際になりながら、凛と言葉を馳せていく。


 互いの限りなく譲り合える条件を差し出した。


「僕は此処からこの身の五体満足での脱出を――」


「我々には外界の情報と街の秘匿を条件にですか」


「えぇ」


「しかし、口約束程信用出来ぬものはありません」


「そう仰ると思いましたので、最後にこれを……」


 先代が差し伸べた最後の決定打たり得る、一手。


「此れは?」


 それは皮膚全体にまで張り巡らされた悍ましい紫紺の光を帯びた鎖姿の呪印に塗れた片腕であった。


「僕と契りを交わしてください。決してこの場の全ての情報を他者に漏らさぬという完全なる誓いを」


 先代の自己犠牲を露わした暴挙に一驚を喫した。


「……わかりました。では、早速、帰還の準備を」


「し、しかし!」


「我々は生かされたのです。彼の寛大なる心によって。それでもまだ、貴方は牙を向けるのですか?」


「いえ、とんでもありません」


「もし宜しければ、最後に宴に来られませんか?」


「えぇ、よろこんでぇ」


 そのまま脱力感に見舞われ、床に倒れ込んだ。


「すか!――ぉぃ! ――ぉ‼︎」

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