第十八話 選択
雑音ばかりが谺する仄暗さに覆われた回廊を壁掛けされた松明の灯火を頼りに、淡々と進んでいく。
同様に漆黒のローブを身を包んだ先代は傍らの不規則な歩みの少女とともに挙動不審に周囲を見回す。
あくまで視線だけをキョロキョロと動かし続け、不安げな先代が頻りに少女へと視線を送れば、「大丈夫よ……まだバレてもいないから」そう告げた。
「うん、解ってるよ」
「なら、どうしてそんなに怯えているの」
「君が死んでしまうんじゃないかって思ってるだけさ」
「あら、ありがと」
「王女様‼︎」短兵急に駆け寄る兵士から飛ばされた。
「先程、投獄した囚人が逃げ出しました! 安全な場所へ避難を! 私が先導致します故、御早く!」
少女は口を閉ざしたまま先代と視線を交わし、純粋な笑みと素知らぬ顔を織り交ぜた面持ちを見せ、「平気よ、他の兵士の方々の応援へ向かいなさい」
「しかし!」
流れるように頬を色合いをすり替えて振り返り、「私はこの方と共に避難場所に行きますから。彼なら何があっても絶対に守ってくれますわ。ねぇ?」
心を惑わす魔を込めた瞳で一瞥する。
「っ、はい、御安心を」
「ほら言ったでしょう、早く行きなさい」
「……承知致しました、くれぐれもお気を付けて」
「貴方もご武運を祈ります、決して死なないで」
「ハッ! 失礼します!」
先代の心は張り裂ける寸前に迫っていたが、口達者の芸当披露が功を奏して、辛うじて切り抜け、響き渡っていた足音が消えゆくのを鼓膜に届かせ、ホッと胸を撫で下ろすのを尻目に少女は微笑んでいた。
「き、君、ちょっとおかしいんじゃない?」
「フフッ、そうかしら? 私が窮地に陥れば、貴方が守ってくださるんでしょう?」
「守らなくても大丈夫そうだよ」
「そうね、こう見えても、結構強いのよ」
「君が自分をどう見ているのかサッパリわからないけど、早く行こう。この時間が勿体無い」
「えぇ」
彼らは再び、地上への道のりに歩みを進めていった。
「度々、聞くようで悪いけど、何故、ここまでするんだい?」
「それは何処まで突きつけてもとても簡単な話よ。みんなの為に尽くしたい。私が幸せになれるように」
「そ、っか……」其の一言が道の先に深淵を下ろす。
その後も愚直な少女が喉から手が出るほど欲する、織り交ぜられた虚構と真を小出しに見せびらかせ、最も肝心な要点は己の懐に擁していた。
「これで終わり、よね?」
「……」
「そう、じゃあ、此処でお別れね」
遂に一縷の光を宿した出口への扉の兆しが垣間見え、其々の歩みはまるで異なる形に進んでいった。
一人は立ち止まり、もう一人は光に歩んでいく。
そして、無機質さえ音を閉ざした沈黙が訪れる。
「どうしたの?」
「……」
「行かないの?」
「わからない」
先代は躊躇っていた。
目的地を前にして完全なる立ち往生で狐疑逡巡。
「早くしないと‼︎」扉に手を添えながら気を飛ばす。
「もし、もし君たちがこの情報を信じなければ、どうなるんだ?」解り切った答えをふと投げ掛ける。
それを咀嚼嚥下、反芻するまでも無く、返した。
「きっと偵察隊が外へ出ることになるでしょうね」
「そうだよね、当たり前のことだ」
踏み出さんとする最後の一歩は地に繋がれたまま、きっと、きっとあの火葬隊を鎧の姿を思い浮かべている。それは誰にでも想像に難くない……だろう。
「逃げるチャンスは今しかないんだよ⁉︎」
「わかってるよ、それでも僕は、僕は君に――」
「……」緩慢に決して弛む事なき掌は手放された。
「行かなきゃ」
曇りなく告げた一片の迷いも無いたった二文字の言葉は、自然と少女の強張っていた頬を緩ませた。
それは出会った時から目にしたどの笑顔よりも。




