第十六話 ユージュアル大森林の残酷さ
「もしかしてあれ?」
「まだあれから二日も経ってないってのにまたかよ。ったく、もう少し休ませてくれよ」
「体はどう?」
「うーん、ちょっと此処の食事が合わなくて」
噎せ返るような色濃い緑で溢れ返って生い茂る草原で生き残りの生徒らが何やら不安げに騒めていた。
「注目ッ! 私語を慎め! 隊長からのお言葉だ‼︎」
木々の外壁を剥がし取って築き上げられた台に、黄金色に輝き降り注ぐ陽光に反射された、不相応にして絢爛豪華な肩章を身に付けし隊長らしき者が立ち上がり、周囲を緩慢に見回すと、言葉を馳せる。
「良いかァッ、貴様ら! 我が背に広がるユージュアル大森林で己の甘ったれた精神と肉体を研磨し、今こそ存亡の危機に立たされたパクス大国への忠誠心を示し、その呪われた身を最後まで捧げるのだ‼︎」
押し寄せる激流の如く波を伝播させんと意気揚々と檄を飛ばすも、生徒は依然として沈黙を続けた。
あまつさえ、金属鎧に讒謗と杞憂が漂う羽目に。
「何言ってんのよ」
「偉そうにしやがって」
「テメェらが無能だから俺らが呼び寄せられたんだろうが」
「見た目ばっかり着飾りやがって」
「あの鎧を俺たちに寄越せって話だろうが」
「……以上だ」背を丸めて粛々と壇上から去った。
「では、適性と相性の観点を重視した2人1組の編成にし、各々の訓練及び自然を生き抜く術を学べ! 先ずは出席番号、8番と15番!」
「……」
「……」
「返事をしろ! そして、前に出ろ!」
「へいへい」
「は、はい!」
まるで対照的な二人が大森林前へ進んでいった。
「誰と組まされるんかね」
「少なくとも――」徐に先代たちに視線を向けた。
「……?」
「足手纏いとは勘弁だな」
「ハッ、同感だな」
「気にするな、ただの自惚れだ」傍らで囁く友人に小言を漏らす者たちから視線を切って視線を流し、「うん」淀み切ったため息とともに小さく頷いた。
「次、30番と8番!」
「ほら、お前の番だぞ、行け」
「う、うん」
チラチラと泳がす視線ながらも必死に直視する。
微かに物憂げで厳かな面持ちを浮かべた友人へ。
「大丈夫だ、いざとなれば、お」
「早くしろ! 何をやっている!」
「じゃ、また後でな」
「うん」
淡く角張りつつも悠然と大きく一歩、踏み出した。
友人と別れてから兵士が樹木に凭れ掛かって、武者震いが芽吹く草花をも戦がせる生徒と横並びに。
「あ、あの」
「まだだ、黙ってろ」
「は、はい」
「……大丈夫?」
「え? あぁ、うん……ちょっと慣れてなくって」
「黙れと言うのが聞こえなかったのか」
「このまま進めば、生存確率が下がるんです。もしそうなったら、それは貴方の責任に繋がるのでは?」
「っ、好きにしろ、ただ喚くなよ」
「有難う御座います」
長きに渡る瞬く事なく続く鑑賞に目が濁ったのか、先代の姿が頼もしく見えてしまってならない。
「大丈夫だよ、絶対に死なないから」
「そ、そうだよね」
「うん。それにいざとなれば、僕達にはステータスがあるから。もし、何があってもきっと勝てるよ」
「はは、だよね。うん。そうだ、きっと」
「少しは落ち着いた?」
荒々しく乱していた息は次第に落ち着きを取り戻し、死相の浮かんでいた頬は血が通い始めていた。
「時間だ、行くぞ」
「はい!」
「……」
だが――。
先代の心の内はそう穏やかなものではなかった。
ほんの一瞬映し出された【????????です。世界マップ未開拓地――現在の進行度は0.03%です】
「俺から二馬身以上、離れるなよ」
「はい」
「……」
「これは貴様らを気遣ってでは無く、此処で逃げれば脱走扱いとなり、俺に責任が背負わされるからだ」
「はい」
余計な一言が無駄に場を乱しつつも、淡々と様々な生物が息吹く色鮮やかな大森林へと進んでいく。
毒々しい見た目を周囲の何の変哲も無い蔓や岩壁に溶け込ませ、人をも溶かす二枚開きの食虫植物。その頭上の影を生んだ兵士をも上回ったカバエに、
背から遥か先の幾重にも重なる木葉がさわさわと擦れ合う樹木から絶えず虎視眈々と窺う、謎の視線。
此処は確か……。
そんな答えへと辿り着かんとした思考を遮るようにして、更なる皆を覆い尽くした両翼を広げる影。
咄嗟に見上げれば、人喰い吸血蝙蝠が鮮血に染まった淀み無き瞳と黄ばんで鋭利な牙を「ギギィッ‼︎」と、けたたましい咆哮とともに兵の眼前へと迫る。
鈍色に眩く輝く鎧が眠りを妨げてしまったのか、酷く怒りに燃え滾って喰らい付かんと襲い掛かる。
「チッ! おい、援護し……」兵の首が宙に舞う。
斯くも呆気なく、無様に太陽を燦々と反射して。
「え?」
「っ、ぁ!」
慌ただしく一瞥しながら鞘から刃を払っていた兵士を標的と定めていたのは、それだけでは無かった。
疾風迅雷の如く、横取りのシャープシェイター。
さりげなく可食部分の多い下体を後ろ足で鷲掴みにした蝙蝠に低く喉を鳴らし、完全に一触即発の雰囲気を醸し出しながら血走る視線を交差させ、ただ茫然と立ち尽くす生徒を無意識のうちに引っ張って後ずさっていく先代ら二人には目もくれずにいた。
「っ! ほら! 今のうちに」
「ぅ、ぅん、うん!」
ただでさえ一度、大森林の影に紛れて仕舞えば、忽ち見失ってしまいそうな二人が気配を殺しながらせせらぎを奏でる何処からの緩やかに流れゆく湧き水の水飛沫を飛ばして、木々に姿を消していった。
「なんで? ねぇ、何であんなの居るの!」
「さあ、分からない、もしかしたら此処は国の領地じゃ無いのかもしれない」
「どうして!」
「とても危険だからだよ!」
「じゃあ何で僕らを此処に!」
ただでさえガラスの心がすり減らされているのに、戦慄く無能に矢継ぎ早に質問攻めをされては、散々堪えていた怒りを露わにせざるを得なかった。
「きっと数を減らして試してるんだろ! 僕がそんなの知るかよ! きっと君みたいなのの口減しなんだろ! っ、ぁっ……」
眼前に迫る勢いが突然死を遂げ、言葉を詰まらせた。
そのまま何歩も後ずさっていき、それは先代にも。
「ご、ごめん」そよ風が運んで伝染してしまった。
「いや、そうだよね。別に間違ってないよ。はは」
「そ、そんなつもりじゃ」何度となく想いを閉ざす、今度は思いもよらぬ場に仕掛けられた落とし穴に。
「うっ!
「ハッ⁉︎」そう視界から切れる生徒は一驚を喫して、更に後退を余儀なくした一歩を前へと踏み出した。
「わぁぁぁぁっ!」
獲物を喰らうにしてはあまりにも肉に過保護な、筒状の滑り台に流されていき、「痛っ‼︎」柔な地に。
「大丈夫ー⁉︎」囂々たる一声が囁きにも削れてしまう程ぶつかりながらも、かろうじて先代の元へ届く。
「う、うん、何とかぁー!」
「出口はー!」
導かれて周囲を見回すも、トンネルが一つのみ。
「周りには無いみたい!」
「そ、そっか、じゃ、じゃあどうするー?」
「こっちで出口を探してみるよ! 君は他の人たちと合流して、其のことを伝えて!」
「うん、うん、分かったっぁ!」
「それと……それと」
「何? よく聞こえない!」
「ううん、何でも無い。じゃあ僕は行くから」
「うん、ぁ」
「……? じゃあ、行くね!」
そうして返答が無いながらも、歩みを進めていく。
心許ない意を決して、一寸先が正に闇な道へと。