第十二話 未知の最恐生物と忍び寄る信奉者
「ぅっ!」
「黙れ‼︎ 絶対に大声を出すなよ。まだ奴はこちらに気づいていない」そんな奇妙なまでの静寂に漂う、雑音にも負けそうな細やかな怒号に慌てて口を塞ぎ、鎧が振り向こうとした瞬間、響き渡る、甲高い悲鳴。
「あぁぁぁぁっ!」
そして、無数の障壁を吹き荒れる突風が飛ばし、悍ましく異様なオーラを絶え間なく突き刺してくる瞳越しでも容易に伝わっていた全貌が露わとなる。
異形。
人ならざる者の権化とも呼べる存在の爆誕。
純白と漆黒を疎に混ぜ合わせた毛とも鱗とも取れぬ細身な長躯に、一見優雅な両翼だが先端が刃先のような鋭さを兼ね備え、それとは裏腹に四肢はこの世のものとは思えぬほどに黒々しい刃の如く手足。
胸部には謎の眩い光が、身体中に巡らせていた。
「あ、あれも魔物の一種ですか⁉︎」
「違う」
堅牢無比なる鎧に全身を包んでも尚、単なる羽撃く姿にさえ、武者震いが止まらずに後ずさっていく消え入りそうな背にはまるで頼もしさを感じられず、先代は緩やかにその身を無きものへと変えてゆく。
しかし、「ゥァァァッ!」
「っ!」
猪突猛進に突貫する命知らずな生徒のがなり声が、双方の進み出した一手を辛うじて留まらせた。
「馬鹿が‼︎」それは自らに言い聞かせるように片手で鞘から刃を払いつつ、もう一方で紅き焔を灯した。
感化故か――あるいは矜持に敗走を促そうとした背中を押されたのか定かではないが、決して左右にブレる事なく、ただ只管に化け物へと駆けていく。
切り裂かれたような瞼を備えた化け物が視界に鎧を捉える寸前、忽ち天を仰ぎ、降り注ぐ近衛兵たち。
「っ!」
次々と其々が異なる色合いを織り成して刃を突き立てて、勢いを殺さぬまま激しい土埃と衝撃音を舞い上げて大地へと臥せさせたのだが、それと同時に舞う。
元、近衛兵らであった肉の塊を。
その場の者達を戦慄させる、見るも無惨な光景。
それは紫紺を帯びた召喚陣に突っ立ち、無意識のうちに光り輝く円から一歩、踏み出そうとする生徒を含めて。
「おい! 陣から出るな!」
必死な制止も虚しくぼーっと上の空で踏み越え、瞬く間に一振りで目も当てられない姿に変貌した。
その一部が先代の足元へと円を描いて、地に臥した。真っ赤な血溜まりを零しながら足先に触れる、紫のブレスレットの輪を翳した掌に、生唾を呑む。
「おぃ! 逃げっろ!」
あの時の俺の神速を遥かに凌駕した疾風迅雷の如く、身の回りに何条もの紫電を纏わせた目にも留まらぬ速さの一閃を、鎧が運良く仰け反り躱す最中、その一撃は留まるところを知らずに先代の眼前へと迫っていた。
視線が交差する。
それはきっと想像に難くない、捕食者と被食者。
既に蜃気楼にまで届き得る状態から消えゆく先代の体を、ほんの僅かに超えた一撃が喉笛を貫いた。
と、その場に居た者が誰しもが思っていた矢先、再び、天から黄緑色のオーラが羽衣が靡くように、純白の装束に身を纏いし者が化け物を叩きつけた。
そして、紫根の大扉を開き、強引に押し込めた。
逃げる間も無く道連れにも出来ずにあっさりと。そのまま山上へと飛び上がって退いて、手を拱く。
「あ、ありがとうございます……」
「……」
「あの、彼の方は」
砕けた兜から垣間見える、狂気に怯んだ眼差し。
決して現を抜かさず、目を釘付けにさせていた。