第十一話 其々の修行と各々の需要
そして、数人を礎にして迎えた最悪の夜明けと唐突な吐き気を絶えず催す一大事変を終えた彼等は、其々異なる力を我が物にせんと散り散りになった。
その中には、魔王討伐まで引き摺るであろう骨にまで響く、殴打の痕をヒールに癒された者たちの姿が、何気なくも先代の視界の端に収める見られた。
各々が特技を鍛えられるよう整備された場所を、淡々とした歩みで己の場所へと移ろわせていく。
始まりに無駄にキョロキョロと挙動不審にブレる視界が捉えたのは、とても晴天なる太陽が朝を告げるとは思えぬ湿った薄暗さに覆われた森であった。
木々は皆等しく木葉の一枚も残さず寂しく枯れ果てて、あまつさえ皓々と昇る満月さえ浮かぶ始末。
その崖上、眩い光が差す下には大鎌をさながら体の一部のようにしならせて振るう生徒の姿が見え、更に奥の影に微かな灯りが見られる崖下の生徒は、地面から過去に人であっただろう無数の赫赫とした双眸だけを鋭く輝かせ、その傍には悪魔化したかの如く殺人蝙蝠の名で世に馳せる両翼を羽撃かせ、魔獣特有の黒々と縄の見た目とはまるで異なる繊維質な先に鋭く武器にも為せる矢印が付けられていた。
更なる荘厳さと神秘の聖殿を突き抜けた道行き、先代は隣人であろう者達の美しき姿に魅入られる。
純白と黄金色を織り交ぜられた軍服にも礼装にも他人によりけりなる摩訶不思議な代物を煌々とした白光に覆われて身に纏い、更には白龍にも及ぶ、思わず息を呑んでしまう長髪に消え入りそうな白肌。
理不尽に着せ替えさせられた少女が頬を赤らめ、渋々、剥ぎ取ろうとしても不可抗力で与えられた、随分と柔な肌を露出させる召し使いの制服を見つめ、熱く注がれた視線に気付いたのか、振り返る。
「ちょっと! 何見てんのよ! 殺すわよ」
ふと後ずさってしまう、甲高い怒号を響かせる。
「ご、ごめん」と直様、地に視線を下ろした。
「着いたぞ」
「はい!」
遂に先代は特に何の変哲もない場所へと招かれた。
「さぁ、先ずは何を極めるつもりだ。いや、基礎が妥当なところか。では、服を脱げ、体重と身長もだ」
「は、はい」じっと鎧の兜の奥の影へと一点を注ぐ。
「なんだ」
「いえ、貴方何ですね」
「当然だ。俺以外が担当だと、お前が何をしでかすか」
「ですね」
「共感するな、早くしろ。時間は有限だ」
「解りました」
先代はささっと衣服を剥ぎ、あと一枚で留まる。
「あ、あの」
「なんだ」
「全部、ですか?」
痺れを切らした鎧は腰に携えていた剣の鞘を音を立てて払い、下穿きに触れる寸前に其の鋒を添えた。
「モタモタするな、切るぞ」
「は、はい」
先代の本来の姿を拝む鎧はほんの僅かなカチャとしめやかに擦れさせ、人差し指を不意に弾かせた。
「もういい、十分だ」
「あっ、はい」
「高校に属する中肉中背の一般庶民が相応しいな」
「ははは」
「五感に問題は無いな? それに体の伸縮性はどうだ? それに加えて、肉体の物質過剰反応に持病。平均睡眠時間及び学園と医療関係で出題された知力に体内外を含む正常機能の破綻。それと体の呪印」
「えーと、特に体の病気とかは問題無いと思います。睡眠時間は大体、八時間くらい……かな? 知力検査はまぁ、先程、鎧さんが云われた一般人辺りで、呪印はちょっとむず痒いって感じですね、あはは」
「そうか」
「はい」
「基礎訓練はこちらで組み立て、明日以降、木紙に記載後、貴様の限界と掛け合い、調整する予定だ」
「はい、解りました」
「では、今日は特殊能力の発動のみに徹する」
「その、特殊能力って云うのは具体的には何と?」
「表記に出てきた筈だ」
「ぁ、あれ、ですか」
「あぁ、そうだ。複数ある場合は一つに専念しろ」
「確か、蜃気楼と」そう言い、己が身を白雲たる朧げな霧として周囲に薄らと放ち、「虚空……だったかな」と、瞬く間に忽然とその場から姿を消した。
「‼︎」ただその姿に開いた口も塞がらず、瞠目する。
「で、出来てますか?」
「あぁ、あぁ。上出来だ」
「それで次は何を?」
「いいや、今日はもう十分だ、部屋に戻って休め。時に疲弊した身体に休息を与えるのも訓練だ」
「はい、わかり、ました」
此処までの往来の方が余程、時間を奪われたと言わんばかりに仁王立ちして沈黙を続けていた。だが、
「ギィィィィャャャァァッッ……‼︎」
けたたましい獣の咆哮が大地を囂々と轟かせた。
時同じくして先代らは揃って、疾くに振り返る。
「敵襲、ですか?」
「いいや、恐らくは違うだろう」緩慢に柄に手を添え、眼前に手を突き出そうと伸ばしつつ、枯葉茂る地に足音を忍ばせながら音の方へと歩み寄っていく。
「ぼ、僕はどうすれば」
「其処にいろ。いざとなれば、その能力で逃げろ」
「っ、はい……」言われるがまま茫然と立ち尽くす。
そんなありきたりな忠告が早々に現実のものとなり、曇天極まる空から無数の篠突く何かの雨。鼻先にしたっと落ちて前面に押し出されれば――鮮血。
それはつぶさな真っ赤に染まった鮮血であった。