第八話 先々代の追憶
【先々代勇者関係、授業未公開史。先々代勇者の問題行動が魔女狩りの阻止に繋がり、男尊女卑を変え、一部では逆転あったそうで】
永遠に記憶の片隅に居座り続ける死に様、一族の唐突の壊滅を目の当たりにした直後。正直言って、今でもありありと光景が蘇る。
ステータスってのは欠片さえ長期保存されんのかね。全て覗き見する為、やらしいな。
「あー。大海原の波風か、その鴎に何か?」
「いや、ただの考え事だ」
「そう、ですか」似て非なる口癖を耳にし、「ん?」引き攣った頬を浮かべながら物申す。
「思考を遮ってしまうようで申し訳ありませんが、満足される頃には対岸の……港かと」
滅多にない丁寧口調で。
「そうだな。早速、本題に入らせて貰うよ。まぁ、立て続けの所謂、最悪の……絶望に直面した後でな、端的に全貌を告げるなら、一筋の希望の光が現れ、パッと消えていった」
「も、もう少し。捻りを、と言うか短い。です」それでも10代目の文句は減らなかった。
「よせ。たかが、思い出。なんだろう」
蛇のただの甘噛みに過ぎぬ毒突きに感染した10代目は頬に陰りを落とし、正義感をも。
「お前、出身は?」
感情に駆られた死神が郷愁に迫るように。
「そりゃ、あサーレストに決まってるだろ」
密かに息を呑み、脈打つ喉笛を震わせて。
「これ以上、気分を悪くさせないでくれよ」
血走る火花で巻き添え喰らう前に封じて、瞬く間を置く事なく矢継ぎ早に捲し立てる。
それはもう、他人が口を挟めないほどに。
「謎の老人に教会へ招かれたのが始まりだ」
そう、あれは。
「もう、四年前のことだ」
また、誘おうとしているのか。この俺を。
「とは、言っても俺にとっては、ほんの数日の前のようにさえ思えてしまう日々だった」
あぁ何もかもが鮮明だ。地獄も、天国も。
「理由は、本来の王の在り方に疑問を覚えてな、い。り、不尽な運命に課せられた任務から逃げようと運命に等しい邂逅を果たした」
だが、実際は呪いなんだろ。この義眼の。
「遭遇矢先で不審者としての拘束。ハハッ。思いの外、人間らしいのがまた素敵で――」
「……」
物音一つ立てず、淑やかに集中力を俺へ注ぐ。
「とても勇者とは信じられない人だったよ」
それを発した途端、皆が、被食者が猛獣の唸り声に呼応したように身を僅かに傾げる。
「そう、唯一の歴代勇者の中で女性だった。それが、ユリ・アイルヒースとの出会いだ」
こんな中世ヨーロッパを粗悪に模倣したクソッタレな世界でたった一人の純潔主義者。
「いつ崩れてもおかしくない老朽化の進んだ建物から覗き込む数えきれない孤児からは、奴隷目当ての人攫いに見えたんだろうなぁ」
それでも、独自の世界を切り開いている。ハァァ、嫌な現実味に苛まれてばっかりだよ。
「多くを守る背は自ずと鞘を払わせていき、この、あの正義に相応しい剣を向けられた」
誰の目にも映らぬように懐から、布袋を、アイテムボックスから【×外套を召喚】し、不思議と重く手を震わせ、実物を差し出した。
「前以上に、輝いて見えるよ」
あの瞬間の光景がフラッシュバックする。
「俺は為す術なく、お手上げの状態だった。風に靡く真っ白なマントにこのイヤリング。そして」鋭く輝く刃を垣間見せ、「勇者の剣」
お前にとっては、垂涎ものだろう。
「っ!」
憧れを胸に抱いて此処へ訪れたお前には。
「綺麗、ですね」
俺はそう見えたよ。憎しみもあったがな。
「続き、お願いします」前のめりに飛ばして。
「そんな状況下で冤罪だと主張しても無駄だと思いつつも濡れ衣を主張すれば、聞く耳を持たずにいよいよ死が脳裏をよぎり始めた」
もうそろそろお前にも出番が回ってくるぞ。
「その時、本当に天使の女神が舞い降りた。野生の精霊にも愛されてしまう存在。シスターのおかげ、無償の愛で何とか助けられてな」
今頃、生きてれば……どうなってたかな。
「驚くべき話だと思うが当時、彼女に抱いた第一印象は言葉では言い表せないほどの――恐怖だったんだ。もし、ご慈悲が無ければ、命乞いか、あるいは……。このまま、運命に抗うことなく逃げてしまおうと思ってたよ」
そんな想いが頭を駆け巡っていた気がする。
「憐れな俺を酒の肴にしたいのか、先々代は意外にもあっさりと嫌々鞘を収めてくれて、無神論者の俺を神の寵愛で匿ってくれたよ」
「それって、236年のクライスター教の――」
お喋りな野郎に向けて、口に指を立てる。
「その日の夜はとても、長かったんだ……」
緩慢に動く人差し指を、歪んだ俺の頬に。
「数多くの不可解な現象に憔悴しつつも大食堂で殺伐とした全財産叩いたご馳走を前に貪欲に皆が搔っ食らっていたんだが、最悪なタイミングで人攫い集団な襲って来やがった」
それは初めて俺が、「人を殺した瞬間でもある」卒業体験談を淡々と文字に起こしていく。
「齢10以上を超える者が戦場に駆り出され、至極当然の事だが中には俺を疑う者もいた。子供という理由で斥候としての逸材を送り、シスターの愛を裏切ったんだと、何度もな」
元々、咽せ返る暗雲で先行き見えねぇし、殺害予告とも取れる疑心暗鬼に包まれてたからあの夜に逃げるつもりではあったんだが。
「立て続けに理不尽が立ち塞がり、また逃げようとした。でも、先々代。いや、その弟が」
オーバーに透き通る蒼色の目玉を広げる。
「逃げ道を閉ざした上で檄を飛ばし、共に。不条理に子供らの血が流れる場所へ進んだ。いや、正確には引っ張られたが合ってるな!」
「先々代はどうされたんですか」
「見当たらなかったから遠征かとも思ったが、とっくの昔に一人で荒波堰き止めてた」
「……」
「大抵の奴らは此処で奮い立つんだろうな。逞しい背に、刃捌きに、生き様に。でも、俺は違った。この場での敵前逃亡は後々、襲撃斥候の責として沙汰を下し、死を望むほどの拷問を与えるそう云う意図だと汲み取った」
あれは弱者代表から最も遠い存在だった。
「無論、自殺願望者でもない俺は目立たぬように四隅で祈っていたが、それは逆効果だった。弱い者虐めが大好きな神様の失敗作が上っ面に薄ら笑い浮かべて歩み寄ってきたよ」
ある意味、背中を押してくれたのか。俺。
「渡されたのは錆びた鍬。心許ない不出来な武器を手にしたままだったからかなぁ……」
始末時は違ったが。
「舐められるのはしょっちゅうだったから、大して気にしてないのが不運にも死に際に」
「初陣から圧勝、だったんですか」
それを俺に聞くかよ。
「ハッ、まぁ、結果は散々なものだったよ」
「先々代が百戦錬磨の剣技を披露し、次々と獣共を返り討ちにしていくのにもかかわらず、俺は銅等級の冒険者にも劣る相手一人に、それも貴族のボンボンの小手先の力でも圧倒出来るような技量如きに苦戦していた……」
そう考えれば、ホント見違えたなー。知恵と経験以外、全部失ったけど。
「最底辺な上に泥沼の戦いは熾烈を極め、遂に俺は初めて人を殺した。相手は下衆野郎だったが、瞬く間に絶えず吐き気を催すような罪悪感が襲い、戦場で馬鹿だった俺が懺悔に勤しもうとした瞬間、類は友を呼ぶと言わんばかりの不逞の輩が背後に迫り、絶体絶命」
やっぱ、あの頃じゃ負け戦。だったのか。
「だが、そんな俺を身を挺して先々代は守ってくれた。が代わりに深傷を負ってな。此方の要を失ったものの、相手は想像以上の犠牲を出したからか、運良く撤退し始めててな」
やっぱ、運の割り当てが上手いのかねぇ。
「完全な敗走を確認した子どもたちは怪我人の手当てを始め、割と血を流してふらつく俺を誰一人気にかける様子もなく、大慌てで先々代を治療場まで運んで行くのを見てた」
ただ、傷口押さえて、ずっと傍観してた。
「期待を馳せて見逃してくれた者からは絶望の眼差しを、命の恩人は生死を彷徨ってる。肝心の俺は擦り傷で戦慄く間際まで迫って」
情けねぇ。
「最悪の瞬間だったよ。それから数時間、付きっきりで看病するシスターの傍に居たよ」
贖罪からか、瞬く事さえもせずにだった。
「邪魔なだけだと真っ当な意見告げられて、逃げるように席を外そうとしていたら、シスターが俺を引き留めた。先々代は『あれからずっと気に掛けていたのだ』のだと、だから、願いを込めた言葉を掛け続けて欲しい」
仮にその想いが叶わずとも、最後まで彼女の側にいてやって欲しいと……。頼まれた。
「配慮で二人っきりにさせられ、刃に仕込まれだ毒のせいで次第に包帯に血が滲んでいく悶え苦しむ姿でも笑えない冗談かましてさ、どうしようもなく非力な俺が嫌になったよ」
今思えば、お前があの人に触れなかったのは。
「そんな無能とは違って相棒。基、ふらふら当ても無く彷徨い続けてきた奴があっさり、先々代の傷を癒してさ――笑っちまうよな」
「勇者になる前なんてそんなものでしょう」
「そして、俺の存在に気づくとまるで女神のように微笑んで、そそくさと立ち去ろうとすれば、『勇者の道を進む気はないか』って」
思わず己の郷愁に駆られてしまい話し込んでいると、周りは例外なく魅入られていた。
10代目に関しては開いた口も塞がらずに、「それが勇者になるまでの」と、遮る始末。
「物語だよ」
「ぁぁ」
「まだ、先を知りたいか?」
「はい、お願いします」
素直に派手な振り方で頷く。
「まー、教えが良かったからね。もし……もし仮に少しでも変わった英才教育を受けていたら、女子供も見境なく殺してただろうよ」
異邦人として。
再び、船員に戦慄が走る。
「それは父母からですか、それとも」
「流れからして、勇者だろうよ」
「……」
せっかくこっちがいい気分に浸っんのに。
「それだけ影響が大きかったってことだよ」
「修行はやはり特殊、でしたか?」
「気になるか? そんなに」
嫌味で返すと純粋な眼差しを突きつけた。
「フッ――それからというもの、俺は先々代レベルに鍛え上げることを目標に掲げられ、地獄の日々が始まった。基礎トレーニングを主軸として構築されたスケジュールにはプライベートなんて欠片も無く、早朝から深夜に至るまで一切の自由時間を許されずにいた」
起きて早々、異世界側の歴史を学ばせられたっけな。ずっと知ってて、黙ってたのか。
「質素な朝食を摂り終えれば、魔術を剣術、体術と、身体中にアザができるほど扱かれ、もう一歩も立てなくなるまで疲れ切って皆んなが寝静まる頃には半径数キロに及ぶ、孤児院全体の掃除を夜明けまでさせられててさ」
大変だったなぁ。でも、「楽しかったよ」
「遂に遅効性の拷問が始まったのだと俺はその日の内に逃げ出したが、魂胆を見透かした先々代たちに呆気なく囲まれ、捕まってな」
罰として満足するまで素振りの稽古三昧。
「でも、次第に地獄の日々にも体が慣れ始め、全ての仕事を熟しても、自分から死の淵に落ちて行こうとは、思わなくなったんだ」
理想との差に冷や汗を滲ませる団員一同。
「正直、かなりワクワクしたよ。このまま続ければ、自分は何処まで行くんだろうとね」
「は、ハードですね」
「普通だよ」
この世界ならな。
「時が経つにつれ、皆との蟠りも解けてきてよ。最初の頃に比べれば、本当に天と地の差だ。まぁ――地獄の訓練を除けばだけどね」
「更に密度が上がったんですか」
「強くなるためだからな」
「それから修行の日々に明け暮れていたら、
孤児院支援が完全に底を突いたと噂が流れ」
先々代の前歴故か、あるいはあの王の失策か定かではないが、「ずっと指示を出さずにいた先々代がようやく口を開き、新たに発見されたダンジョンへ、単独での魔物討伐と帰還を命じられた。戦闘経験の全くない俺に」
お払い箱にするにはとっておきの案件――だったのかもしれないな。もっと皆の支持を集めてたら、あぁはならなかっただろうに。
「愚痴は無駄だとよく解ってたから、たとえ一ヶ月、金等級、最高峰の不条理な魔物。そんな錚々たる任務が勢揃いしていようとも、ただのど素人はすんなり向かっていったよ」
あぁ、裏切られたなと何度も思ったな。
異界からの魔力を吸ったダンジョンか。
懐かしい。
まんまと口車に乗せられたってのにもう声さえうろ覚えだな。早いな、時間が過ぎるのは。
「先々代の毎度お馴染みの綺麗事と勇者弟の後押しもあって、途中で逃げる訳にも行かず、初めて奮い立った心を道連れに会場前へと」
偶然にも王都付近で、見たくもない顔の知られた兵士が私服装備で何人か居たっけな。
「そして、初情報。身分証を持たぬ者は通れないと知らされなかった不憫な俺は道中の、巷じゃ最悪最低なパーティーと有名な連中と同伴する事になり、罠起動役に抜擢された」
きっとダンジョンもいじめは嫌いなんだろうな。
「運良く順調に次々と面々と数を減らして、ようやっと勇者の修行を終えた俺の初陣へ」
あの宝石。あれから、どうなったんだろ。
かなり高く売れたんだけど。
「気分でも?」
気の利く、冴えたウォリアが俺を覗き込む。
「いや、ボス部屋手前の骸骨の間には彼等の手にし得なかった宝石の山を鞄に山積みした記憶があってな」
「ダンジョン内部は全てが高級品ですからね。相当な価格で取引されたんでしょうね」
「建て替えられるくらいにはな」
「おぉ」
「一つだけで」
「……」
「昔はもっと凄かったらしい」
「時代は変わりますね」
「良いことばかりじゃないがな」
「ですね」
「そんなこんなで晴れ舞台に胸を踊らせながら戦場へと向かっていた矢先、大量の土によって隠されていた洞窟から現れた魔物に多くの騎士団連中が死に、俺も喉を潰された。まだ治癒魔法を初級詠唱もできなかった俺にとっては、命を脅かす最悪の出来事だったよ」
……。
「全滅寸前で心許ない応急手当てが関の山だったが、皆との約束と自分のプライドに途中で任務を放棄せずに肉体は限界を疾うに過ぎ、精神も限りなくすり減らされながらも、残された僅かな力で作戦を立てることとなった」
――。
「そして、周囲の魔物の駆除と突破口、巣の爆破、多種族の魔物の配下を統べる王の討伐、その全ての大役を俺だけに背負わされてしまった。うだうだと文句を垂れていても無駄に体力を消費すると、眉を顰めながら作戦実行まで仮眠を取って遂に始まった。地獄」
。
「閃光弾で敵の注意を割いて、金等級の面々が突破口を切り開き、何人もの人間が死んでいく最前線へと駆けていき、潜伏と魔法を得意とする精鋭が巣を爆破し、心の底ではまるで望んでいなかった王との対面を果たした」
王、か。
「未だ覚悟が決まっていなかった俺とは裏腹に遭遇数秒で王様様で即座に勘付き、戦闘が始まった。様子見の一挙手一投足が決定打に至る程の攻撃で、今でも間一髪で躱すのが限界だと思うよ。それでもこんな所で志半ば、負ける訳にもいかないし、何よりあの人を見返してやりたかった一心で向かった。死の恐怖を捨てて死戦を潜り抜け、王の喉元へと」
あれも、同じくらい。「素質が無かった」
「王としてな。その時のことだけはあまり覚えていないんだが、気付けば、何故か大地に臥した王の上に立っていた。無事、謝礼などや報酬だとか諸々を終え、不必要な勲章と望んだ金等級の身分証とともに帰っていった」
そうだった、あの時に金等級か。早いな。やっぱ、俺って他と比べれば、才能あるな。
「もう散々な体験ばっかで心も体も重くてむしゃくしゃするばかり、もういっそのこと、このまま逃げてやろうかと何度も思ってたが、この結果を見返してやりたい気持ちがなんとか上回ってくれて、無事に満身創痍で帰還したよ」
あれはマジで危なかった。
「先々代が一番に迎えてくれて、再会した瞬間に何もかも忘れて、張り詰めていた緊張が一気に解れたせいか倒れてしまい、俺は暖かな胸に包まれながら、そのまま眠りついた」
ユートピアってあんな感じなんだろうな。
きっと。
「その時に見た夢はあの人が微笑みながら、ボロボロの俺の体を鞭打つ姿だったな」
「最悪、ですね」
「あぁ今まで見た中でも最悪のものだった。そんな生死を彷徨い、無事に目を覚ませば真っ先に視界に入ったのは、手を握りしめてずっと側にいた先々代の」私服。「姿だった」
もし俺に姉が居たら、きっとあんな感じだったんだろうな。毎日、泣き寝入りだけど。
「それを目にした時から、いつの間にかたった一回の任務で成し遂げた悲劇の全貌を嬉々として語り、それを一言一句漏らす事なく聞き尽くし終えて、満面の笑みを浮かべながらこう云った。『お帰り』と、俺は此処に来てから初めて心の底から笑って、どんな瞬間よりも喜んだ気がしたよ。ようやっと俺はこの人に認められたんだと、……そう感じてね」
あれから暫くは特に猛特訓に苛まれる事もなく、子供たちと共に幸せな日々を送っていたっけな。体は異様にボロボロだったけど。
「でも、そんな幸福な時間は長続きしない。改めて、そう感じさせられた瞬間だったよ」
……。
「それは何の前触れもなく、先々代の勇者を王都へと召集するべく訪れた信奉者という存在から始まった。理由は13年の周期で誕生する魔王消滅を、異邦人の成り変わりとして、単騎での討伐を命じる旨であった。先々代は必死に引き留める俺に…………こう云ったよ」
あれは、嘘、だったんですよね。
「『ただ目の前の任務だけに全てを尽くし、命に換えても完遂する』そんな座右の銘を殊更掲げて、奴等に連れて行かれたよ。そのまま俺との約束を破って、帰らぬ人となった」
この言葉でウォリアが微笑む。
そして「イヤリングを放り投げられた」行く末を現に移ろわせてくように10代目へと。
「……」
「紆余曲折あったが、俺は才ある師の弟子として王連中に認められ、第9代目の勇者として選ばれて無事に魔王を討伐した。死よりも恐れていた空想の怪物であったが、正体は意外にも言葉も話せぬ――ただの傀儡だったよ」
ただの傀儡、なんかに。
「他に何か見当たらなかったんですか?」
「変なのに守られていたのが悪かった。荒っぽいやり方で牙城諸共崩してたから何とか形を保ってたのは、玉座と魔王だけで他は全部瓦礫の下敷きだったよ。玉座にも付けねぇ無様な最期を遂げててな。本当に笑える……」
【魔導書を発見していました】先に言えよ。
「13年の月日が過ぎるまで」
「ん? 何だ?」
「半径数キロメートルが謎の結界によって、通れないと聞いたのですが」
「あぁ深い毒の霧に包まれてて、上手く活用しなければ一瞬で毒に侵されてただろうな」
「そう、ですか」
その口癖を辞めろ。と、俺の方こそこのカッコつけ感化されがち野郎に言ってやりたい。
「そして、新たなる王と共に東大国を復興に貢献し、東諸国の民から絶大な人気を得て、数多の気高き勲章を手にし、銅像を建てられる程となったが、全てをやり遂げた後、俺は王の命により辺境の地に数年の間、現地ぃ」
あーそう。
「その出身として身を潜めることとなった」
ふと10代目に視線を流せば眉を顰めていた。
「そうだったんですね」
「まだそれからの大半が今の倍以上の量で、全然、語り尽くしきれてないけどな」
「先々代の死にはどう思われたんですか?」
無口なネモ君が、デリカシーに切り込む。
「どういう意味だ?」
「貴方は『その世にとっては名誉な死にどう思いましたか?』と、思って言ったんです」
「そうだな……俺はただ、あの人と共に生きてきた日々が何よりも変え難いものだった」
今も、いやちょっと前までもかなり幸せだったけど。視界に此奴等を収めなければ更に。
「仮に平和を、国を、自分自身を裏切ることになっても、醜く生き存えて欲しかったと、今でも強く思うよ」
国に全てを捧げて、何もかも失い、誰よりも哀れで雄々しく誉高い死を遂げた最高の勇者であった。いつまでも記憶に留めています。
「遺体は」口は思うように動かず、「意志や、俺の想いも何もかも――世界の礎となった」
空を見上げるも生憎、心が通じ合えない、清々しい晴天で星を覗くことは叶わなかった。
願わくば、もう一度、記憶を消して出逢いたい。傍観者で体験した記憶がありもしない俺でさえそう思ってしまう程の人だ。けれど、そうしてしまえば、今までの切り刻んだ過去を、それ以上のものにしてしまいそうだ。
【現在、魔王討伐数は8体。何方の世界にも公表中】