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第九話 享楽蝶

 そして、燦々と降り注ぐ陽光が瞼を突き刺した。


「早朝だ! 全員、起床! 全員、起床しろっ!」


「ぅっ、チッ、うるせぇなぁ」


「何だと、貴様ァ!」


「テメェと違って、こっちは疲れてんだよ、タコ」


「ふざけるなよ」


 起床早々、窓を突き破らんばかりの怒号を飛ばす兵と眠たげなご様子の友人が火花を散らしていた。


「さっさと立て!」


「うぇぇぇ」


 恐れからなのか、最早拳を振り翳す音さえ無く、心の底から漏れ出た言葉が上へ上へと昇っていく。


 その姿を一目見ようと閉ざされた視界を漸く開けば、襟を鷲掴みにした近衛兵に喉笛に刃を突き立てていた。


「ウッ……な、何をするつもりだ」


「その汚ねぇ手を離せ」


「貴様……自分が何をやっているのか、分かっているのか」


「あぁ、十二分に承知の上での行動だ」


「……」


「……」


 其々が対照的な視線が交差する。


「ッ!」


 震わす程に握りしめた襟は緩慢に解かれていく。

それと同時に刃は見慣れた光景で霧散していった。


「ハァ……身支度を済ませろ。また死者が出た」


「あぁ?」


「あれ?」


 ふと周囲に目を配れば、抱き合う者たちやら繋ぎ手の生徒らのベットは綺麗に折りたたまれていた。


「僕たちだけみたい」


「みたいだな」


「次は誰かな」


「さぁな、行くぞ」


 ものの数秒で身支度を済ませ、兵の後を追った。


「中には不眠症の人も居たらしいけど、僕たちはぐっすりだったね」


「あぁ、彼奴の家でしょっちゅう寝泊まりしてたからな」


「昔は秘密基地だったけど、今思えば、あれはただのゴミ屋敷だよね」


「あぁ、そういや彼奴は?」


「さぁ、わかんない」


「席順だと、かなり奥の方だと思うんだけど……」


「お前――」憐れむようで冷ややかな目を向ける。


「ん?」

奥の方で廊下に生徒らや兵たちの人だかり生まれ、何やら重苦しい雰囲気を漂わせて話し合っていた。


「どうしたんだろ」


「わかるだろ」


「……」


 そして、その一群の一員となったと同時に友人は容赦なく周りの者たちを強引に払い除けていった。


「どけ! 邪魔だ! もう散々見ただろ!」


「ちょっと!」

「痛えって!」

「何すんだよ、馬鹿!」

「おい! チッ、またお前らか! ふざけんな!」

「ぶっ飛ばすぞ」

「自分たちが主役だと思うなよ」


「御託をどうも、さっさと失せろ」


 そして、身に纏う防護服を鮮血に染めた掃除屋の先、其処には先日の見るも無惨な姿の少女がいた。


「は?」


 其を皮切りに、またしても断片的に移り変わる。


 それは燻る薪が弾けるような乾いた音を立てて、燎原の如く赫赫と燃え上がった井桁型の火葬場に、無数の灰となった燃え滓が天高く空へ昇ってゆく。


「な、何をするんですか?」


「火葬隊の隊員が、火炎放射器で彼女を火葬する」


「は?」


 ただ手を拱く友人と傷痕兵士の傍らに茫然と立ち尽くしていた先代は、開いた口が塞がらずにいた。そう告げるように周囲は乾いた視線を向けていた。


「こ、この世界の医療なら、何とかなるじゃ……」


「無理だ。あれは――」その一言が飛び出させた。


「おいっ、よせ!」


 周囲の近衛兵が慌てて制止に入るも、それはまるで蜃気楼の如く次々と迫る攻撃をすり抜けていき、忠告の一切の見向きもせずに振り切ってしまった。


 そして、異様なオーラを放つ、火葬隊の前へと。


「ま、待ってください!」


「何のようだ、異邦人」


「それは僕にとって大切な友人なんです。だから、どうか貴方方の医療技術で治してあげられませんか⁉︎」


「そうか、それはとても残念な報せだが、彼女はもう既に享楽蝶によって脳を犯されている。無駄だ」


「そ、そんな」


「我々は現在、勇者輩出の三大国の圧政に加えて軍備縮小、領土奪取によって経済危機に陥っている。それによって大魔導士の人員不足が露呈し、大国に施した結界からすり抜けてきた繁殖力、凶暴性共に最高値に達する魔物の侵略を許す形となっている。故に、これ以上の被害を被る訳にはいかないのだ」


「そんな……」


「享楽蝶の鱗粉による感染力は生物界で群を抜く。君にとってこの国はおろか、住人でさえ然程、愛のあるものとは言えないだろう。しかし、我々にとっては宝そのものであり、命に変え難いものなのだ」


「……」


「それとも我々を殺し、奴に脳を喰われ、終わらない夢を見せられながら彼女の最期を見届けるか?」


 斯くも潔く消え入りそうに先代は告げる。


「無理です」


「正式な葬儀もやれなくて、すまない――()()よ」


「貴様っ! 次から次へと規則も守れぬのか!」

「動くな! 拘束する!」

「全員、其処から一歩でも動けば、容赦なく殺す‼︎」


 幾多の近衛兵によって押し潰されそうな真っ只中、先代は僅かな呻き声すら上げずに歯を噛み締め、瞬く事さえなくただ只管に見つめ続けていた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいご、めんな、さい……ごめんな」

そう泡沫夢幻に紅き焔に焼かれていく彼女の姿を。

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