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第七話 食堂と意外な推理

「ハァ……女性の騎士って居ないのかしら」


 そんな皮肉混じりにの小言にさえ、泰然を保つ。


「はは」そんな苦痛から逃れんと瞬いた瞬間――空気が炙られるような湯気が立ち込める浴場に一人、傍らの鏡から反射する、薄らと曇りし先代の全貌。


 だが、それは頻りにトラント姿をのように姿を消して、完全なる存在感ごと失われる透明人間へと。暗殺者さながらに幾度となく空間に紛れていくが、正に緩慢に瞬く程度の時間しか維持出来ずにいた。


 そんな影の努力を背から熱い視線で覗く者も……「時間だ! いつまでやっている!」扉越しからでも容易に鼓膜に鮮烈に響き渡る、近衛兵の怒号に、慌てて限られた水源を捻り出し、身を洗い出した。


「ハッ! どうか、もう暫くお待ちを」

何とか規則絶対遵守の鬼を食い止めんとこちらも影ながらの努力に己の立場をも危うくしてまで抑え、かろうじて閉ざされた双方の飛び交う言葉の嵐が、遂に閉ざされた堅牢無比なる扉を越えようとした。


 だが、「あっ! もう大丈夫です!」


 先代の意外な早業によって、運良く難を逃れた。そこからもものの数秒足らずで随分と真新しい身拭いで颯と体を拭き取り、新たなる衣服を身に纏う。


「あまり異邦人に気を許すなよ、同じことを繰り返したくなければな」


「自負しております」


「では、後は頼むぞ」


「承知致しました、御安心を」


 そんな含みありげな囁きと猛獣に等しい双眸の眼光なる残滓を残して、近衛兵はその場を後にした。


「い、今のは?」


「行くぞ」


「あぁ……ちょ、ちょっと!」


 稚児さながらの無神経な言葉にも決して耳を傾けることなく進んでいく兵士の後を、慌てて追った。


 そうして無事に異邦人が、いや――生徒が一同に集いし大食堂の友人が挙動不審に周囲を見回し、その傍らの唯一、空けられた席に徐に腰を下ろした。


「おぉ、遅かったじゃねぇか」


「うん、ちょっとね」


 些細でいて親切に投げ掛けた言葉を綺麗に受け流し、「どぞ」と、煌々と照らされた銀の盆の上に乗せられた食事が漏れなく次々と並べられていった。


 とても異邦人相手とは思えぬ、御馳走の数々を。


「分厚くて硬ぇステーキに変な風味のフランスパンとポテトって……まぁ何とも茶色一色だな、おい」


「胃にもたれそうだね」


「でも、此処で食わねぇと体力付かねぇし、こっから先はきっともっと酷いだろうな。一瞬で死ぬぞ」


「うん」


 素早く唐突に理不尽に与えられた環境に適応し始める一部の生徒たちと無理やりに喰らいつく先代を除いて、多くは大抵食が喉に通りそうになかった。


「にしても、貧相だな」

「まぁ、ぼちぼちって感じ」

「所詮は、異邦人とやらだからな」


 方々から愚痴から零れ落ちて流れ渡ってきたが、皆が口を揃えて漏らす、不満をぶった斬ろうと告ぐ。


「いや、違うと思――」


「就寝時間まで間も無くだ!」


 奇しくも、その一言によって遮られてしまった。

と同時に拒否反応を示す胃に更なる一撃を喰らわせるようにそそくさと掻っ込み、流し込んでいった。


 今にも手から落ちそうな食器に汚れ一つ付かず、閉ざされた胃を断として守り通し、全くとして口にせずにいた者たちを置き去りにして、男子生徒に溢れた仄暗く照明が点滅を繰り返す、廊下を進んでいく。


「うっ、食べ過ぎた。気持ち悪りぃ」

「いや、時間が早過ぎんだよ」

「なんか体感5分くらいじゃなかったか?」

「でも、陽が沈むのもかなり早かったよな」

「もう夜更けに近い、夕方だったからだろ」

「きっとそうだよ、気のせいだよ、気のせい」

「だと、いいんだが」


「口を慎め」


「「「「「「……」」」」」」


 えらく大人しく従順な彼等は、各々のほんの僅かな安らぎを享受を与える寝室に案内されていった。


「いやー、まさか一人、一部屋なんて豪華だよな」

「あぁ、やっと落ち着けるぜ」

「ずっと苦労続きだったからなぁ」

「ホントホント」


 それでも小言で呟くが、みすみす見逃していた。

そして、席順から最初の部屋の扉が開かれた瞬間。


「「「「「「おぉー! おぉ、ぉ…….」」」」」」


「あっ、こ、これが部屋?」

それは親友さえも心情の揺らぎを吐露するほどに。


「そうだ」


「ギギッ!」


 暗闇に覆われて無数の埃が舞い上がる一人部屋。


「鼠、居るんすけど……」

「それもかなりヤバそうな奴」


「問題ない、鼠も汚れも貴様らの身体には一切、干渉出来ない」


「は、ハァ……」


 当然、彼等の最もな不満と希望を乗せた要望が近衛兵の元に届く訳もなく、渋々踏み込んでいった。


 そんな最中にも心此処に在らずと言わんばかりにぼーっと手を組んで、頭を巡らす先代が足を踏む。


「おいっ! 貴様!」


 小皿に満たぬ器とともに槍の鋒を突き出した。


「す、すみません! この馬鹿が!」

「イテッ!」


 己の保身が故に傍らの生徒は容赦なく先代の頭上に殴打を振り翳された挙句、深々と首を垂れさせ、数歩と背後の者たちに憚ることなく、後ずさった。


「以後、気を付けるように心掛けろ! これ以上の愚行は処罰対象として報告し、相応の罪を与える」


「は、はい! それはもう何なりと、はい!」


 そう言い、随分と軽々に刃を見せる矛を収めた。


「はぁ、焦らせんなよ」


「聞いてないぞ」


「えっ? おい!」


「っ! ご、ごめん」


「どうしたんだよ、大丈夫か?」


「うん、ちょっと頭が痛いくらい」


「おっ、そ、そうか。まぁなんだ、悪かったな」


「何か気付いたことでもあるのか?」


「ちょっとね」


「少しでもこの世界の謎を紐解く手掛かりになるんなら、是非教えてくれ」と、皆が詰め寄ってくる。


「いや、これって修学旅行の延長線なんじゃないかなって」


 間。


「確かにな」

「そういえば、そうだな」

「盲点だった」

「あぁ! そういやそうだな!」

「お前、やるな!」

「やっぱ、いつもぼーっとしてる奴は違うな!」


「はは、これぐらいで大袈裟だよ。それになんかちょっと胸に来るな、それ」


「まぁ、殺し合いの前準備なんて物騒なお迎えはないがな」そう前を行く親友には流されてしまった。


「そ、それもそうだな」

「だよな」

「でも、間違ってはないから……」

「いや! そうだな」

「もうちょっと、まともな推理をして欲しかったぜ」

「流石にちゃんと歩けよ」


「うん、ごめん」


 そんな激しく揺れ動いて不条理な方へと辿り着くまでの感情から漏れ出た讒謗の言葉の豪雨をぶつけられた先代は頬を強張らせながら、そっと瞬いた。

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