第六話 混浴
「よし! じゃあ頼むよ! みんな」
「あぁ!」
「……絶対にあたしらが脱いだら、その気になるよ、気持ち悪い猿ばっかだから」
「うん、最悪タオルで体を拭うくらいにした方が」
「ていうか、なんで私たちが後な訳?」
「そうだよね、ちょっと勝手過ぎない?」
「今からでも出てもらった方が――」
「邪魔だよ、女子!」
「通れねぇだろうが!」
「時間が勿体無い、どいてくれ」
「ほら! 散れ散れ!」
「ねぇ! 話聞いてんの!」
「あぁ? 知るかよ、そんなもん。早いもん勝ちだろ」
「ハァ?」
「それにお前ら遅えだろ」
「あの~」
「……?」
「もう30分待ってくれたりは、しないんですか?」
そんな目まぐるしく移ろう光景を傍観者の如く遠目で固唾を呑んで見守っていた先代が、傍らで壁に凭れ掛かって仁王立ちする鎧に爪痕が刻まれた兵士に恐る恐るそして、歔欷さながらに問い掛けるも、微動だにすることなく、ただ一言、静かに囁いた。
「駄目だ」
「そ、そうなんですね」
「んじゃ、出来るだけ早く上がるか」
「あぁ、そんな時間も掛からねえだろうし」
「どっかの誰かさんたちと違ってな!」
「ホントホント!」
「ねぇ!」
「あ?」
窓越しで彼等の行く末をただ過ぎゆく時間とともに突き刺すような視線で見守る女性陣に目もくれず、男子生徒らは弱点を掌で覆い隠しながら進みゆく。
「此処の水は、泡は……大丈夫だった?」
「あぁ、問題ないよ、きっと。俺たちは隅にいるから、時間が長くて今すぐに入りたけりゃ、もう一方の隅に行ってくれ、何かしらで出来るだけ隠すから」
「うん」
「ちょっと! 入るの⁉︎」
「そうよ! 見られてんのよ!」
「あんたって、ホントいつもそうだよね」
「こんな状況で恥ずかしくない訳?」
「私だって嫌だよ」
「だったら!」
「でも私、みんなに言ってなかったけど、アトピー持ちだから。そんな理由で入らない訳にはいかないの……だから、悪いけど、どいて」
「ぁぁ……」
理不尽な糾弾を強引に押し退け、渋々苦痛に顔を歪めながらも衣服を剥ぐ姿から目を背けるように、四隅に身を寄せつつ、目のやり場に困った先代は傍に常に映り込む色褪せた銀の鎧に視線を泳がせた。
「暫く、此処に居ても良いですか?」
「好きにしろ」
あれから先代が茫漠とした暗闇に瞼を閉ざして、清潔感漂わせる脱衣所に男子生徒らの喧騒と足音が近付いてゆき、霞む視界を払拭せんと頻りに瞬きを繰り返し、蹌踉けながらも彼等の前に姿を現した。
「京介、そんな場所にいたのか」
「ん? なんだお前は入んねぇのかよ」
「うん、ちょっと試したいことがあってね……」
「あそう。結果が散々だったからって、変なこと考えなよ? ま、お前にはそんな勇気ねぇだろうが」
「はは、そうだね」
「後、今は女子が入浴中~」
「それとも女湯覗く気か? この野郎!」
「誤解だよ」
「だろうな、テメェは何の興味も無さそうだしな。じゃあ、先に行ってるからな」
「うん」
「ん?」
「なんだこれ」
「あっ!」
「俺たちの服、何処行った?」
「あれは我が国の所有物として、他国へ売り払う。これからは我々が普段身につけている衣服を着て、生活しろ」
「そんな勝手な!」
「肌が弱い奴だって居るんだぞ!」
「そうだそうだ!」
「ホント横暴だな、アンタらは!」
「これで死人が出たらどうすんだよ!」
「どこまでいっても俺たちに最悪のもてなしするな‼︎」
数々の篠突く糾弾が降り注ぐも、緩慢に首を傾いでいき、兜から垣間見える鋭い眼光が露わとなる。
「黙れ」
たった囁くような一言で、一瞬にして静寂が訪れた。
「……あっ、こ、この服いつものと比べて、身軽、なような気がする! うん、きっとそうだ!」
「は?」
「よし、みんな行こう! 此処にいちゃ、女性陣が困るだろう?」
「お、お前――」
「次はお食事ですよね?」
「あぁ、そうだ。扉の奥で次の案内をする兵士が待っている。奴に言う通りに指示を仰ぎ、食堂に行け」
「はい! よし行こう!」
リーダーさながらの穏便な解決法へと逃げていった。
「……行っ、ちゃいましたね」
「貴様もまだ隅にいろ」
「はい、そうさせてもらいます」
そこから四隅の隙間を兵士が仁王立ちで埋め尽くした銀の鎧を鈍く輝かす点滅気味の照明の下に続々と高らかに声を響かせ、踏み出していく女性たち。
「ねぇーほんとそうだよね!」
ただ泰然と立ち尽くすかの如く鎧の背が視界の大半を覆い尽くす兵士に冷徹でいて熱く鋭く多くの冷ややかな眼差しが向けられることも少なくなかったが、兵士魂故に依然として微動だにはしなかった。