第七話 再会と航海
【世界衛星図定期報告、アスター村から最寄りの沿岸部の市街地や病院は移動魔術を除き、数時間の距離を要するとされています】
「後、数キロ程度か」
「問題は、次の国の縦断にありそうですね」
「あぁ、そうか。彼処って鎖国してるのか。異国の酒樽担げば、開けてくれないかなぁ」
「過激派神父が居たら逆効果。ですが、四世紀前なら喜んで歓迎してくれたでしょうね」
「移民対策の賜物。いつの世も変わる。か」
「話は戻りますが、大体、ノミアス山脈ほどの辺り一帯の大陸を領土と定めている以上、我々が国境警備を振り切って他国に進行するとなると国際問題にもなり兼ねませんから」
「つまり、俺たちにとっては最悪の相手か。門前払いなんてされたら、その時点で詰み。しかも、あの襲来者の逃亡先によっては、一段と警備が厳重になって、勇者と言えども、そう簡単には通してくれないだろうな……」
「先の事は、港に着いてから考えましょう」
「案外、楽観主義なんだな、お前」
〒。
綺麗な鬣を愛撫し、囁くように鳴く馬と別れを告げた俺たちは、港に足を運んでいた。
「大分、盛況みたいだな……」
周囲は怒号が飛び交い、幾多もの仰々しく異様な軍船に繰り返し積荷を運んでいく冒険者であろう者たちなどで溢れかえっていた。
「やけに忙しないようだが、何かあったのか?」
「さぁ」傍らは妙にシラを切る節を見せる。
皆に共通するのは必ず風変わりで重厚な制服で物騒な武器を携えていることであった。
そして、雪解けで春の陽気も迎える日に、誰一人として肌を見せようとはしない。まるで疾うに過ぎ去った筈のあの連中のように。
そんな最中、一隻の小舟が海を渡り始めていた。気のせいか、俺たちの顔を目にして。
慌ただしく。
……。
「何かあったんでしょう」
見ればわかるさ、とは言わずに進みゆく。
鮮やかな準備工程に加えて顔馴染みもそこそこにおり、見慣れた光景が広がっていた。
やはりか。
あの野蛮な冒険者集団はあれから数ヶ月の時を経ても尚、この場に居座っていたのか。
「話と違うぞ、あの野郎」
「何か言いましたか?」
忽ち、腸が煮え繰り返る内に、吐き気を催す毒気に当てられてしまったせいか、知らず知らずのうちに呟いてしまっていたらしい。
「いいや、何でも」
「リア? あんたリア・イーストか?」
よりにもよって最悪の相手と再会を果たす。
「ぁっ、ァァ」
振り返るまでもなく、頭に浮かび上がるは、蛇かの如く気味悪い面差しに張り付いた能面の顰みに切れ長の鋭い目つき。ベルトを巻く腰に携えた蛇行さながらの異様な一本の剣の側に常に腰を当てて、慎重にこちらを窺う。
「やっぱりな、ナナカマド」
「随分なご挨拶だな」
日頃のストレスが募りに募ってぶちまけたのか、うざったらしいパサついた長髪は彩り華やかさを失って、真っ白に染まっていた。
「あいつは?」
何気ない一声で早くも逆鱗に触れてしまったのか、眉間に皺を寄せながらも一瞥する。
「お久しぶりですね、隊長」
「その呼び方は辞めろと言っているだろ」
刃で刻まれた古き傷痕が残る頬の強張りをほんの僅かに緩ませ、悠然と闊歩しご登場。
如何にも団長と言わんばかりの不似合いな制服を筋骨隆々とした長躯の身に纏い、無造作な短髪には懐かしささえ覚える、仄かに淡い翠緑を帯びた爽やかな色合いを跡形もなく消し去って、何処からともなく入手した身体に悪そうな染料に依存して、未だ真っ黒なまま、性格に相反する柔らかな目つき……。
その先、瞼に深々と忸怩たる思いを彫られた強面と俺を突き刺す鋭い眼光が黒きローブから垣間見える、懐かしき友とも相対した。
だが、視線の交わしを済ませば、直様、目を逸らし、背を向けずに淡々と消えていく。
「……」
「ん?」
小首をカクカクとさせ、人混みから顔を出さんとするものを引き留める姿を目にした。どうやら10代目にも知り合いがいるようだ。根城が東の連中だ。そんな訳、無いんだが。
いや、待てよ。あぁ――だから村の位置を。
俺が真横の野郎に一度、凝視すれば、それは伝播し、酩酊馬鹿に流れ行き、遂に悟ったのか、気まずそうにその場を去っていった。
「ウォリア。ホント変わらないな、お前は」
「えぇ、中々、思い通りには……。また旅ですか? 相変わらず気まぐれのようですね」
「好きでやってる訳じゃないさ。こっちにも色々と事情があってね、今船を探してるんだが、何か当てがあれば紹介してくれないか」
「失礼ですが、彼らは巷で話題のヴァイキング集団では?」そう言って、順調に流れていた空気を切り裂き、そっと柄に手を添える。
「逆襲者と揶揄される謂れは無いんだが、なぁ?」
背後に忍び寄っていたナナカマドが抜け目なく聞き耳を立てていたようで、鬼気迫る形相を浮かべて、抑圧した感情を今にも爆発させんと、ウォリアの合図を待ち侘びていた。
「よせ、オノルドフ。恩師の前で刃傷沙汰は御免だ」
「チッ」
奴へ緩慢に目を見開かせた10代目は直様、無愛想な表情に舞い戻り、自らの足元の影を覗き込みながらも、二の句を継げずにいた。
「どうした?」
「いえ、何でも」
あの不可解な技に種でもあるのか……。
「もしお困りでしたら、我々の船に乗りませんか?」
瞬間。
「……⁉︎」
「……!」
「……」
その場に戦慄が走った。
「うーん。誘いは大変、ありがたいんだが、お互い迷惑だろうし、辞めておくよ」
「ご遠慮なさらず、師には多くの借りがありますから」
此奴が建前で言う程、良好な師弟関係を築けてないんだよこっちはさぁ。社交辞令の域を疾うに超えても、気持ちの悪い謎めいた作り笑いを浮かべ続け、執拗に食い下がった。
何か、いや疑う事なく裏がありそうでならない。
逃げるように相棒に目を配れば、地面に視線を落としながら首を小さく横に振り、決して手を離さぬ鈍く輝く刃を鞘の間から覗かす。
「行き先は? まずは其処からだろう?」
「そうですね。特に宛もなく放浪する旅路。だったのですが、我々リベル騎士団は此処の海峡を渡った先の独裁小国、レグラを介して東大国に行き着く予定です。――其方は?」
矛盾の生じる隊の名に恥じぬ自由奔放っぷりに、俺は思わず心の中で乾いた拍手をし、その勢いに身を任せたままこの嫌に渋み漂わせる憎たらしい顔面を殴り付けてやりたい。
「まぁ、似たような航路かな」
「奇遇ですね」
「全くだ」
「……」
「……ッ!」
そんな桟橋の中央を塞いでいたら、ふと肩に軽い衝撃が走り、地面に何かを響かせる。
足元に振り返れば、まだ齢10にも満たない少年が、落ちた果実を淡々と拾い上げていた。
「あぁ、すまない」
俺も罪滅ぼしも兼ねて手を差し伸べたが、「いいです、大丈夫ですから」と軽くあしらわれてしまい、返す言葉が見つからなかった。
「お怪我は?」
「いいや、無いよ」
「そうですが、では失礼します」
まるで壊れた人形のような冷たい端正な顔立ちは不思議とシオンに近しいものを感じ、そんな痩躯には煤汚れた隊服を纏っていた。
「あの子は?」
「魔物孤児です。他に身寄りが無かったので、我々が引き取りました。存外、優秀ですよ」
「たまには善行もするんだな」
「はは、失礼ですよ」
過ぎ去りゆく小さな背は無意識のうちに視線を釘付けにし、自然と心を泥濘に沈ませるような哀愁を漂わせ、息を呑んでしまった。
「同行しよう、あくまで一時的だが」
「そうでなくては」
生意気にほくそ笑む団長の先には、心を切り裂く憮然さを浮かべ、可愛げがない嫌味を告げる訳でもなく、渋々、船に乗ろうと静かに歩みを進めていく10代目の姿が映り込む。
「ハァ」
魂まで抜け出るため息を零し、その背に続くように鉄塊を引き摺った足を踏み出した。
世界一周をするかのような積荷の山に追いやられた俺たちは、激しく波打つ荒波で揺らぐ軍船の上で、むさ苦しい男らと共に船頭に至近距離で密集し、束の間の安息を脅かさんと更なる追い討ちを掛けるようにして、最早阿吽の呼吸に等しい無駄に寡黙な少年方によって、何とも重苦しき静寂に包まれていた。
頼まずとも矢継ぎ早に口から瑣末に過ぎぬ言葉を絶えずぼろぽろと零すウォリアに、癪に障る皮肉の勇者。そして、共に大海原を純白の翼を晴天なる青空に広々と羽撃かせて優雅に飛んでゆく、黒々と縁から淀んだ蒼き瞳のツノを生やす渡り鳥を茫然と眺める少年。
それら全員が泰然とし、固く口を閉ざしていた。
「君、名前はなんて言うんだ」
そんな真っ只中、俺だけが耐え難い沈黙を破った。
「ネモ、ネモ・アルベルトです」
「良い名だ」
「いいえ、ただの名前です。別に羨むもんじゃない」
「そう、か」
一縷の希望であった突破口《救世主》たる会話は、清々しいほどに淡白な返しによって無に帰した。
思わぬ形で目のやり場にも困ってしまい、己でも想像に難くない挙動不審で目を泳がす。
最初に捉えたのは遥かな上空で遊泳する此処らでは見かけぬ朧げな一羽の影であった。
「……?」
【標的、伝書鳩 文の内容は魔力による秘匿行為によって中身を開くまではわかりません】
早速久々に弓の腕前を披露して貰わんと、ウォリアに視線を向ければ、呼応する。空気を一瞬にして焼き尽くす勢いで燃え上がる赫赫とした焔の弓に同様の一矢を携え、射る。
それは寸分違わず、あの謎の鳥へと。
そのまま迫った矢は綺麗に身を貫き、【標的は撃沈。ですが、生命力は失ってません】
幸運にも真上から降り注いでキャッチなどという絵空事が叶う訳も無く、鈍い音を立てて打ち付けられ、大海原に深く沈んでいく。
「あーあ」
「飛行速度上、どうしても追いつけそうになくて」
「いいや、いい。手を煩わせてすまなかったな」
不意に立ち上がり、若干、昂りつつあった体を落ち着かせながら再び、地に腰を下ろす。
ま、誰かの恋文だろう、野暮な考えで恋煩いを焦がし――否、焼き尽くしてしまった。
やはり、田舎というのは不便だな。
……また、創るか。
そんな眼が次に見つけたのは「それは?」10代目が首から下げた黄金色のロケットペンダントであった。
「まだ……言えません」
「そうか」
「貴方の月の耳輪はどういった意味で?」
「まだ言えないな」
「そうですか」
「……。先々代から受け継いだ形見なんだ」
ようやっと感情が死んだ皆が明らかに興味を示す。
キラリと目を輝かせ、徐に聞く耳を傾ける。
「もし宜しければ、語ってくれませんか」
当然、一番気に掛けていたのはシオンであった。
「あぁ、そのつもりさ」
そして、長きに渡って過去を語り始めた。
【歴史――4代目以降の6代目までは大国改正がされておらず、特に勇者輩出での大きなメリットも存在しないので、完全なる自己満足のまま必然的に西や南に集中した為、これと言って不穏な事もなく平和だったが、魔王が代わりに世に移民の存在を輩出してしまった】