第七十二話 未来と過去と現実と
「どうぞ。そして、どうかこの世界をお救いください」
これ程までに嬉しくないプレゼントが他にあっただろうか。そう思いつつも呪いにも等しい眼球に嫌々ながらも手を伸ばせば、刹那に瞳に収まった。
「ッ!」
「御安心を、時期に慣れます」
頻りに吐き気を催すような眼に酷く残り続ける異物感が絶えず頭に訴え掛け、全身に行き渡っていく何かが送られていく奇妙な感覚が鳥肌を立たせた。
色々な意味で、飛んだりしないだろうか。
「済んだな」
「えぇ」
ずっと張り詰めていた頬の強張りが解けていく子孫はホッと胸を撫で下ろし、静かに目を閉ざした。
「では、私から貴様にのみこれを与えよう」
真っ黒な眼帯が浮遊させ、雑に投げ渡してきた。
「何だこれは? まさか、この程度で全てを忘れられるとでも? 残念ながら、気休めにもならない」
「貴様の神眼は死んだのか?」
「……?」
緩慢に視界の中心に眼帯を収め、目を見開いた。
【消失の眼帯。半径数kmの存在を抹消する能力。???】
「不要であれば、燃やすといい」
「一人分だけか?」
「無論、奴はもう、世に生きるに値しない人間だ」
「……」
「完全な永久機関の製造にあらゆる知識を網羅し、この世界の因果を断ち切っていたかもしれん。そう思っていたのだが……期待外れだった。貴様ら二人の活躍には、期待していたのだがな」
それは明瞭にドス黒いオーラを身に纏わせて、「お前、此処ら一帯消し炭にするぞ?」
老朽化で建物の隙間に芽吹く草花を瞬く間に枯らし、肌を突き刺すような闇が周囲に広がっていく。
「お、落ち着かれて下さい! 勇者同士が本気で殺し合えば、世界は闇に呑まれると言われております。もし御二人がこのような場で戦ってしまえば、忽ち世界が壊れてしまいます! どうか矛を収めて!」
「我々の目的は奴にある筈です」
「シオン・ノースドラゴン。ノース家の汚点か」
「あ?」
「私情を優先したが故、異邦人を取り逃すだけでは飽き足らず、その異邦人の友人に命を救われるとは。祖国を失ってから何も変わっていないようだな?」
久しく相容れなかった想いが一致した気がした。
10代目の眼下から一条の紫紺の光を帯びた光芒が、俺の足元へと静かに一刹那に忍ばせて迫ってゆき、「一旦、死ねッ‼︎」と、俺は赤裸々に心情を吐露し、眼前に押し寄せても尚、乾いた眼に刃を振るった。
それは勢いよく無様に血飛沫を噴き出す事なく、まるで抜け殻から淡く神々しい無数の光の粒が溢れ出していき、しめやかな音を立てて大地に臥した。
タンッ、そんな床に足を着き、颯と振り返れば、弥彦の体は斯くもあっさりと自然に還っていった。
眼下。
刃から滴る一滴の黄金色の雫が大地へ滴り落ちてゆき、僅かな床の隙間の芽吹く花に弾けて迸った。
アサシンダガーと雫が散り散りに儚く霧散するとともに一輪の花が完全なる人の形へと伸びてゆき、それは錫杖を握りしめた依然と同じ姿に返り咲く。
「化け物か?」
「あるいは、そうかもしれないな」
「最後に一ついいか?」
「全ての問いは告げられた。もう答える必要は無い」
「これは全て、お前が仕組んだことなのか? 俺が勇者となったのも、あの村のことも、彼女でさえ」
静寂。
それを切り裂いたのは、たった一度の高らかに周囲に響かせ、身を軽やかにする錫杖の鐘であった。
決して固く閉ざした沈黙の扉を破らぬまま、その場で緩やかに浮遊しながら、泡沫に霧散していく。
「おい!」
「貴様らに、溢れんばかりの祝福が在らんことを」
「待て! 答えろ!」
「……」
そして、跡形もなく消え去ってしまった。
差し伸べた手は天井にも届く事なく、むざむざと脱力感に見舞われたまま、床に下ろされていった。
「……きっと彼は、待っています。貴方が全てを成し遂げても尚、生きていたのなら、全てを明かすと」
「これは……」
「はい」
「これは夢か現実か、どちらなんでしょうか?」
振り返った先のマツ様に目を向け、そう告げた。
「残念ながら、現実です」