第六十七話 迷宮
再びの淡いオーラを帯びた黄金色の回廊が続き、特に目立った異変も無く淡々と歩みを進めていく。
「何もありませんね」
「あぁ……此処まで来れば、罠も必要無いんだろ」
「ですね。それにしても、さっきより真新しいと言うか、何だか雰囲気が変わったような気がしません?」
「これが住人かどうかの検査で無いことを願うよ」
「光――出ます。念の為、注意を」
急に視界が開けた先、燦々とした陽光の降り注ぐ元には悍ましく紫紺色に染まり、激しく荒れ狂って波打つ大海原が際限なく続いて地平線を生み出し、その周りには黄金を帯びた五穀が総総と戦でいた。
その先にも牧場やらありとあらゆる家畜を飼い慣らしていたであろう不思議な小屋が広がっていた。
「うわぁ~っ! 凄いですね!」
「やはり居ませんね」
「あぁ、みたいだな」
だが、遍く人々の齎す喧騒は無に等しく、せせらぎを響かせる浅瀬で異様な形をした魔物が格闘し、空では異様な猛禽類に追いかけられた小鳥が囀る。そんな雑多な音ばかりが響き渡り、谺する。静寂。
「黄金卿の力がヤバい方に作用してしまったのか」
「奥に行けば、行く程魔物も強大になるでしょう。私は彼等を庇護しますので、前線をお願いします」
「あぁ、承知した」
周囲を見渡すには絶好の場所から俺たちの長躯を容易に超えた色濃い稲が続く畦道へと進んでいく。
狭き一本道に塞がれた挙句、雑多な音をも喰らう稷のお陰で、俺たちは周囲のそよ風に戦ぎとは異なる動きの差異に無駄に神経を張り詰め、頻りに挙動不審に視界の端々まで目を泳がせていた。
一歩、一歩と豊穣に耕された大地を踏みしめて、安らかな息遣いにとともに手を広々と伸ばせる道を一日千秋の想いで突き進んでいた、次の瞬間――。
視界の片隅から茂みの奥から何かか飛び出した。
10代目とともに稀に寝ている時などに一瞬、起きるような感じでビクッとした身を浮かせ、立て直す。
【強化魔法を多重に付与したポールナイフを召喚】
全貌を捉え切る前に刃を振り翳さんと迫ったが、それは硬貨一枚にも満たぬ可愛らしい鼠であった。
「わぁ、益獣ですね! こんなところにも生息してるなんて」
「きっと五穀が虫で駄目になってしまわぬように、魔物たちがわざと生かしているのかも知れないな」
「へぇ、じゃあこの子達は」
「キキッ!」
愛おしさに思わず愛撫しようと手を差し伸べるベリルの影に覆われたヤカリネズミは金切り声を上げ、柔な掌が触れる事なく奥へ逃げていってしまった。
「あぁ、ばいばい」
「未知の菌を持っているかもしれないから、あんまり触るなよ」
「はい」
「ハッハッハッハッハ、ワフ!」
「もし次見つけても、食べちゃ駄目だよ?」
「クーン?」
「ニヒヒッ!」
「さぁ、日が暮れてしまう前に行こう」
「はい!」
あれから無事に最低な鼠君に脅かされる事なく、最早魔物の食糧と化した五穀の森林を通り抜けて、家畜の影一つ無き閑散とした牧場へと辿り着けた。
「遠目でも影が無いとは思っていたが、やはり家畜は全滅か」
「みたいですね」
「魔物に家畜を育てるだけの知能はありませんからね」
ようやっと第一関門突破に徐に胸を撫で下ろし、ホッと体を暴君さながら他者を憚らずに一息付く。
「血の跡や残骸が残っていませんね、どうやら黄金卿は大分、前から住人が失われていたのでしょう」
「まぁ、色々あったんだろ。きっとっー!」
体が裂けるくらいに伸び伸びと広げて、目を瞑る。
此処には衣食住が今も尚、完全に常備されている。その上、歴史を見る限り、クライスターの子孫の黄金卿創生から、そう年月も経っていない筈だ。
体を下ろすとともに目を開く。ハァ、きな臭いな。
あれから約数分も経たないうちに行き着いた道。
そんでまた、
「分かれ道と」
「今思えば、畑に、家畜場に、海――我々は、管理側の人間の経路を進んでいるのかもしれませんね」
「先にそれを言ってくれたら、こんな苦労をせずに済んだんだが」
【魔力の結界が張られています、テレポート不可能】
「ですよね、じゃあ様子見で俺一人が行こう」
そう告げるとともに刹那に背の退路が絶たれた。
「よし、全員で左に行くぞ」
「はい」
次はどんな作業場が待ち受けているかと思えば、其処は練習場を思わせる円形状の闘技場であった。
無論、無数の魔物を添えて。