第六十六話 黄金卿へのダンジョン探索
ようやっと数多の困難を乗り越えて浮き沈みの激しいベリルたちとともに黄金卿跡地へと際限なく心が清々しくなってしまう程の花畑が広がっていた。
「凄いですね……」
「これも黄金卿の力の一部なんだろう」
「もう誰も住んでいない筈なのに」
「それだけ創設者には強い思いがあったんだろう」
「そうですね」
「ん?」
「こんなところに人が居るなんて」
何やらランタンやらの道具を載せた大荷物を抱える御老人が、道端をトボトボと歩みを進めていた。
足元に芽吹く華々しい花々を踏み躙らないよう、いつになく蹄の音が静かな馬たちに無駄に疲れる作業を止めさせ、その人の元へと歩み寄っていった。
「凄い大荷物ですが、どうされたのですか?」
「儂はは丁度、帰り道だが――ん? お前さんら、黄金卿へ向かうのか」
「えぇ、まぁそんな感じですね」
「ほう……ならこれをやろう」
懐で温めていた地図をそっと差し出してくれた。
「これは? 黄金卿のですね」
「あぁ、そうだ。一攫千金を夢見て来たのだが、儂は辿り着けなかったよ。だから、お前たちに託す」
そう心残りの想いを込めて胸に強く押し当てた。
「はい。我々が必ず、辿り着いて見せます」
「フッ、そりゃ頼もしい。じゃあ、また何処かで」
「えぇ、お元気で」
心なしか魂が洗われたかのように広々とした背に一歩一歩が強かな歩みを見せ、緩慢に「ありがとうございまーす!」と、感謝とともに大きく手を振るベリルに、手を振り返す姿は朧げに消えていった。
「よし、行こう」
「はい!」
全く、このパーティって、一喜一憂が激しいな。
そして、黄金卿跡地の窓無き回廊へと辿り着く。
それは薄らと淡い黄金色の光を帯びた前面にして全域はやや錆を帯びた不思議な材質で出来ていて、俺達のように欲に塗れた招かれざる客人にはどうやら敵対心剥き出しなようで、赫赫とオーラを纏う。
「行きましょう!」
「あぁ」
早速、ベリルが壁伝いに手を添えながら踏み出した第一歩の地面は、それ以外も瞬く間に燈が迸る。
全ての部屋全体に煌々とした眩しい光を放って。
「ハァ……」
そんな明瞭になっていく希望の焦燥感に駆られた死に急ぎの襟を鷲掴みにし、胸元に手繰り寄せた。
「コラっ!」
「うわっ!」
両端の壁からは強化魔法が幾重にも重なりし無数の槍が忽然とせり出し、天からは猛毒煙霧が迫り、地面からは燦爛たる焔が燎原の如く燃え上がった。
「マジかよ」
「こ、これは厳しそうですね」
「どうされますか? 突っ切りますか?」
「うーん、どうしようか」
此処でようやっとくしゃくしゃな地図を広げた。
やや黄ばんでいて仄かに書物のような不思議と悪くない匂いを漂わせ、無数の迷路のような道のりが、
「って、此処一本道だよな?」
どれだけ【ズームアイ発動】の魔眼を宿しての目を凝らせども終わりが見えぬ、際限なく続く回廊。
わざと罠に嵌ったりなどが必要…………なのか?
黄金卿の住民はこの道のりをどうやって行き来していたんだ、それとも二度と戻れないのだろうか。
「ん、待てよ?」
「どうしたんですか?」
「そうか、そういうことか!」
背に佇む皆は不思議そうに小首を傾げていたが、俺は躊躇いなく侵入者に容赦の無さを見せない道のりを踏み出し、決して避けられぬ程に進んでいく。
「あ、危ないですよ!」
「この地図を作ったのは侵入する者たちを欺き、迎え撃つ為だったんだよ。そう恐らくこれも彼等が」
「あっ‼︎」
「まぁ良い、見た方が早いから」
皆が必死に制止するが、依然と此処で仁王立ち。
再び、目にも留まらぬ速さで全ての攻撃が迫り、声を荒げながら慌てて飛び出さんとするも、無傷。
決して何も当たらない。
「黄金卿の住人である筈の者たちが、正面玄関から怯えながら帰って来ると思うか? ただいつものように平然と真っ直ぐ前を歩いて、行くものだろ?」
「さぁ、行こう!」
「はい……」
恐る恐る其々の黄金卿相手では心許ない武器を構えた皆は周囲に警戒しながら俺の後を続いていく。
何とまぁ呆気なく何事もなく歩みを進めていき、無駄に長きに渡る道のりを終えて、遂に行き着く。
虹龍の像のみが建てられし灰色石の大広間へと。
「こ、此処でお終いですか?」
「いや、きっと違う筈だ、多分何か仕掛けがある」
「……」
「ハッハッハッハッハ、ワフッ!」
「フフ、キャハハハハ!」
何だか手も貸さないで他人事のように手を拱く精霊達に酷く小馬鹿にされているような気がするが、俺はベリルとともに埃無き隅々まで探っていった。
だが、何も見当りはしない。
ありとあらゆる魔法と魔術を用いても尚無反応。
「んー不味いな。俺の知る解錠系の魔法も全て試したが、今回ばかりはお手上げだ、見当もつかない」
何かわかるか?
……。
ステータスも反応しないし。
「何かわかるか傍観野郎」
「その言葉にはやや疑問が残りますが、この場に於いての答えはとても簡単でしょう」
「え?」
「え?」
10代目はいつになく無垢な顔で徐に指を差した。
銅像の龍へと。
「これか?」
「何か仕掛けでも?」
「いえ、違います。ただ手を重ねるだけです」
「重ねるだけって、まさか、あぁそうか!」
それは耄碌した老人らでもわかることであった。
「え? 何ですか?」
「そうだよな、そりゃそうか。まぁあの人だからな」
「……? んー? あっ、そうか!」
ベリルも気付いたようだ。
そして、無駄に心を踊らせた俺たちは緩慢に瞼を閉ざし、そっと両手を重ね合わせた。涙ぐましく両足を揃えんと苦戦する憐れなコルマットを除いて。
ただ虹龍に祈りを捧げた。
それから暫く不思議な空気を漂わす沈黙が続き、閉ざされていた道が重く軋む音を立てて開かれた。
のだが――道は二つ。
「で、どっちに行く?」
「そうですねぇ~。うーん、私は右が良いですね」
「私も」
「ワン!」
「キャハハハ!」
「俺は左だと思うんだけどな」
「意見が割れたならコインで決める、でしょう?」
「よし、そうするか」
「俺は表」
「では、私は裏で」
徐に懐に忍ばせていた最後の金貨を二指で挟み、小突くように爪弾き、キンッと高らかな音を奏でて宙に舞う。
それは軽やかに円を描いたまま、地面に臥した。
表のフローズ・クライスターを露わにして――。