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第六十三話 リベンジマッチ

 変わらず悍ましい紫紺を帯びた霧に覆われ続け、無理を強いた体は脱力感に見舞われて大地に臥し、不思議と煌々とした星浮かぶ澄む空を眺めていた。


「ハァハァ……ハァ、ハァ。常々思っていたんだが、何で精神世界なのに疲れるんだ」


「疲れなきゃ、修行にならんだろう」


「このままじゃ、寧ろ逆効果なんじゃ?」


「疲労は現実世界に持ち込まれないさね」


「ですが、我々は深傷を負っていましたから」


「それも要らぬ心配。此処は他とは違って精神世界ではあるものの、肉体自体もこっちに来てるのさ」


「そりゃ便利な代物だな」


「相手は一個小隊だ、決して油断が出来ないよ」


「ついに耄碌されましたか?」


 怒りの鉄槌が頭上に振り下ろされた。


「ウッ!」


 明らかに額に深く鉄球を埋め、大地を窪ませた。


「我々が会敵したのは三人です」


「三人、そりゃどういうことだい?」


 微かにしぶとい痛みが尾を引く肉体とともにあの道を進んでゆく感覚が舞い戻り、緩慢に瞼を開く。


 足並みを揃え、不均衡な肩を並べる傍らの10代目に視線を向ける事なく、淡々とした台詞を告げる。


「お前に伝えておかなければ、ならないことがある」


「何でしょう?」


「信奉者についてだ」


「『信奉者』……具体性に欠けますね」


「この世で最も忌々しい存在だ」


「酷いですね――これでも世界を支えている自負があるんですが」


 またしても忽然と背後に忍び寄り、卒爾にその身に刃を突き立てて、糸も容易く胸を鎧ごと貫いた。


「ぁっ」


 僅かに身を傾ぎ、純白の布越しに面差しを捉え、「す、好かれるようなことをした覚えが無いからな」我ながら陳腐にも一矢報いんと舌剣を突き刺した。


「おやおや、強かですね」


 10代目は剣の鞘を払いつつも颯と背へ跳び退く。

死にゆく俺の姿を前にしても平然と手を拱いて――見事に瓜二つなる分身は幾重もの茈の光芒を纏う。


 鋭いスパーク音を立てながら無数の紫電が迸る。


「残念だったな」


ほんの一瞬、五感は瞬く間に消えてゆき、視界が真っ白に覆い尽くされ、茫漠とした恐怖に襲われつつも、10代目の傍らの虚無から颯爽と身を現した。


 数千万Vを喰らっても尚、微動だにしない信奉者。


「いやはや、目覚ましい成長ですね」


「化け物か、お前は」


「所詮、ただの火花に過ぎませんから」


「これなら虹龍でも連れてくるんだったな」


「それでは我々の被害に留まりませんよ」


「そうかもしれんな」


 淡々と続く、他愛もない渇きに乾いたこの会話。


 それは水面下から静かに忽ち亀裂が走っていき、嵐の静けさが過ぎ去っていくように壊れていった。


 次の瞬間。


 残りの二人が忽然と白雲から現れてくるとともに眼下に張り巡らせた紫紺の魔法陣で眼前へと迫る。


 互いの腕が軋むような鈍い音を立てて競り合う。


「私は死を恐れませんよっ?」


「あぁっ、だから面倒なんだろ!」


 矢継ぎ早に次の手を繰り出す前にスレンダー野郎に力負けする左腕を体から取り外すように犠牲にして、流れるように腕と両足で無駄に長き印を結ぶ。


【火、水、草、雷、魔】


「五条封印」


 屈曲した腕の拘束に一切踠く事なく仁王立ちし、五つの色が混ざりし五芒星が足元から眩く迸った。


「先ずは一人目」


 一番最初に俺達を舐め腐っている馬鹿を処理し、恐らく虎視眈々と待ち構えている周囲の初見殺しの布石を魔眼で見回すとともに三人に視線を向ける。


 10代目の分身が防戦一方に強いられるのを尻目に、本体らしき者が突き立てた大剣を盾に印を結ぶ。


 頻りに一瞥する信奉者達にこれ見よがしにして。


 だが、その印には何の魔力も感じはしなかった。

実際には自らに噎せ返る赫赫たるオーラを纏わせ、百戦錬磨が故に、「注意しろ」裏目に出るだろう。


【体内魔力の枯渇により、聴覚強化が切れました】


 せっかく大先輩が魔眼を使用して身を切り裂かれながらも必死に忠告して下さっていると言うのに、一番の若人は戦闘に必死なようで寡黙なまま……。俺は緩やかに歩みを進めてゆきながら、アイテムボックスから【MP全回復の魔法瓶×1を召喚】しつつ、【蒼き結晶 精霊入りを召喚】双方共に飲み干した。


【魔法回復薬によって魔力が完全に回復しました、体が無尽蔵の魔力により治癒されます。ですが――】


 そして、徐に立ち上がる10代目の傍に仁王立ち。


「合わせろ」


 作り出されていく蒼き剣に真っ赤な強化を宿し、凛として悴みながらも力強く柄を握りしめていく。


「はい」

 

 ボロボロの大剣を振るう分身の喉笛に刃が迫り、一刹那に誰よりも健気な奴の死を禦がんと加勢し、燦爛とした無数の火花を散らして、金属音が迸る。


 顔に下ろした純白の布を僅かに切り裂いて、狂気を孕んだ不服そうな可愛らしい面差しが露わとなる。


「笑えよ、三下」


「きっ! 貴ッ様ァッッ……‼︎」


 天邪鬼の童顔野郎は溢れんばかり怒りをぶつけふも、俺は造作もなく刃を振るって手軽くいなした。


 あまりにも太刀筋が見え見えなあまり「ハッ」と滑稽な姿を前にして、思わず鼻で笑ってしまった。


「ぅっ!」


 無様にスローモーションで体勢を崩していく中でも生意気に向ける鋭い眼光と視線を交わす事なく、無防備な丹田目掛けて容赦無く足を振るい上げた。


 気配を消して背後に迫ってきた玄人様にそっと一瞥すれば、10代目がしっかりと割り込んで、最近目立った活躍の無い氷灼の双剣の片割れと不思議と透明なのに微かに垣間見える刃を弾き返し、続く第二撃で虚無から粗悪な氷剣を生み出し、刃を振るう。


 他対一でもかろうじて互角で渡り合える化け物と幾度となく続かす剣戟は俺達の間に眩い光を灯し、最後の悪足掻きに等しき一撃を繰り出さんと迫る。


 未だ燃ゆる意志を瞳に宿し、10代目の背後へと。


「形状変化」


 パキパキと鋭い音を立てる剣は一刹那に至る所に亀裂が走ってゆき、溶け出した氷が形を変えて鋭利な棘が弧を描いて電光石火の如く、刹那に捉えた。


 若人の死角から大きく回って、確実に顳顬へと。


「解」


 だが、死の一手は溶け出して、泡沫に霧散する。


「チッ」


 いつの間にか、最早人に見えない信奉者は脱出不可能の名を持つ封印を糸も容易く抜け出していた。


「お前、勇者になった方がいい」

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