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第六十二話 シスターと二代目勇者の母?

 全身を絶えず息さえも出来ぬほどの激痛とともに頭がぼーっとするような熱りに襲われ続けていた。


 なのに、意識は泥濘に嵌ったかのように朧げで、手を伸ばしても不思議と光の先に届きそうにない。


 それでも、何度だって俺は只管に手を伸ばした。


「……?」


 真っ暗闇に覆われていたが急に視界が開けた先、其処にはまた見知らぬ染み一つ無き天井が迎えた。


 そして、顔を緩慢に擦り寄せていく謎の美少女。


「それにしても、本当に綺麗な目をしていますね」


「ぁ?」


「『何処だ、此処は?』と云う顔をしていますね」


「誰だ……お前は?」


 麗しく艶やかな黄金色の長髪を俺の頬にチクチクと疼かせるシスターが、微笑んで見下ろしていた。


「私は此処の教会の修道女――スリアと申します。詳しいことは後ほどお伝えしますので、取り急ぎお着替えをされましたら、大聖堂までお越しください」


「おい、ちょっとっ! うっ……待ってくれ」


「では、失礼致します」


 嫌にキツく巻かれた包帯の上から傷口を押さえ、苦痛に顔を歪めつつも、過ぎゆく彼女に手を伸ばす。


 だが、そんな俺を待ってくれず、扉は閉ざされた。


「チッ!」


 出来損ないのロボットのようにカクカクとした動きで早々に衣服を纏って、あの暴君の後を追った。


 だが、全快と呼べぬ満身創痍のせいで壁伝いに縫われた腕で支えながら酷く重き足取りで進んでゆくのがやっとで、一歩、また一歩と進む毎に真っ白な包帯が緋色に滲み、次第に呼吸も乱れ始めてきた。


 際限なく続くかと思われる黒洞々とした廊下が、頻りに重き瞼を閉ざして深い眠気へと誘っていた。


 自動移動マシーンでも作って貰うべきだったか。


「ぁっ! ぅぅっ!」


 真っ赤な鮮血が噴き出すほどに歯を食いしばり、霞む視界を眇めていると傍らに見覚えのある奴が。


「貴方もご存命だったのですね」


 俺以上にミイラのような何とも言えぬ格好をしている癖に、生意気に嫌味口垂れる10代目は蹌踉けんと身を傾ぐ俺にそっと肩を貸し、共に進んでいく。


「あれから何があったんだ?」


「意識を失っていたので私にも詳しくは解りませんが、曖昧で良ければあの続きをお話ししましょう」


「あぁ、頼むよ」


「あれから――」


 四肢を捥がれて正に役立たずの俺達を、一時的に巨大化したコルマットが背に担ぎ、ベリルが精霊と融合して体を分散しない程度に癒してくれたと云う。


「そうだったのか」


「えぇ」


「あいつも、成長……したんだな」


 つい数文字ごときを長ったらしく言葉を漏らし、微笑んでしまった。そんな久々の良き思い出に浸っていると、ようやく大聖堂の眩い光が見えてきた。


「お前もあのシスターに会ったのか?」


「えぇ」


「こんな生死を彷徨う病人達を置き去りにする女性をどう思う?」


「我々の非力さに殆、愛想尽かされたのでしょう」


「ハハッ、そりゃ手厳しいね」


 そして、大きく踏み出した。


 講壇前で神々しい光を放つステンドグラスとともに忌まわしい銅像を背にした神父が仁王立ちをし、こちらの存在に気が付くと、そっと眼鏡を外した。


「ようこそお越し下さいました。勇者様。此処は、我々勇者崇拝の聖堂教会のあります故、御安心を」


「奴等の敵対組織か、まだあったんだな」


「えぇ、今となっては彼等の占領区域と世界の魔王信仰増加により、過去より規模は縮小しましたが、現在も活発に行動しておりますので、信奉者達の奇襲で瀕死の状態であった御二人を匿った次第です」


「ベリル、少女とスノーウルフと精霊は何処へ?」


「今は此処の子供達と花畑で戯れているでしょう」


「そうか。要らぬ世話を掛けて、すまない」


「いえ、取るに足らないこと。おっと、私はこれから別件の仕事がありますので、先に失礼します。後の事はスリアに一任しておりますので、何かあれば、彼女にお聞きくださるよう願います、では――――」


 最も当たり障りない者がこの場を去ってしまった。


「では、早速ではありますが、こちらをどうぞ」


 そう言い、早速、怪しげな魔法瓶を手渡された。


 絢爛豪華な王冠を被りしシスターの衣装を纏う、笑顔の少女の姿が彫られて良く透き通った魔法瓶。


「何だこれは?」


「先ずは一杯」


 嫌々片手で苦戦しつつも気合いで瓶の蓋を外し、仄かに爽やかな甘さと彩鮮やかな花の香りを漂わす、ただの紅茶に躊躇いつつも意を決して飲み干した。


 スッと口の中に広がっていくやや子供向けな一滴の蜜を落としたようなまろやかさに加え、不思議と紅葉のような花の姿が思い浮かぶ独特な風味が遅れてやってきて、非常に後味がスッキリとしていた。


「で、何なんだ? これ」


 シスターは満面の笑みを浮かべて、豪語する。


「はい! 私の聖水です!」


 刹那、喉に押し込まんとする嚥下に待ったを掛けて勢いよく吹き出すも、数滴が食道へ流れ込んだ。


「ゴホッ、ゲホッ、ゲホッ!」


 傍らの10代目に至っては、僅かに開いた口が塞がらずに多分に含んだ聖水が零れ落ちていっていた。


「な、なんて物を飲ませんだ! このシスターは‼︎」


「あれ? おかしいですね……。こう言えば、きっと喜ぶと神父様が言っていたのですが、残念です」


「チッ、あの男が一番のイカれ野郎だったか」


「あぁ。もう一つ、残念なお知らせを致しますと、それは私のものではありません、別の魔法瓶です」


「は?」


【解析が完了しました、表示します】


 忽然と蒼き説明文が眼前の前面へ映し出された。


【シスターティーボトル、容量435ml。金貨 五枚。セーブが可能な上に精神世界へと突入できる逸品。入手難易度 A+ランク】


()()()()()()()()()()()


「ご存知だったのですね」


「『精神世界とは一体、何なんだ?』」


「聞くよりも見た方が早いかも知れません。二つの意味で」


【解析が完了しました。表示します】


 再び、前面に押し出される新たなる中身の正体。


【世界樹原生の命の泉、容量220ml、金貨 二千枚。選ばれし者のみが神と悪魔の狭間へと行ける聖水。S+ランク】


「は?」


 瞬間、真っ先に穴という穴から鮮血を勢いよく噴き出したのは、意外なことに10代目の方であった。


 そのまま血溜まりの作られた床に倒れ込むとともに「おい!」続くようにして、緋色の血反吐を零す。


「頑張ってください、これは試練なのですから」


「っ!」


 むざむざと地に落ちる音を立てて、ただ冷徹に手を拱くシスターの姿を凝視することしかできず、俺も意識がふっつりと途切れ、狭間へと堕ちていった。


 現実世界に居る時にはあんなにも苦しかったのに、生死を彷徨っている今は不思議と心地が良い。


 ずっとこのままでいたいけれど、徐に目を開く。


 当然、傍には悠然と仁王立ちする10代目が居た。鋭く猛禽の如く双眸を和装なる女性に突き立てて。


「よく来たね、お前達」


「御仁、説明願います」


「そうさね、あたしは二代目勇者の母親、ミアさ」


「二代目……勇者の」


「あぁ、勇者本人じゃなくて残念だろうが、あの子の魂は魔王城に幽閉されているから仕方ないのさ」


「そうですか」


「失礼ですが、我々に何の用で?」


「おやおや、坊やに質問を取られてしまったよ」


 古の大魔導士、ミア・スティブル。噂には聞いていたが、こんな気さくな方だったとは思わなんだ。


 ん?


 奇しくも手元にはアサシンダガーが。


 どうせ此処は訳の分からぬ死の世界なのだから、幾ら邂逅一番に野蛮とは言え、試すに越したことはない。そう颯と手首を返らせて、刃を放り投げた。


 鋭い空を切り裂く風切り音が突き抜けて、突く。


 綺麗に無防備な大魔導士の額へと。


 だが、早速亡霊としての本領発揮で刃はすり抜けていき、禍々しい闇へと跡形もなく消えていった。


「ほう、良い筋をしている」


「これでも一応、勇者ですから」


「だが、甘い」


 ぁ?

 俺は気付けば、無様に片膝を突いて跪いていた。


「お前、これが本戦だったのなら死んでたよ?」


「迂闊、だったのか?」


「いえ、違います。相手が格上だったのでしょう」


「隙を見せたつもりは無いんだが」


「アッハッハッハッ! 全く可愛いなお前は。私が小僧なんぞに油断するとでも思っていたのかい? わざと見せたのさ、此処に意識を割かせる為にね」


「……こんな一瞬で」


「アタシらの勝負は大抵、一瞬で決まるものさ」


「えぇ、ですね」


「先代の癇癪で遮られてしまいましたが、そろそろ本題に入って頂いても宜しいでしょっか?」


「か、癇癪ってお前、なんてこというんだ先輩に」


「そうさね、そろそろ余興も終いにしよう」


「此処は試練の場。お前たちはきっと其々の弱さを克服させる為に連れて来られたのさ、強敵に打ち勝つために」

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