第六十一話 敗走
「は?」
「そう驚かれなくても、わかりきっていたことでしょう? 私はただ貴方方に罰を下しに来たのです」
「……」
【アサシンダガーを召喚】
この勇者にすら匹敵する強敵を前にして、最早初見殺しの筆頭たる武器を握りしめても尚心許なく、状況把握に全神経を費やす10代目は鬼気迫る形相浮かべて、緩慢に氷灼の双剣の柄を手に添えていた。
正直、今の俺と10代目二人で、やっとだろうか。
新たに曇天から舞い降りし純白の装束を靡かせる信奉者と、かろうじて互角に渡り合えるのは――。
「今一度、問う。何故、此処へ来た?」
「ただ単に重罪に対する誅罰にしか過ぎませんよ」
「全ては帳消しに――」
「されてなどいない、何度もそう言ってるでしょう?」
「魔王の討伐か? それとも過去の東大国の……」
「貴方は世界の安寧と秩序を崩壊させたのですよ」
「西南北の勢力均衡崩壊と魔王の生存改造か……。だが、あれは半永久的に稼働するように作ったつ」
「あれが永久機関だと? 笑わせるなよ異邦人ッ‼︎ フローズ・クライスター様の作りし世界の理こそ、至高の存在にして究極の選択なのだ。絵空事に虹でも掛かっているような虚言で欺こうなど言語道断。それとも貴様の頭は楽園か? あるいは、己の誤った行いを抹消するべく咄嗟に吐き捨てた戯言か?」
「お前と俺で些か、齟齬が生じているようだな」
「ほう、では、聞かせてもらおうか、異邦人よ」
「その辺にしておけ」
「……。お喋りが過ぎたようだな」
同じく好青年によりやや若々しい癇癪を起こす稚児に、俯瞰して静謐さを心に保つ御老人であった。
「貴様らには今此処で、世界の礎となってもらう」
「そうですね。もう少し皆様とお話ししたかったのですが、仕方ありません。では、消えて頂きます」
どういうことだ? あれは不完全だったのか? 魔王の消滅に等しい浄化を発している筈なんだが。
やはり俺だけでは、あれが限界なのか。
せめて彼奴さえいれば、もっと良いものが……。
「先代!」
「っ!」
唐突に飛ばされた怒号で、俺はふと天を仰いだ。其処には鈍色に染まりし大雲をも穿つ、十字架。真っ白と漆黒が織り混ざり、鮮血の如く刻まれた赤。
理不尽を体現する神の十字架が天から降り注ぐ。
それは、逃げ場など何処にもありはしなかった。
「流石はフローズ・クライスター。私一個人では遠く及びませんね、いえ比べるのさえ烏滸がましい」
「チッ‼︎」
「さぁ、どうされますか? この危機敵状況を勇者様方はどのように打開するのか、正に見物ですね」
「紫電一――」
泰然と仁王立ちする好青年は徐に二指で印を結ぶ。それは不思議と身に覚えがある構えと詠唱で。
「解。残念ながら、雨は降りません」
【10代目の固有能力、紫電一閃が解除されました】
あからさまに見知らぬ素振りで一驚を喫する傍ら、俺は本来の順序を省いて、片手で印を結んだ。
そして、
「天照」
そう唱えた。のだが、「解」再び、消え去った。
【謎の技によって、詠唱破棄が無効化されました】
「おぉ! 何と素晴らしい祈り! ですが、その神に対して不遜なる態度と雑な所作、我々の信仰の及ばぬ領域であったとしても、目に余る行為故――」
アサシンダガーをすかさず放り投げんとしたが、
「痛みをもって、償いなさい」
既に影が大地を覆い尽くし、頭上に迫っていた。
ベリルらを庇う間も無く、それは大地に叩きつけられた。鼓膜を破らんばかりの囂々たる地響きに、差異たる瓦礫の篠突く横殴りの雨を注がせて、辺り一帯は全てを遮る無数の砂嵐が宙に舞い上がった。
それでも紫紺の陣を眼下に張り巡らせて、跳ぶ。
微かな淡い緑光と一縷の煌々たる燈を放つ元へと。
片手の幾多の感触だけが現状をひしひしと伝え、他に残るのは意識が朦朧とする激痛だけであった。
「無事……か」
「はっ、はい――レグルス様もご無事、あっ足が」
「これくらい気にするな。寧ろ運が良いくらいだ」
「い、今治します!」
「あぁ、頼むよ」
未だに砂塵が渦巻いて視界の前面に押し出され、何処を見回しても10代目の影は見当たらなかった。
だが、砂の息吹きに混ざった空を切り裂くスパーク音と幾重にも重なりし紫紺を帯びた光芒が迸る。
そして、疾風迅雷の如く眼前へと跪いて、現れた。
片腕から真っ赤な鮮血を滴り落としながら――。
「無事……じゃ、なさそうだな」
「えぇ、お互いに」
「無限牢の鎖獄」
息も付かせぬ攻防が俺達を地獄へ突き落とした。
「貴方にとって此処はさぞ、居心地が悪いでしょうね。まるで絶望を描いたかのような鮮血の広がる屍に悲鳴響く場所、過去を彷彿とさせるでしょう?」
おまけに赫赫たるマグマ熱が噴き上がる活火山。
「もう終わりですか?」
【固有結界――魔法及び魔術の使用が出来ません】
「では、清算と行きましょうか」
お前の悪趣味の巣の中と言ったところだろうか。
こっちは起きているのでさえ、限界なんだがな。
「おや?」
傍らの眩い光に視線を注ぐ信奉者の後を追えば、コルマットの麗しき一本角が神々しく輝き出した。
そして、放たれる一撃。
それは糸も容易く、固有結界の盾を打ち破った。
それと同時に俺たちの意識は完全に眠りに落ちた。