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第六十話 信奉者との邂逅

 とても馬車では進めぬ最悪の地形の悪さと悍ましい色合いをした毒の魔力の草花が芽吹く嫌な草原。


「……これ以上、進むのは危険だな」


 そんな不穏な気配を漂わせた道行きに此処まで無事に送ってくれた彼等は次第に荒々しく息を乱して顔色も悪くなってゆく中で、そっと鬣を愛撫した。


「大丈夫だ、ありがとう。もう此処までで十分だ」


「徒歩で行くんですか?」


「場合によってはな」


「……はい」


「10代目」


「帰郷の加護ですね」


「あぁ、頼むよ」


 アイテムボックス欄に収まりきらずにいた積荷をやけに外へと出たがるコルマットとともに下ろし、颯と降り立って拡大之魔眼を宿して、周囲を見回す。


 ん?


 其処にはほんの僅かな水場はおろか花一つ咲かぬ淡い緑も広がらない、乾いた大地に広がっていた。


 そろそろ砂漠地帯か。


「だったら、此処は心優しい土龍に頼むべきかな」


「土龍……ですか? でも、龍は意志を持たないんじゃ」


 ベリルが緩慢に降り立って、疑問を投げ掛けた。


「それは虹龍だけだよ、まぁそれも憶測の域を出ないけどね」


「そうだったんですか、やっぱり神聖な神様だからですかね? 中々、ちゃんとした情報が見当たらなくて」


「そもそも本物をお目に掛かって生きた者は極小数とされていて、俺達歴代勇者と信奉者だけなんだ。だから研究以前にまともな調査もままならない状態だし、大国によって厳正に管理されているからね」


「そんなにも強いんですか、虹龍様って。どんな見た目でしたか? やっぱり凄く怖かったですか?」


「そうだな、――世界の覇者。化け物って感じだ」


「死んでしまう前に一度、お目に掛かりたいです」


「止めておいた方がいい、きっと後悔する」


「かも知れませんね」


 俺達は鈍色の空模様が広がる茫漠とした天を仰ぎ、頻りに不思議そうに匂いを嗅ぐコルマットと淡く羽衣が靡くようなオーラを纏わせる10代目の傍らで、【龍の呼び声を召喚】そっと大空に向け、吹いた。


 それはまるで悲しい悲鳴のようでいて、勇ましく吠えるような咆哮で、何処までも何処までも遠く、大空を羽撃ていく仲間の元へと颯爽と送り届けた。


 そして――。


 僅か数分もしないうちに、たった一つの朧げな大きな影がこちらへと空を切り裂いて、迫ってくる。


 一軒家であれば造作もなく壊せるほどの巨躯で。


「お前との別れも、もう時期だな」


「そう、ですね」


「弟によろしく伝えといてくれ」


「はい。必ず、優しい勇者様に助けられたと、何度も何度も耳にタコが出来るくらいに言い聞かせます」


「ハッ、優しくなんてないよ。俺はただの人殺しだから」


「そんなことありません、だって貴方は――」

「いいや、違う。俺は、俺達は人殺しなんだ……」


 希望に目を輝かせた純粋無垢なベリルを一瞥し、もう微笑むこともできない面を僅かに天に翳した。


「行こう」


「っ、はい」


 大地を薄氷の如く造作無く叩き割って降り立ち、囂々たる地響きを轟かせるとともに激しい揺れを生み出して、爆発かのような突風が立ち所に無数の横殴りの小石と砂埃を舞い上げ、俺たちは包まれた。


 次第に表情が沈んでいく少女の面差しを遮って。


 ボーボーと風切音が絶え間無く鼓膜に響き渡り、手を伸ばせば届きそうなくらいの出雲を頭上にし、言葉を漏らす度に真っ白な淡い息が零しながら告ぐ。


「あれは?」


「スコルピウス」


「じゃあ、あれは?」


「モコドラ」


「あれとあれ!」


「ベビースモーカーヘッジホッグ、ステルススネーク」


「あっ! あの地面に埋まってるのは⁉︎」


「アントライオンだね」


「流石は勇者様! 博識ですね、もう知らないものが無いくらいにあらゆる知識を網羅していますよ」


「勇者みたいな最前線の職業やってると、魔物関係は必然的にぶつかるから、否が応でも覚えないと、敵から傷を負った時に対処でお手上げになるから」


「なるほど……やっぱり偉大です!」


「はは、それはどうもありがとう」


「はい! ふふ」


「あはは」


「フフ、アハハッ!」


「ハッハッハッ」


 そんな乾いた笑いが響き渡る中でも、10代目は口元に捻った手を当てながら目まぐるしく移ろいでいく景色を呆然と眺め続け、コルマットも珍しく一切暴れる素振りさえ見せる事なく、目を瞑っていた。


 精霊も同様に、ベリルの頭の上で際限なく続く砂漠の先、いずれぶつかる道をじっと見つめていた。


「珍しいですね――御二人ともなんて。それにコルマットまで、こんなに良い子にしてるなんて」


「この先に何かがあるんだろう」


「それはやっぱり敵……でしょうか?」


「さぁ、それはまだわからない。けど、あまり良いものじゃなさそうだ」


「気を引き締めていかないといけませんね」


「そうだな、それはそうと練習の成果はどうだ?」


「まだ発展途上で中々、上手くいかないことばかりです」


「解らない事があれば、是非聞いてくれ」


「宜しいんですか?」


「あぁ、勿論だ。俺に教えられる限りは尽くすよ」


「でしたら、此処の!」


 それからも特に無心になってしまう程の退屈に襲われることもなく、有意義な時間を過ごし続けた。


 そして、遂に辿り着いた黄金卿跡地を目前とした不思議と周囲の草花が彩り鮮やかに芽吹く、草原。


「これも黄金卿の恩恵なのか?」


「かも知れませんね」


「凄まじい魔力を感じるのに、気分を害さないな」


「これもフローズ・クライスターの霊園なのでしょう」


「だが、実際に何十年も人が住んでいたと聞くが」


「この世界に理不尽と不備は付き物ですから」


「そうだな」


「えっと、土龍さんとは此処でお別れですか?」


「あぁ、黄金卿跡地までもう数分も掛からないし、それから先はまた馬車での移動が基本になるかな」


「はい、わかりました。ありがとうございます、土龍さん!」


 大地に降り立って深々と首を垂らすベリルの姿を静かに一目する土龍は風土たる粉塵を天に放った。


 それは立ち所に砂の城を築き上げるほどに――。


「わぁぁ……! 綺麗ですね」


「普通の砂と違いますね」


「俺たちの旅路を祈ってるとさ、行こう」


「はい!」


 あと僅かの黄金卿跡地へと歩みを進めていった。


 此処まで決して何事もなく、皆と足並みを合わせながら、傍らのコルマットを徐に一瞥するベリルと言葉を交わして、無駄に遠き道のりを進んでいく。


「ん? どうかしたか?」


「ずっと気になっていたんですが、御二人は使い魔を持っていないんですね」


 そう告げると脳裏を駆け巡っていく古びた記憶。


「あぁ、色々あったからな」


 質問攻めはしなくとも、不思議そうに小首を傾げながら目を輝かせてじっとこちらを見つめてくる。


「ハァ、わかったよ。話すよ。あんまり思い出じゃないから、気が引けるけど、それでも構わないか?」


「はい、是非」


「使い魔の強さと言うのは、召喚者の力に比例するんだ。当然、その際の精神面や性格、得意技なども伝播し、当時の俺は性格もかなり残忍な方であまり安定した心を持っていなかったせいで、異様な形の化け物を呼び出してしまったんだ」


「虹龍様のような?」


「そんな神聖さ微塵も持っちゃいないような奴さ。今まで見た事もないような気持ちの悪い存在だよ。一日に白鯨を二頭も食さなければならない程の食欲旺盛に加え、とても人前に出せるような温厚な性格じゃなかったから……俺がこの手で処理したんだ」


「そう、だったんですね。ごめんなさい、そんなに辛い思い出だとは梅雨知らず、掘り返してしまって」


「いいや、気にするな」


 そうだ、俺が駆除したんだ。あの場に連れていって……虹龍の餌食に。でも、最後に、最後に俺を。


 いや単なる気まぐれだろう。


「お前はどうだったんだ?」


「私は想像との乖離から大海原に投げ捨てました」


「あっ……」

「えっ、ぇぇ」


 思わず距離を空けてしまうようなカミングアウトであった。


「わ、私の使い魔はどんなだと思いますか?」


「目の前に居るだろう」


「あぁ、まぁ大抵はそのどちらかになるだろうな」


「え?」


 一人と一匹に目を向ける。


「でも、この子達は呼び出していませんよ」


「必ずしも魔法陣を用いて、召喚しなければならないと言う訳でもないんだ。運命的な出会いってやつかな、そういうのに導かれるのもあるのさ。そもそも血の契約を交わすことが本来の使い魔だからね」


「そうだったんですか」


「じゃ、じゃあ場合によっては私も、派手な焔乃化猫や白狼之霜晶なんかも使えるんですかっ⁉︎」


「さ、さぁな」


 俄かに頭によぎる、青年と言葉を交わす光景。


「お前に、お前達に話しておかなくてはならないことがあるんだ」


「へぇ、その話、()()()()()()()()()()()


 忽然と俺の背後に現れし者。


 それは以前感じた不気味なオーラを発し、不敵に微笑みながら、純白の布で顔を覆い隠した頬を緩慢にすり寄せ、そっと肩に手を添えようとしていた。


「しん……奉者」


「何だ、やっぱり我々のこと、ご存知だったんですか? いやぁ勇者様に覚えて頂けるなんて光栄だなぁー」


「何をしに、来た?」


「清算です。要約すると、貴方方を殺しに来ました」

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