第五十四話 闇夜の銃撃戦
篠突く横殴りの雨。
強大にして完全なる死を体現し、幾千万にも切り刻まれて電光石火の如く降り注ぐ弾丸。不運にも好かれてしまって命を落とす者もそう少なくはない。
鋼鉄の殺人機械。
まるで人々の内臓を取り出して秘色と鉄紺色の混ざりしそれを作り出したかのように黒々しく、礎にされた数だけの恨みと願いが籠っているのだろう。
そして、俺もまた礎に築き上げられるのだろう。そう脳裏に馳せるとともに真横に跳び上がった。
「っ!」
かろうじて空をも抉り取る弾丸は頬を掠めて命からがら過ぎ去ってゆくも、背後にいた兵士は言葉を発する間も無く流れ弾を脳天に喰らってしまった。
「おいっ!」
兵士はその場で身を屈みながらの俺の呼び掛けにも応えぬまま、理不尽な一撃に額を押され、魂が抜けた抜け殻のように仰け反っていき、地に落ちた。
「チッ!」
潔く見限って一瞥を終え、刹那に周囲を見渡せば、其処には凄惨言い表せぬ地獄が広がっていた。
ピンが抜かれた手榴弾を咥える愛する使い魔を抱きしめ、共に爆風に真っ赤な臓物を撒き散らした。
簡易的な網の地面トラップに掛かった兵士を助けんと「今助けるからな!」と、わざわざ周囲に轟かせるように己をアピールし、鞘から刃を払うが――綺麗に茂みの奥から放たれた無数の弾丸の雨に顳顬が撃ち抜かれ、仄暗さに覆われながらもややドス黒い血飛沫が噴き出し、嵌った兵士もその後に続く。
皆が皆、突然の出来事に感情をかき乱されたあまり、錯綜とした状況に適応できず、大抵が猪突猛進し、幾人かはただぼーっと立ち尽くすばかりであった。
「おい! 伏せろ! 黙って伏せてろ!」
こっちが必死に身を賭して忠告するも10代目はおろか、誰一人として聞く耳を持たずにいた。いや、乾いた無数の轟音に完全に声が断截されていたのだ。
「一体、どうなってる! これは何なんだ⁉︎」
奇しくも傍らにいた緑髪だけが魔術に施した掌で頭を抱えながら、むざむざと大地に臥せっていた。
「奇襲だ! 俺たちの存在を鼻からわかっていたんだよ!」
「何故だ!」
「恐らく……おい! 偵察隊の人数を教えろ!」
「あぁっ? 13人だ!」
慎重に燦爛とした輝きを放つ無数の幻影と人影を見分けんと慎重に目を凝らし――奥の木陰に一人、数十メートル先の岩陰に二人、高寿樹の上に一人、鬱蒼と生い茂った草花が戦ぐ大地の其々の場所。やや先に一人、手前に三人、朧げに二人、前に一人。
一人……足りない?
そう思った矢先、忽ち虚無に土石壁を迫り出した兵士を盾ごと容赦なく撃ち抜く、遥かなる先から。
どうやら最悪の近代兵器に数多の非科学的物質を幾多にも施し、最早ガード不可にまで達していた。
「いつまで地面と戯れてるつもりだっ! お前は此の隊の隊長代理だろうが! 早く指示を寄越せ!」
「あぁ、言われなくともそのつもりだ! 全員、一旦周囲の警戒に徹し、体制を立て直せ。負傷した者は回復魔法を用いずにその場で地面に伏せてろ! 相手はこちらの魔力で場所が相手に丸見えだぞ!」
保身を最優先する隊長様直々のご命令でこの惨劇もようやっと落ち着いていくかと思われていたが、此の場で一番冷静であるべき筈の副隊長が咆哮とともに無謀な前進に続く愚か者が後を絶えなかった。
誰も彼もが五月蝿い上に感情を露わにして――。
だが、その死をも恐れぬ憐れな行進姿を見ても、不思議と一切の怒りは湧き上がることは無かった。
嫌でも視界の端に映り込んでしまう、これ見よがしに小枝に吊るされた、無数の生首を前にしては。
それでも忠実に指示を仰ぐ者たちは静かに地面に突っ伏し、虎視眈々と動向を窺っていたのだが――一人の兵士がただ呆然と棒立ちになって、懸命に声を震わせながら呼び掛けていた。銃を構える者に。
「なぁ、何やってんだよ、お前……俺だよ、忘れちまったのか? 子供の頃からずっと遊んできただろ? そんな幻覚魔法なんかに負けてんじゃえよ」
「よせ!」
そう言いながら両手を広々と伸ばして一歩、また一歩と緩やかに歩みを進めていくが、手に携えるショットガンの引き金は躊躇なく引かれ、眩い白光とともに迸った弾ける鉛玉が容赦なく心臓を貫いた。
落ちていく姿はとても儚く、倒れた瞬間に発したのは、とてもしめやかな音であったにもかかわらず、どうしてか俺たちの鼓膜に鮮烈に響き渡っていた。
そして――。
最悪の光景を目の当たりにしたのを皮切りに次々と大地に手を突いて、起き上がっていく兵士たち。
それから先の彼等の行く末は想像に難くなかった。けれど、傍らを泰然と闊歩して横切っていく。
鬼気迫る形相を浮かべながら、立ち所に凛とした針に等しき濃く蒼き氷塊を生み出していく10代目。
まるで己が此処に居ると言わんばかりの皮膚を突き刺すような鋭いオーラを放って、疾風迅雷の如く回転を始めた矛先を偵察隊二人に容赦なく向けた。
一瞬にして辺り一帯を覆い尽くしていく殺意に、死の前触れにも違わぬガチャンとした金属音のコッキングで空の薬莢を宙に舞い上げながら振り返り、指に力を込めんとしたと同時に槍は繰り出された。
戸惑いを隠せずにいながらも幾度となく振るった無傷であった兵士の猛攻撃を遥かに凌駕する一撃。それはまるで、弾丸のような空を抉る様を見せて。
ゾンビさながらに起き上がっていたが、既に弾丸が底を尽きた見慣れぬ銃とともに静かに地に臥した。
「わ、私も!」
一人の兵士が感化され、起き上がらんと顔を上げるも、「おい、よせ! 隊長の命令が聞けないのか! お前のやっていることは自殺行為なんだぞ‼︎」と、地面に首を深々と垂れるように強く押し付けた。
「し、しかし!」
俺も勇姿に魅入られ、背に続こうと立ち上がったのだが、突然10代目は蹲るように吹っ飛ばされる。
「おいっ!」
その先には朧げな狙撃手の黒き筒が垣間見えた。
「無事か!」
あまりの衝撃に、さっきとは比べ物にならない程に無様に木に凭れ掛かる姿に思わず一瞥していた。
「えぇ、何とか……」
衝撃緩和系統の魔法を用いていたのが、却って裏目に出たのだろう。丹田を守りし鎧は大砲に違わぬたった一撃で炭の如く黒々しく窪ませられていた。
「チッ」
「おい、後ろ!」
突然皓々と周囲を照らした一縷の光明が切られ、俺はきっとほんの一瞬だけ、気が緩んでいた。
そんな甘んじた隙を相手は逃す事なく、捉えた。
まるでスローモーションのように時が送られていく中で、刹那に振り返れば、其処にはショットガンを構える一人の偵察隊であろう心無き兵士がいた。
「あっ」
「先代!」
背後に忍び寄っていた影が燦爛とした光を放つ。
そして、再びふっつりと片目の視界は奪われた。またしても何処までも追って来やがる奴の所為で。
囂々たる爆音が過ぎゆき、まるで逃げ場を失った衝撃が身体中を駆け抜けていくような感覚が襲う。
僅かに足を地面スレスレに浮かし、不思議と何も感じない顔は天を仰いでいた。清々しい程の晴天なる大空に幾つもの黄金色の星がキラキラと輝いて、手を伸ばせば届きそうなくらいに近くて、それで。
【多量出血です。このま――】
黙れ。