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第五十三話 油断

 愛しき馬が荒々しい息を立て始めた頃、幾多の燃ゆる灯火が揺らぐ姿がチラつくようになっていき、無駄に広々とした兵舎が視界の前面に押し出された。


 そして、その外に二人の朧げな人影が映り込む。


 ん?


 今のところ口喧嘩程度に収まっているが、どうやらかなり揉めているようだ。それは次第に鮮明になっていき、それも――身に覚えのある黒髪青年が。


 近くの茂みにそっと降り立ち、頬にすり寄せていく可愛い奴の鬣を優しく愛撫して、彼等の元へと息を殺して足音を忍ばせながら、歩み寄っていった。


 物陰伝いに数メートルと近づいたところで、かろうじてではあるものの、薄らと声が聞こえてきた。


 一人は先日の青年、もう一方は宥める40代後半と言ったところの灰色みを帯びた短髪男性であった。


「捜索部隊結成させてくださいっ」


「駄目だ!」 


「何故です!」 


「王がお許しならないからだ!」


「では、私だけでも!」


「奴も先代王が生きていた頃から兵士として国に従事してきた精鋭の一人だ。そう易々とは死なん!」


 どうやら単身偵察隊の応援に向かおうとする健気に感情を乱した副隊長を元教官様が制止していた。


 参ったな、証言者を探しにやってきたんだがな。思わぬ形で無罪の俺が厄介事に巻き込まれそうだ。


「相手は元勇者候補の異邦人ですよ!」


 無関係では、無さそうだ。


 その一言が自然と力強く拳を握りしめさせた。


 早速、直談判をしに、大きく一歩を踏み出した。


 草花を踏みしめるサクッとした音に一刹那に振り返る。鋭い眼光を輝かせ、武器に手を添える二人。


「誰だ?」


「貴様は確か……何故、此処に」


「話は後だ、それよりも重大なことがある」


「……」


「…….」


 ほんの僅かに双方は視線を交わし、小さく頷く。


「良いだろう、聞こう」


「奴は――いや、その異邦人に関してだが、早めに対処するのを強く勧めるよ。下手すれば、死ぬぞ」


 ただ其々は緩慢に刹那にそして、一驚を喫する。遂に完全に感情を爆発させんとした傍らの青年を、慌てて止めんとするが、鬼気迫る形相で闊歩する。


「付いてこい」


 そう耳元で囁き、俺を横切って。


「待て! 何処へ行く!」


「王に掛け合ってみます」


「おい――!」


 徐に天を仰ぐ、その先には煌々とした星が陰り、正に暗雲立ち込めるように嫌な曇天が広がっていた。


 まだ夜は終わらなさそうだ。


 ☆〆


「で、何で我々が呼び出されるんです? ふぁー」


 ただでさえ無造作な緑髪をより一層、酷い寝癖の頭をポリポリと掻いて、暗い頬に一滴の雫が滴る。


「だらけ切っているぞ、貴様! 緊急招集など慣れているだろうがっ」


「そりゃ国王陛下の命であればね、俺だって喜んで行きますよ? ただね、今回のは何と言うか、いやあくまで勘が言ってるんですが、貴方の私情だと思うんですよね」


 当たりだよ。見事に真ん中を的を射ている。


「まぁ良いですよ、それで何故、我々は此処に招集されたんですか?」


「偵察隊失踪捜索の為、其々の優秀な隊から選り優りの兵士を抜擢し、即席で捜索隊を結成したのだ」


「動揺で喋り口調が若干、変わってますよ。じゃ、今回の指揮系統は私に任せてくださいよ」


「駄目だ」


「貴方は感情的になり過ぎていますから、兵士を危険に晒す恐れがあります故、どうかご理解の程を」


「……」


「……」


 これから共に死線を潜り抜けていく仲だと言うのに、二人は一触即発の暖かな火花を散らしていた。


「モタモタしていると嫌な光景を目の当たりにするぞ」


 その視線は思わず口走ってしまった俺に熱く注がれた。のだが、両者の火種は静かに消えていった。


「行くぞ!」


「遅れてすみません」


「いや、丁度いいタイミングだ」


 無事に10代目とも合流し、歩みを進めていく。


 一寸先は闇が文字通りの深き森林へと。


「互いが見える距離に散開、異常があったらすぐに知らせろ!」


 小さく頷く中には例の連中が勢揃いであった。


「あの僭越ながら、宜しいでしょうか?」


「何だ?」


「些か、捜索が緩やかかと」


「灯台下暗しって言うだろ? 命大事に行こうや」


「ですが!」


「俺たちが死んだら、今度は誰が行く? 誰が愛しき民を守る? 政府か? それとも国か? 将又法か? いいや、違う。俺たち兵士だ。だから、少し落ち着け。お前にも色々あるだろうがな」


「はい……」


 大地を頻りに音を立てて嗅ぐ使い魔が暴君たる振る舞いで平然と足を小突いて傍らを横切っていく。


「おっ、と! 使い魔も放っているんだな」


「悔しいが、匂いに関しては、此奴等の方が優秀だからな。それに戦闘面にも長けている奴も多いし」


「それもそうだな」


「……」


 遂に訪れてしまう、重苦しき沈黙。


 淡い光を灯すランタンを僅かに揺らぎ運ぶ微かな音、乾いた音を立てて燃ゆる松明の炎に、サクサクとした草花を踏みしめる足音ばかりが静寂なる闇夜に響き渡り、ひっそりと谺する。


 そんな噎せ返るような鬱蒼とした茂みの奥を、鉄塊を引き摺るかの如く重き足取りで淡々と進んでゆく。


 皆が緩慢に鼓膜を響かす息を呑み、生唾を呑む。


「それにしても――こりゃ、どういうことだ?」


「……?」


「何故、魔眼が見えない?」


「恐らく魔力の波だろう」


「いつ消える」


「時間が解決してくれるさ、まぁそれまで貴様らの隊長様が大人しくしていればの話だがな」


「チッ、副隊長だ。奴の親父が隊長だ」


「そう言うことか、合点が行った」


「ん?」


 一人の兵士が徐に立ち止まり、少し先の風とは異なった戦ぎを見せる草花が芽吹く大地に目を凝らす。


「どうした!」


「使い魔が何かを見つけたようです!」


「全員、周囲に注意しろ!」


「ハッハッハッ! ワフッ!」


 頭を撫でて貰わんと駆け寄っていく可愛い魔獣。


 そして、何かを口に咥えていた。


 ん?


 不意に視界の端に映り込む、黒洞々とした筒光。


 嬉々として主人に渡すのは血を垂らす腕の指に掛けられた手榴弾、それは燦爛とした一つの輝きが灯され、一刹那に遅れて囂々たる轟音が響き渡って、


「全員、伏せろ!」


 最悪の形で沈黙を破った。

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