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第五十二話 後始末

「最後に言い残したことはあるか?」


「……」


 言葉はおろか身体はその場から微動だにしない。

ひしひしと伝わってくる早鐘を鳴らす鼓動が次第に空白の生じる微かな音へ泡沫の如く静まってゆき、胸部から絶えず溢れ出していく緋色の鮮血が刃を赤く染めていき、瞳は風前の灯火さながらであった。


 だが、何一つ言葉を紡ぐことなく、刃を振るう。


「っ⁉︎」


 無造作にして出鱈目な大振り、それは稚児が身を躱すのでさえ造作もなく、大地に叩きつけられた。


「もう……いいんだ」


 此処で無惨に命尽き果てようとも、最後の力を振り絞って、一矢報いんと言わんばかりに再び迫る。


 たった一歩、後ずさるだけで下顎を掠めて刃は空を切り、風切り音は酷くしめやかなものであった。


 ほんの僅かに震わせる手に携えた氷剣を緩慢に握りしめ、無防備の首筋に向けて、一太刀を繰り出す。


 だが、突然脳裏の前面に押し出された邪念に阻まれてしまい、血迷った俺は疾くに刃で頸を小突く。


 ウォリアから鈍く骨が砕けるような音が鳴り響き、俺はそのまま無意識に苦痛に顔を歪めていた。


「チッ!」


 頸椎を確実に壊すつもりであったが、未だ地に屈せずに生き存えようとしたのか――あるいは……。


「っ、ぁはっ!」


 黒々しく淀んだ血反吐を零し、遂に大地に臥せる。その瞬間、忽ち眼下に紫紺の魔法陣を巡らせ、落ちてゆく元に迫り、颯とウォリアを抱き抱えた。


「……」


 もう淡い一縷の光でさえ途絶えそうな暗い双眸。


 最後まで互いに言葉をぶつけられずに終わるのだと、そう思っていた矢先、ようやっと固く閉ざしていた口を開く。


「ぁ、ぁっ!」


「何だ? どうした」


 乾いた唇を必死に震わせようとする最中、そっと耳元にすり寄せて、目を細めながら静かに欹てる。


「…………なぜ、貴方はそう在り続けるのですか」


「っ!」


 そんな目を大きく見開かせる、たった儚い一言。


 徐に生唾を呑んで徐に天を仰ぎ、迷いなく告げる。


「俺が俺で在り続ける為だ」


「……」


 相槌は返ってこない。


 瞳の最後の火種のような微かな光は失われていき、闇に覆われた虚ろな水晶体に雨粒が叩かれる。


【標的の生命エネルギーが、完全に消滅しました】


「ッ!」


 俺は呻くようにたった独りで、俯きながら呟く。


「馬鹿が」


 徐にその面差しに拳を振り上げんとするが、それは打ち下ろしていくとともに次第に勢いが失われ、軽く冷たい頬に触れ、「馬鹿が……馬鹿野郎がッ‼︎」


 そして、正に疾風迅雷の如く、スパーク音と幾重にも重なりし一条の紫電の光芒を纏わせた10代目。


 鞘から刃を払ったまま、颯爽と俺の背に現れた。


 ウォリアのいつも仕舞っている胸ポケットから、そっと懐かしの錆び無き皓皓と輝く銀の意を保った徽章と黄金色を帯びた神々しい身分証を収納した。


【運の良さが上がりました。現在、7+56 63です】


「終わったのか」


「はい」


「そうか、なら片付けるぞ」


「えぇ、そうですね」


【欠損した右腕から出血しています、これ以上――】


「腕を出してください」


「悪いな」


「いえ、慣れていますので……」


 骨が剥き出しにされた腕を差し出せば、濃い緑光が忽ち覆い、徐々に切り裂かれた部位から順に、神経に骨、肉に爪などが神秘的に生み出されていく。


「どうですか」


 手を握りしめて広々と開けるを幾度となく繰り返し、普段以上の馴染み深さが緩やかに訪れてくる。


「あぁ、絶好調だ」


「それは良かったです」


「じゃあ、始めようか」


「えぇ、はい」


 そうして俺たちは淡々とキャンプファイヤーさながらの井桁型の無数の薪に骸を焚べる事となった。


「よく燃えるな」


「はい」


 山火事を彷彿とさせる光景も然る事乍ら、周りの空気を呑まんと言わんばかりの乾いた囂々たる音を立てて、無数の燦爛とした火花が天に昇ってゆく。


 有り難たいことに一人もけたたましい悲鳴を鼓膜に響かせる事なく、奴等の油で燃え上がった焔が視界の全てを覆い尽くし、自然と釘付けにしていた。


 そんな最中、「あの……」と聞き覚えのある、まだあどけなさの抜けぬ少年が恐る恐る声を掛ける。


「ネモか」


「ゆ、勇者様」


「正直、10代目は子供好きでも無さそうだから、てっきりこの中にでも入っているかと思っていたが、そうか。お前は運が良かったようだな」


「はい、その恩情のお陰で俺は此処に居ます」


「へぇ、どうしたんだ? やっぱり急に気が変わって、死にに来たのか?」


「ぃ、いえ、ただ、ただ俺は!」


「それ以上、口にしたら、生きたままこの中に放り込むぞ?」


「っ! はい」


 アイテムボックスからあの時の金貨の安心感のある巾着袋を徐に取り出し、背後に雑に放り投げる。


 それは想像に難く無いほどに一驚を喫したであろう顔色のネモは戸惑いつつも受け取ったであろう、惜しまれる金属音が擦れ合う音が静かに鳴り響く。


「こ、これは」


「田舎にでも移り住め、二度と俺たちの前に顔を出すな」


【分身を召喚します 制限時間 残り46秒】


 忽ち傍らの淡い霞が瓜二つの姿に変貌してゆき、不思議と気付かぬネモの背後に大きく回りながら足音を忍びばせて歩み寄り、そっと肩に手を添える。


【肉体の呪印を移しますか? はい いいえ】


 はい以外に選択があるか?


【はいを選択しました 転送を開始します】


【残り8秒】


【自由制限の呪印の転送完了致しました、魔力が枯渇しました、分身は消滅します】


「っ!」


「死にたくなければな、もうお前は自由だ。好きに生きろ」


「か、体が!」


「……」


「ぁ、あの!」


 いつまでもピーピーと聞き分けの無い雛のように怒号を飛ばさんとするも、その傍らの虚無から忽然と僅かに皮膚を突き刺すようなオーラを漂わせて、黒きローブを身に纏った古き戦友が颯爽と現れた。


「ルーサーか」


「ハッ、貴方様がお呼びになられたと思い、只今、此処に馳せ参じました所存で在ります故、要件を」


「そいつを安全な場所まで送り届けてやってくれ。それでお前の仕事も終わりだ。よくやってくれた」


「その旨、篤と拝借致します。どうかこれからの旅路に幸多からん事を心から祈っております、では――」


「ぅ、……」


 その姿に口走ろうとしたネモを一瞥すれば、ルーサーの悲壮に満ちた面差しに言葉を失い、嫌々告ぐ。


「ありがとう、ございました」


 そして、再びの絶え難い静寂が訪れた。


 沈黙。


 すると、珍しく気の利く10代目が直様、それを破る。


「過去に人は死ねば、天に昇り、星になると聞きましたが、実際のところ、どうなんでしょうか……」


「さぁな――だが一つ言えることがあるとすれば、彼奴等は漏れなく地獄行きだろう」


「えぇ、そうですね」


 そう言って、枯れた花冠を躊躇なく火へと放り投げだ。思いがけぬ行動に開いた口にが塞がらずにいたが、俺もふとアイテムボックスに映り込む花冠。


 けれど――。


 そのまま流れるように掌に【子供お手製花冠を召喚】され、押し当てるように胸元に手繰り寄せた。


「ぅっっ‼︎ ……‼︎」


 煌々とした星浮かぶ晴天を仰いでいたが、蹲るように身を丸めながら真っ暗な地に火の影が浮かぶ眼下に俯いていく。


 花冠が一瞬で燃え滓となった光景が、未だ頭から離れない。どれだけ頑張っても、離れてくれない。


 どうしようもなく目頭が熱くなっていく。乱れた呼吸に身体中に冴え渡っていく鼓動が絶えず襲う。


「っ! あぁ、来てくれたのか」


 体の水分が逃げる事なく、呼吸を荒々しくしながら、緩慢に頬にすり寄せて視界に現れる愛しい馬。


 そんな涙ぐましい優しさに溢れた馬の鬣をそっと愛撫し、震わす足を鐙に乗せて、徐に背に跨った。


「俺は兵舎に行く」


「では、私は王に直談判に向かいます」


「あぁ、頼むぞ」


「はい」


 僅かな言葉で意志を交わし、俺たちは再び別れることとなった。

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